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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第121話 だいだらぼっちの秘密

 翌朝。


 ユージは頭を押さえながら、庭へ出てきた。


「……頭痛い」


「自業自得じゃ」


 神楽耶が呆れた顔で言う。


 昨夜、秘伝の書を読み解くはずが、ベーコンと酒で宴会になり、最後はナーチャン特製ハリセンで沈黙させられた男である。


 反省している様子はない。


「いや、あれはナーチャンが強く叩きすぎたんだろ」


「ユージ様が変な寝言を言うからです」


 ナーチャンが冷たく言う。


「変な寝言?」


 ユージが首を傾げる。


 リコの顔が、うっすら赤くなった。


「覚えていないなら、そのまま忘れてください」


「なんか怖いな」


「忘れてください」


「はい」


 ユージは素直に頷いた。


 その隣で、リシュンとアルノルトはすでに秘伝の書を広げていた。


 二人とも目が血走っている。


「お前ら寝たのか?」


「少しは寝た」


 リシュンが答える。


「少し?」


「一時間ほど」


「寝たうちに入らねえよ」


「それどころではない」


 アルノルトが静かに言った。


「昨夜の解読で、秘伝の書が製鉄技術を示している可能性は極めて高くなりました」


「一つ目は温度管理」


「火男は送風」


「では、次のだいだらぼっちは何を示すのか」


 リシュンの目が輝く。


「気になって眠れんだろう」


「寝ろよ」


 ユージは呆れた。


 神楽耶が秘伝の書を覗き込む。


「では、次はこれじゃな」


 そこには、こう記されていた。



 だいだらぼっちは山の血を運ぶ。


 巨人の足跡に水が溜まり、


 その底に黒き星が眠る。


 山を削りし者を恐れるな。


 彼は大地の腹より鉄を連れ帰る者なり。



「しかし、なんと言ったかの」


 神楽耶が眉を寄せる。


「だいたら……なんとかじゃ」


「だいだらぼっちか?」


「それじゃ」


 神楽耶が頷く。


「ユージ殿の世界には、本当にそのような巨人がおったのか?」


「そんな訳ないだろ」


 ユージは即答した。


「夢が無いのう」


「現実なんてそんなもんだ」


 ユージは肩をすくめる。


「だいだらぼっちってのは、山を動かしたとか、湖を作ったとか言われる巨人伝説だな」


「巨人が山を動かす……」


 リコが不思議そうに呟く。


「面白い話ですね」


「まあ、昔話としてはな」


 ユージは秘伝の書を指差した。


「でもこれが製鉄の話なら、たぶん意味は別だ」


「別?」


「製鉄ってのはな」


 ユージは庭の焚き火跡に残った炭をつまんだ。


「とにかく資源を食うんだよ」


「資源?」


「大量の木を切る」


「山を掘る」


「砂鉄や鉄鉱石を採る」


「気付いたら山の形が変わってる」


 アルノルトの目が細くなる。


「山の形が変わる……」


「しばらくしてから見た人間が、なんだこの有様はって驚く」


 ユージは続ける。


「山が削られ」


「谷ができ」


「池ができ」


「木が消えてる」


「まるで巨人でも暴れたみたいだ」


 神楽耶がぽんと手を叩いた。


「それが伝説になったと?」


「らしいぞ」


 ユージは頷く。


「よく知らんけど」


「知らぬのか!」


「だって伝説だし」


 神楽耶が額を押さえる。


「相変わらず、大事なところで雑じゃな」


「雑な方が当たることもあるんだよ」


「嫌な理屈じゃ」


 だがリシュンとアルノルトは笑っていなかった。


 二人は秘伝の書を凝視している。


「山の血……」


 アルノルトが呟く。


「砂鉄、あるいは鉄鉱石」


 リシュンが続ける。


「巨人の足跡に水が溜まり、その底に黒き星が眠る」


「水底に沈む黒い粒」


「砂鉄か」


「そうかもしれないな」


 ユージは頷いた。


「砂鉄は重いから、水で流すと下に溜まるんじゃないか?」


「比重選別……」


 アルノルトが呟く。


「水を使って、重い砂鉄を選り分ける」


「なるほど」


 リシュンの目が鋭くなる。


「単なる採掘ではない」


「採取と選別の話だ」


「やっぱ頭いいな、お前ら」


 ユージが感心したように言う。


「お前が言い出した話だろう」


「俺は巨人じゃないって言っただけだ」


「それで十分なのが腹立たしい」


 リシュンは深いため息を吐いた。


 神楽耶が秘伝の書を見つめる。


「山を削りし者を恐れるな」


