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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第116話 魂送りの夜

人は、何を信じて生きるのか。


誰かに与えられた言葉か。


それとも、自分自身の願いか。


第二部では、“偽物の神託”を巡る物語を書いてきました。


ですが、その先にあったのは、誰かを想う本物の祈りだったのかもしれません。


第二部完結話。


最後まで見届けていただければ嬉しいです。

 夜。


 ユージア国の城下町には、無数の灯りが浮かんでいた。


 石畳の通り。


 川沿いの広場。


 家々の軒先。


 人々は、小さな灯籠へ火を灯し、静かに夜空を見上げている。


 風が吹くたび、淡い光が揺れた。


「綺麗……」


 ヨーコは、思わず呟く。


 その隣で、リコが優しく笑った。


「みんな、この日のために準備してたんだよ」


 今日は、“魂送りの夜”。


 戦乱や災害で命を落とした人々の魂を弔う、ユージア国の新しい祭りだった。


 山岳地帯から流れる温泉の湯。


 川へ流される灯籠。


 そして。


 巫女の舞。


「緊張してる?」


 リコが尋ねる。


 ヨーコは、少しだけ困ったように笑った。


「……少しだけ」


 正直、不安はあった。


 自分に、本当にできるのか。


 教会の巫女ではなくなった自分に。


 人々を導く資格なんて、あるのだろうか。


 その時だった。


「おーい」


 気の抜けた声。


 振り向くと、ユージが手を振っていた。


「そろそろ始まるぞー」


「ユージさん……」


「そんな固くなんなって」


 ユージは、いつもの調子で笑う。


「失敗したって誰も気にしないよ」


「祭りなんて、雰囲気を楽しんだもん勝ちだし」


「適当ですね……」


「適当ぐらいが人生ちょうどいいんだって」


 ヨーコは、思わず小さく笑った。


 その笑顔を見て。


 ユージも、少し安心したように頷く。


「じゃ、行ってこい」


 広場の中央。


 大きな篝火が燃えている。


 人々は静かに道を開き、ヨーコを見つめていた。


 かつて、聖王国で“巫女”として崇められていた少女。


 だが今、そこにある視線は違う。


 恐れでも。


 崇拝でもない。


 ただ。


 静かな期待と、優しさだった。


 ヨーコは、ゆっくりと歩き出す。


 夜風が、白い衣を揺らした。


 篝火の前へ立ち。


 静かに目を閉じる。


 そして。


 舞い始めた。


 鈴の音が、夜へ溶けていく。


 ゆるやかに。


 優しく。


 まるで、誰かを包み込むような舞。


 その瞬間だった。


 ふわり、と。


 光が舞い上がる。


「……っ」


 人々が息を呑む。


 淡い光。


 蛍のような無数の粒子が、夜空へ浮かび上がっていく。


 それはやがて、人の形を成していった。


「あ……」


 老婆が、震える声を漏らす。


「あなた……?」


 そこにいたのは、亡くなったはずの夫だった。


 別の場所では。


 幼い少女が、涙を流していた。


「お母さん……!」


 戦で命を落とした兵士。


 病で亡くなった家族。


 もう二度と会えないと思っていた人々が、柔らかな光となって現れる。


 誰も叫ばない。


 ただ。


 静かに涙を流していた。


 別れを告げるために。


 想いを伝えるために。


 ヨーコは、舞い続ける。


 胸の奥が、温かかった。


 これが。


 “人のために祈る”ということなのだと、初めて分かった気がした。


 教会のためじゃない。


 支配のためでもない。


 誰かの心を救うための祈り。


 その時。


 小さな光が、ヨーコの前へ降りて来た。


 幼い子供の姿。


 ヨーコは、目を見開く。


「……あ」


 その子は、にこりと笑った。


 孤児院にいた、小さな女の子だった。


 病で亡くなった、幼い友達。


『ありがとう』


 声は聞こえない。


 それでも。


 確かに、そう言った気がした。


 ヨーコの目から、涙が零れる。


 舞いながら。


 静かに。


 ぽろぽろと。


 涙が止まらなかった。


 やがて。


 東の空が、少しずつ白み始める。


 夜明けだった。


 光の魂たちは、ゆっくり空へ昇っていく。


 まるで、朝日に溶けるように。


「……さようなら」


 ヨーコが、小さく呟く。


 最後の光が消えた時。


 祭りは終わった。


 静寂。


 そして次の瞬間。


 大きな拍手が、広場を包み込んだ。


「ありがとう!!」


「ありがとう、巫女様!!」


「綺麗だった……!」


 人々の声が、次々に響く。


 ヨーコは、呆然としていた。


 こんなふうに感謝されたことなんて、無かった。


 聖王国では、“巫女”は象徴だった。


 崇められても。


 心から誰かと繋がってはいなかった。


 でも今は違う。


 目の前の人々は、本当に嬉しそうに笑っていた。


「……っ」


 ヨーコは、思わず口元を押さえる。


 涙が溢れた。


「今度こそ……」


 声が震える。


「今度こそ……人の役に、立てたんだ……」


 その姿を。


 ユージたちは、少し離れた場所から静かに見守っていた。


「よかったじゃん」


 ユージが、小さく笑う。


「……はい」


 リコも、涙ぐみながら頷いた。


 朝日が昇る。


 新しい一日が、始まろうとしていた。


 もう。


 誰かに作られた“巫女”ではない。


 ヨーコは、自分自身の足で立っていた。


 その時だった。


 空を見上げていたナーチャンが、ふと眉をひそめる。


「……?」


「どうした?」


 ユージが尋ねる。


 ナーチャンは、東の空を見つめたまま、小さく呟いた。


「魔力反応があります」


「かなり遠方……ですが」


「遠方?」


「はい」


 ナーチャンの表情が、僅かに険しくなる。


「海の向こうです」


 一瞬。


 場の空気が変わった。


 ユージが、思わず空を見上げる。


 朝焼けの彼方。


 まだ見ぬ世界が、その先に広がっている。


「……また面倒事か?」


「おそらくは」


 ナーチャンが静かに頷いた。


 すると。


 ユージは、何故か少し楽しそうに笑った。


「ま、人生なんて行き当たりばったりだしな」


「また皆で何とかするか」


「軽いですねぇ……」


 ナーチャンが呆れたように息を吐く。


 だが。


 その口元は、少しだけ笑っていた。


 朝日が、世界を照らしていく。


 ユージたちの旅は、まだ終わらない。


 新たな物語は。


 もう、始まりかけていた。


これにて、第二部完結です。


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。


ヨーコは、長い間“教会の巫女”として生きてきました。


ですが最後に、自分自身の意思で、人々のために祈ることができました。


「今度こそ、人の役に立てた」


その言葉を書けたことで、作者としても、ようやく第二部を書き切れた気がしています。


そして物語は、次の舞台へ。


海の向こう。


新たな文明。


そして、“異世界人”たち。


第三部では、これまで以上に世界が広がっていく予定です。


引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。


本当にありがとうございました。

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