第119話 一つ目伝説の謎
気が付けば夜だった。
ベーコンはとっくになくなっている。
冷やしてあったビールも空になり、途中から持ち込まれた果実酒まで開いていた。
神楽耶は上機嫌で昔話を語り、リコは珍しく楽しそうに笑っている。
ナーチャンは途中まで止めようとしていたが、結局諦めて参加していた。
そして。
今回の元凶であるユージは、庭の焚き火の前でのんびり座っていた。
パチリ。
薪が爆ぜる。
赤い火の粉が夜空へ舞い上がった。
「おい」
リシュンが呆れた声を出す。
「そろそろ秘伝の書の話に戻らないか?」
一瞬、静寂。
全員の動きが止まった。
そして。
「ああ、そうだったな」
ユージが思い出したように言った。
「忘れておったのか!?」
神楽耶が叫ぶ。
「いや、割と本気で」
「おぬしなぁ!」
神楽耶が頭を抱える。
リシュンも深いため息を吐いた。
「やはり相談相手を間違えたかもしれん」
「今さらですね」
ナーチャンが冷静に言った。
ユージは気にした様子もなく、焚き火の残火を棒でつつく。
崩れた炭が赤く光った。
「俺が元いた世界ではな」
ゆっくりと言う。
「製鉄にまつわる伝説が数多く残されている」
「いや、それはもう聞いたぞ!」
リシュンが即座に突っ込む。
「問題はその先だ!」
「雰囲気だよ、雰囲気!」
ユージが真顔で反論した。
「話をする時には順番ってもんがあるんだよ!」
「必要ない順番だ!」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
「ない!」
しばらく睨み合う。
神楽耶が額を押さえた。
「子供かおぬしらは……」
「まあいい」
ユージは咳払いした。
そして秘伝書を開く。
目的の頁を指差した。
⸻
一つ目小僧を蔑むな。
彼の目は神への供物。
我らが豊穣のために捧げられしもの。
炎を見続けた者だけが鉄の声を聞く。
⸻
「まずはこれだな」
ユージは文章を眺める。
「一つ目小僧」
「これ、多分職人のことだ」
全員が顔を見合わせた。
「職人?」
リコが首を傾げる。
「なぜそうなるのですか?」
「昔聞いたことがあるんだよ」
ユージは肩をすくめた。
「俺がいた世界には、一つ目小僧とか一本だたらとか、一つ目の神様の伝説が結構ある」
「ほう」
アルノルトが身を乗り出した。
「製鉄と関係があるのですか?」
「ある説が有名だな」
ユージは頷く。
「鍛冶屋とか製鉄職人が元になったんじゃないかって話だ」
「製鉄職人が妖怪になるのか?」
神楽耶が目を丸くする。
「昔話なんてそんなもんだろ」
ユージは笑った。
「現実の出来事に尾ひれが付いて、いつの間にか伝説になる」
「では、なぜ一つ目なのじゃ?」
「ずっと片目で火を見続けていたからだ」
神楽耶が瞬きをした。
「火を?」
「炉の中だよ」
ユージは焚き火を指差す。
「来る日も来る日も」
「何年も何十年もな」
「そんな生活をしてりゃ、目を悪くする奴も出る」
アルノルトが静かに頷いた。
「なるほど……」
「片目を潰してしまった職人がいた、と」
「そういう話を聞いたことがある」
ユージは肩をすくめる。
「本当かどうかは知らんけどな」
「ただ」
秘伝書を指差した。
「この文章は、その伝説を知ってる奴が書いたと思う」
神楽耶が読み上げる。
⸻
彼の目は神への供物。
我らが豊穣のために捧げられしもの。
⸻
「職人への感謝……か」
「多分な」
ユージは頷く。
「鉄が無けりゃ国は栄えない」
「農具も武器も作れない」
「だから職人は国を豊かにする存在だ」
「豊穣という表現も納得できます」
リコが静かに言った。
しばらく沈黙が落ちる。
焚き火だけが静かに燃えていた。
その時。
「待て」
リシュンが突然顔を上げた。
「ん?」
「なぜだ」
リシュンは秘伝書を見つめる。
「なぜ職人は火を見続ける必要がある?」
ユージが首を傾げる。
「さあな」
「俺も詳しくは知らん」
「伝説を聞いただけだ」
リシュンは腕を組んだ。
アルノルトも考え込む。
「監視……ではないな」
「見張りなら交代できる」
「では何を見る?」
沈黙。
誰も答えられない。
そして。
「あ」
アルノルトが声を上げた。
「色……?」
「色?」
リコが聞き返す。
「火の色です」
アルノルトの目が大きく見開かれていた。
「炉の状態を知るためではないでしょうか」
リシュンが立ち上がる。
「なるほど……!」
「温度か!」
全員がそちらを見る。
リシュンは興奮したように続けた。
「温度計が無いなら、色で判断するしかない」
「赤」
「橙」
「黄」
「温度が違えば色も変わる」
アルノルトも勢いよく頷く。
「だから職人は炉を見続けた」
「炉の状態を読み取るために」
ユージがニヤリと笑った。
「おお」
「頭いいな、お前ら」
「他人事みたいに言うな」
リシュンが即座に突っ込む。
「でもそういうことだろうな」
ユージは焚き火を見る。
「昔の職人は温度計なんか持ってない」
「だから目で見るしかない」
「炎を見続けた者だけが鉄の声を聞く」
アルノルトが静かに呟く。
「温度管理……」
「そういう意味だったのですね」
リシュンが秘伝書を見つめた。
「先代団長は手順を残したのではない」
「考え方を残した」
「理解した者だけが先へ進めるように」
「父上らしいのう」
神楽耶が少しだけ嬉しそうに笑った。
ユージは頷く。
「マニュアルじゃなくて教科書だな」
「そりゃ読むのに苦労するわけだ」
リシュンとアルノルトが苦笑する。
その時。
ユージが次の頁をめくった。
⸻
火男は息を止めるな。
火は常に風とともにある。
風を失えば鉄は眠り、
風に溺れれば鉄は泣く。
⸻
「あー」
ユージが声を漏らした。
リシュンが勢いよく振り向く。
「今度は何だ?」
「これは分かりやすいな」
「本当か?」
「多分」
ユージは頷いた。
「ひょっとこの話だ」
全員が揃って首を傾げた。
「ひょっとこ?」
「なんじゃそれ」
神楽耶の問いに。
ユージはニヤリと笑った。
「さて」
「そこから説明するか」
焚き火の炎が静かに揺れた。
失われた製鉄技術の謎は、ようやくその入口を見せ始めていた。




