第117話 消えゆく火
第三部スタートです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
今回から新たな物語が始まります。
ユージたちの新しい冒険に、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
月影の宴旅団本部。
夜も更けた頃だというのに、一室だけ灯りが消えていなかった。
部屋の主はアルノルト。
机の上には帳簿が何冊も積まれ、その隣には古びた書物が広げられている。
アルノルトは腕を組み、珍しく険しい表情でその頁を見つめていた。
その時だった。
コンコン、と軽いノックの音。
返事をする前に扉が開く。
「おお、アルノルト。こんなところにいたのか」
現れたのはリシュンだった。
片手には酒瓶。
上機嫌そうな顔をしている。
「なかなか良い酒が手に入ってな」
酒瓶を軽く掲げる。
「せっかくだから、お前と一杯やろうと思って探していたんだ」
そう言いながら部屋へ入ってきたリシュンだったが、すぐに足を止めた。
アルノルトの様子がおかしい。
「……どうした?」
酒瓶を持ったまま首を傾げる。
「何をそんなに難しい顔しているんだ」
アルノルトは静かに答えた。
「鉄の在庫が心もとないのです」
その瞬間だった。
リシュンの表情から笑みが消える。
「……どのくらいだ」
声色まで変わっていた。
アルノルトは一冊の帳簿を差し出す。
リシュンは受け取ると、無言で頁をめくった。
部屋に紙をめくる音だけが響く。
一頁。
二頁。
三頁。
やがてリシュンは静かに帳簿を閉じた。
そして持っていた酒瓶を机の上へ置く。
「まずいな」
「ええ」
アルノルトも頷いた。
「想定以上の速度で減っています」
リシュンは窓の外へ視線を向ける。
夜空には巨大な影が浮かんでいた。
飛行戦艦ヤマット。
ユージア国の象徴。
そして世界最強の抑止力。
「三年か」
「はい」
短い返事。
だが十分だった。
リシュンは目を閉じる。
頭の中では既に計算が終わっている。
ヤマット。
ホワイトタイガー。
鉄道網。
工場群。
工作機械。
新型魔導機関。
これから予定している開発計画。
すべてが鉄を前提としている。
「開発計画は全部止まるな」
「おそらく」
「いや」
リシュンは首を横に振った。
「止まるどころじゃない」
その表情は重い。
「工業化そのものが頓挫する」
アルノルトは何も言わない。
言うまでもなかった。
「ヤマットも終わる」
「……」
「ホワイトタイガーも終わる」
「……」
「我々が積み上げてきた文明そのものが立ち行かなくなる」
静かな沈黙が落ちる。
この世界では青銅が主流だ。
鉄を大量に扱える国など存在しない。
だからこそユージア国は発展できた。
だからこそヤマットは空を飛ぶ。
だからこそホワイトタイガーは世界最強たり得る。
だが、その前提が失われようとしていた。
「お前たち月影の宴旅団で鉄は作れないのか?」
リシュンが尋ねる。
アルノルトは苦笑した。
「それが出来れば苦労はしません」
「技術者はいるだろう?」
「おります」
「ならなぜだ」
「皆、自分の仕事しか知らないのです」
アルノルトは静かに言った。
「代々受け継いだ作業をこなしているだけです」
「……なるほど」
「全体を知っていたのは、先代団長ただ一人」
神楽耶の父。
異世界より召喚された男。
鉄が世界を変えることを理解していた男。
「お前も知らないのか?」
「残念ながら」
アルノルトは肩をすくめた。
「私も全容は把握していません」
そして机の上の古い書物へ手を置く。
「だから、これを読んでいるのです」
「なんだ?」
「先代団長が遺された秘伝の書です」
リシュンは興味を引かれたように身を乗り出した。
「どれどれ」
頁を覗き込む。
そこには妙な文章が並んでいた。
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火男は息を止めるな。
だいだらぼっちは山の血を運ぶ。
八岐の蛇を一つに束ねよ。
おかめが笑えば鉄は歌う。
炉は世界の縮図なり。
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リシュンはしばらく黙っていた。
そして真顔で言う。
「……詩人にでもなったのか?」
「私も最初はそう思いました」
「違うのか?」
「先代団長は、この中にすべてを残したそうです」
「製鉄技術をか?」
「そのはずです」
「そのはず?」
「誰も解読できていませんので」
リシュンは思わず額を押さえた。
「どこが製鉄なんだ……」
「分かれば苦労しません」
アルノルトも疲れたように息を吐く。
先代団長は技術を残した。
だが、その残し方が問題だった。
あまりにも巧妙に。
あまりにも遠回しに。
まるで誰にも解かせたくないかのように。
いや――。
解く資格のある者だけに託したかったのかもしれない。
窓の外ではヤマットが静かに夜空を航行している。
世界最強の飛行戦艦。
平和の象徴。
その巨体を支える鉄もまた、有限だった。
リシュンは夜空を見上げた。
「さて……」
小さく呟く。
「これは思った以上に厄介な問題だぞ」
だが、その答えはまだ見えなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第一部では戦争。
第二部では聖王国。
そして第三部では、ユージア国そのものに関わる問題が少しずつ姿を現していきます。
これまでとは少し違った物語になりますが、楽しんでいただければ幸いです。
引き続きよろしくお願いいたします。