「彼は大地の腹より鉄を連れ帰る者なり……」


 その声は、少しだけ沈んでいた。


「父上は、これも職人への敬意として書いたのかもしれぬな」


「かもしれません」


 アルノルトが頷く。


「山を削る者は、ただ破壊する者ではない」


「鉄を得るために必要な役割を担っていた」


 ユージは腕を組む。


「まあ、とはいえ自然破壊は自然破壊だけどな」


「台無しにするな!」


 神楽耶が突っ込む。


「いや大事だぞ」


 ユージは真面目な顔になった。


「製鉄って、めちゃくちゃ木を使うんだろ」


「炭も必要だし」


「山を掘るなら土砂も出る」


「やりすぎたら、その土地が死ぬ」


 場が静かになる。


「鉄を制する者が世界を制する」


 神楽耶が小さく呟いた。


「だが」


「鉄に飲まれれば、世界を壊す」


「そういうことだろうな」


 ユージは頷いた。


「だから親父さんは、技術を隠した」


「誰でも簡単に使える形にはしなかった」


 リシュンが口元に手を当てる。


「製鉄を復活させるなら、採掘と燃料供給の管理も必要ということか」


「ただ炉を作ればいいわけではない」


「そうだな」


 アルノルトも頷く。


「砂鉄の採取地」


「水を使った選別」


「炭材の確保」


「山の保全」


「すべてを一体で設計しなければならない」


 神楽耶が苦笑する。


「また大事になってきたのう」


「大事だろ」


 ユージはあっさり言った。


「国の発展ってのは、だいたいそういうもんだ」


「一個便利なものを作ると」


「その裏で十個くらい面倒な問題が増える」


「夢が無いのう」


「現実なんてそんなもんだって」


 その時、リシュンが顔を上げた。


「アルノルト」


「はい」


「月影の宴旅団がかつて使っていた採取地の記録はあるか?」


「一部なら」


「ただし、先代団長の時代のものは暗号化されています」


「やはりな」


 リシュンは口元を歪めた。


「面白くなってきた」


「面白いのか?」


 ユージが聞く。


「危機だぞ?」


「危機だから面白い」


「技術者って怖いな」


 ナーチャンが小さく頷いた。


「リシュンさんは基本的に危険です」


「ひどくないか?」


「事実です」


「否定はできないな」


 アルノルトまで頷いた。


 リシュンが少し傷ついた顔をした。


 だがすぐに秘伝の書へ視線を戻す。


「黒き星」


「これは砂鉄だとして」


「山の血は鉱石」


「巨人の足跡は採掘跡」


「水が溜まるということは、低地か窪地」


 アルノルトが地図を広げた。


「月影の宴旅団の旧拠点周辺に、奇妙な池がいくつかあります」


「自然湖ではない?」


「分かりません」


「ですが、古い記録では“巨人の足跡”と呼ばれていました」


 全員が黙った。


 ユージがぽつりと言う。


「それじゃね?」


「それじゃな」


 神楽耶も頷いた。


「適当ですね」


 ナーチャンが言う。


「でも、当たってそうなのが腹立たしいです」


「ナーチャンまで腹立つとか言い出したぞ」


 ユージが苦笑する。


 リシュンは立ち上がった。


「行くぞ」


「今からか?」


 ユージが目を丸くする。


「当然だ」


「善は急げだ」


「善かどうか分からんだろ」


「鉄のためだ」


「それは善だ」


 断言した。


 神楽耶がため息を吐く。


「まあ、父上の残した謎であれば、わらわも行かねばならぬな」


 リコも立ち上がる。


「私もお手伝いします」


「山歩きだぞ?」


 ユージが言う。


「大丈夫です」


 リコは微笑んだ。


「ヨーコを助ける時に比べれば、山くらい何でもありません」


「強くなったなあ」


 ユージが感心する。


 ナーチャンも静かに立ち上がった。


「必要な測定器を用意します」


「さすがナーチャン」


「褒めても何も出ません」


「いや、期待してないけど」


「それはそれで失礼です」


 神楽耶がにやにや笑った。


「相変わらず仲が良いのう」


「よくありません」


 ナーチャンが即答する。


「即答かよ」


 ユージが肩を落とした。


 こうして、一行は月影の宴旅団がかつて使っていたという山へ向かうことになった。


 目的は、だいだらぼっちの足跡。


 巨人が暴れた跡。


 あるいは、かつて神楽耶の父が鉄を得るために削った山の記憶。


 そして。


 その底に眠る、黒き星だった。

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