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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第114話 逃走列車

 夜の山岳地帯を、登山鉄道が走っていた。


 ガタン、ゴトン――と、規則的な振動が車内へ響く。


 窓の外には、漆黒の山々。


 遠くには、聖王国の街灯りが小さく見えていた。


「うおぉ……」


 ユージが窓の外を見ながら感心したように声を漏らす。


「夜の登山鉄道って、なんかロマンあるな」


「お前が作らせたんだろうが」


 リシュンが呆れたように言った。


「いやぁ、でも実際動いてると感動するじゃん?」


「スイッチバックもちゃんと機能してるし」


 列車は、急勾配へ差しかかる。


 一度停止。


 そして、進行方向を変えながら、ゆっくりと坂を登り始めた。


「おお、本当に後ろ向きに進み始めた」


 ヨーコが、少し驚いたように呟く。


「面白いでしょ?」


 ユージが笑う。


「真っ直ぐ登れないなら、工夫すればいいんだよ」


 その言葉に。


 ヨーコは、少しだけ目を伏せた。


 真っ直ぐ進めないなら、工夫する。


 その考え方は。


 どこか、ユージたちらしかった。


 一方。


 車内の空気は、まだ完全には落ち着いていなかった。


 ヨーコは、膝の上でぎゅっと手を握っている。


 リコが、その隣へ静かに座った。


「……大丈夫?」


 優しい声だった。


 ヨーコは、小さく唇を噛む。


 そして。


「……ごめんなさい」


 ぽつりと呟いた。


「私のせいで、みんなを巻き込んじゃって……」


「何言ってんの」


 リコは、少し困ったように笑う。


「妹を助けるのなんて、当たり前でしょ?」


 その言葉に。


 ヨーコの目が、少しだけ潤む。


「……リコ姉ちゃん」


 リコは、そっとヨーコを抱き寄せた。


 幼い頃と同じように。


 優しく。


「もう大丈夫だから」


 その瞬間。


 ヨーコの張り詰めていたものが、少しだけ崩れた。


 肩が、小さく震える。


 だが。


 泣き崩れたりはしなかった。


 代わりに。


 静かに、口を開く。


「……本当は私」


 車内の視線が、ヨーコへ集まる。


「神託の言葉なんか、聞こえないの」


 静寂。


 列車の走行音だけが響く。


「大司教さまから、神託の言葉が書かれた紙を渡されて」


「それを暗記して、皆の前で読み上げてただけ」


 ヨーコは、俯いたまま続ける。


「でも私は……」


「その紙に書かれてる言葉は、本当に神様からのメッセージなんだって、信じてた」


 ナーチャンが、静かに目を細める。


 神楽耶も、珍しく茶化さなかった。


「でも」


 ヨーコの声が、少し震える。


「私、見てしまったの」


「司教さまたちが、神託の言葉を作っているところを」


 あの夜の光景が、脳裏に蘇る。


 机に向かう神官たち。


 紙へ書き込まれる“神託”。


 笑いながら、言葉を選んでいた司教たち。


「あれは……神様の言葉なんかじゃない」


 ヨーコは、ゆっくり顔を上げた。


「ただの、“教会からのメッセージ”だったのよ」


 その言葉は。


 まるで、自分自身へ言い聞かせるようだった。


 長年信じてきたものを、自ら否定するように。


「だから……」


 小さく息を吸う。


 そして。


「もう、茶番には付き合えないわ」


 その声には。


 確かな意思が宿っていた。


 しばし、沈黙が落ちる。


 やがて。


「……そっか」


 ユージが、静かに呟いた。


 それだけだった。


 責めもしない。


 驚きもしない。


 ただ、受け止めるように。


「でもさ」


 ユージは、少し笑った。


「だったら、なおさら助けて正解だったな」


 ヨーコが、きょとんとした顔をする。


「だって、嫌な仕事から逃げたいって思うの、普通のことじゃん?」


「……っ」


 あまりにも。


 あっさりした言い方だった。


「それにさ、逃げるのって、止まるよりも勇気と根性がいるんだぜ」


 ユージは、窓の外を流れる夜の山並みを眺めながら言う。


「今まで信じてたものを捨てるって、結構怖いしな」


「普通の人間は、だいたい見なかったことにして、そのまま流される」


「でもヨーコちゃんは、そこから逃げようとした」


「だったら、十分すごいことだと思うよ」


「……っ」


 ヨーコは、言葉を失う。


 責められると思っていた。


 失望されるかもしれないと思っていた。


 なのに。


 ユージは、まるで当たり前のことのように言った。


 巫女でもなく。


 聖女でもなく。


 ただ、一人の女の子として扱われた気がした。


 その時。


 列車が、大きく揺れる。


 ガコン、と音を立てて、再び進行方向が切り替わった。


「お、二回目のスイッチバックだ」


 ユージが若干嬉しそうに窓の外を見る。


「お主、本当に好きじゃのう」


 神楽耶が呆れたように言う。


「男の子はこういうの好きなんだよ」


「タケシトも大興奮してたし」


「当然だろォ!」


 別車両から、タケシトの声が響いてきた。


「ロマンの塊だからなァ!!」


「声デカいですよ!」


 ナーチャンが即座に突っ込む。


 そのやり取りを見て。


 ヨーコは、ふっと小さく笑った。


 こんなにも騒がしくて。


 落ち着きがなくて。


 行き当たりばったりなのに。


 不思議と。


 ここには、息苦しさが無かった。

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