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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第118話 ベーコン作りと秘伝書

 魂送りの夜から数日が過ぎた。


 聖王国との騒動も終わり、ユージア国には久しぶりに穏やかな時間が流れている。


 街には活気が戻り、人々の表情も明るい。


 そんな平和な昼下がり。


 ユージは屋敷の庭で、一人ご機嫌だった。


「よし」


 満足そうに頷く。


 目の前には大きな木箱。


 上蓋の隙間から薄く煙が立ち上っている。


「……何をやっているんですか」


 ナーチャンが呆れた声を出した。


「ベーコン作り」


 ユージは胸を張った。


「ベーコン?」


「豚バラ肉の燻製だな」


 蓋を少し開ける。


 中には紐で吊るされた肉の塊。


 香ばしい匂いがふわりと漂った。


「おお……」


 神楽耶が鼻をひくつかせる。


「良い匂いなのじゃ」


「だろ?」


 ユージは嬉しそうに笑った。


「まず塩と香辛料を擦り込んで数日寝かせる」


「ふむ」


「塩抜きして乾燥」


「ふむふむ」


「最後に燻製」


「面倒じゃな」


「そこで手を抜くと美味くならないんだよ」


 ユージは真面目な顔で言った。


「料理は下準備が大事だからな」


「おぬし、たまに妙に料理人らしいことを言うのう」


「調理師免許持ってるし」


「そういえばそうじゃったな」


 神楽耶が納得したように頷く。


 ユージは木皿の上に置かれた木片を摘まんだ。


「今日は桜チップだ」


「桜?」


 リコが首を傾げる。


「花見の桜ですか?」


「そうそう」


「燻製用の木だ」


「木なら何でも同じではないのか?」


 神楽耶が聞く。


「全然違う」


 ユージは即答した。


「桜」


「ナラ」


「リンゴ」


「クルミ」


「ヒッコリー」


「全部香りが違う」


「全部木なのにか?」


「全部木なのにだ」


 ユージは笑う。


「同じ肉でも仕上がりが変わる」


「面白いものじゃな」


「だから初心者なら桜が無難」


「なぜじゃ?」


「失敗しにくい」


「なるほど」


 神楽耶は妙に感心していた。


 その時だった。


「ん?」


 ユージが顔を上げる。


 屋敷へ続く石畳の道を、二人の男が歩いて来るのが見えた。


 リシュンとアルノルトである。


「おお」


 ユージが手を振る。


「どうした?」


 だが次の瞬間、眉をひそめた。


「二人とも葬式帰りみたいな顔して」


 リシュンが疲れたように息を吐いた。


「……似たようなものだ」


「おいおい」


 ユージが苦笑する。


「実験棟でも吹き飛ばしたのか?」


「その方がまだマシだった」


 リシュンは真顔だった。


 ユージの表情から笑みが消える。


 どうやら本当にまずいらしい。


「何があった?」


 アルノルトが抱えていた包みを机の上へ置いた。


 中から現れたのは一冊の古びた本。


 擦り切れた革表紙。


 何度も開かれた痕跡。


 それを見た瞬間、神楽耶の目が大きく見開かれる。


「それは……」


 アルノルトが静かに頷いた。


「先代団長の遺品です」


 神楽耶の父。


 月影の宴旅団を率いた異世界人。


 鉄によって世界の勢力図を塗り替えた男。


「ほう」


 ユージは興味深そうに本を手に取った。


「何の本だ?」


「製鉄技術が記されているはずの書です」


「はず?」


「誰も解読できていません」


「なるほど」


 ユージはパラパラとページをめくる。


 しばらく読む。


 また戻る。


 さらにめくる。


 そしてあるページで手を止めた。


---


 一つ目は炎を見つめる。


 火男は息を止めるな。


 だいだらぼっちは山の血を運ぶ。


 八岐の蛇を一つに束ねよ。


 おかめが笑えば鉄は歌う。


---


「……なんだこりゃ」


 ユージが呟く。


「詩集か?」


「私もそう思いました」


 アルノルトが答える。


「ですが先代団長は、この中に全てを残したと言われています」


「ふーん」


 ユージは腕を組む。


 少し考える。


 そして。


「ああ」


 小さく頷いた。


 全員が身を乗り出した。


「分かったのか!?」


 神楽耶が叫ぶ。


「内容はさっぱりだ」


 全員がずっこけそうになった。


「どっちなのじゃ!」


「いや本当に意味は分からん」


 ユージは肩をすくめる。


「でも」


 そう言ってページを指差した。


「これ製鉄の話だろ?」


 部屋が静まり返る。


「……は?」


 神楽耶が固まる。


「なぜそう思う?」


 リシュンが聞いた。


 ユージは当然のように答える。


「一つ目」


「火男」


「だいだらぼっち」


 順番に指を置く。


「日本じゃ全部製鉄絡みの伝承だからな」


 沈黙。


 誰も言葉を発しない。


「……知らぬ」


 神楽耶が言った。


「私も初耳です」


 アルノルト。


「聞いたことがないな」


 リシュン。


 ユージは首を傾げた。


「そうなのか?」


 ここは異世界だ。


 知らなくて当然である。


「だから内容は分からん」


 ユージは本を閉じた。


「ただ、製鉄の話なのは間違いないと思うぞ」


 リシュンとアルノルトが顔を見合わせる。


 数年解読できなかった書物。


 だが今初めて、確かな手掛かりが見つかった。


 その時。


 ユージが庭の隅を指差した。


 大きな木桶。


 井戸水に浸かったビール瓶が何本も沈んでいる。


「まあ、とりあえず一杯やろうぜ」


「は?」


 リシュンが聞き返した。


「出来立てのベーコンがあるんだ」


 ユージは当然のように言う。


「謎解きなんてのはさ」


 ビールを一本取り出す。


「リラックスして考えた方がいいんだよ」


 一本をリシュンへ。


 一本をアルノルトへ放る。


「ほれ」


「そんな難しい顔してたら、気付けることにも気付けないぞ」


 アルノルトが思わず苦笑した。


 リシュンも小さく息を吐く。


 確かに、ここ数日はほとんど眠れていなかった。


「人間、煮詰まったら一回休憩だ」


 ユージは燻製器の蓋を開けた。


 香ばしい香りが一気に広がる。


「まずはベーコン」


「話はそれからだ」


 リシュンはビール瓶を見下ろし、呆れたように笑った。


「やはり、お前に相談すると調子が狂うな」


「よく言われる」


 ユージは笑った。


 こうして、失われた製鉄技術を巡る長い謎解きが幕を開けることになる。


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