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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第113話 追跡者

 次の瞬間だった。


 シャドウの姿が、消えた。


「っ!!」


 ナーチャンが反応する。


 だが、それより早い。


 黒い影が、一瞬でユージの目の前へ現れていた。


 振るわれた短剣が、一直線に喉を狙う。


 キィン!!


 鋭い金属音。


 ハミータが、その一撃を短剣で受け止めていた。


「……ほう」


 初めて。


 シャドウの声に、僅かな感情が混じる。


「同業者か」


「できれば、仕事したくないタイプですね」


 ハミータは真顔だった。


 そのまま、二つの影が激突する。


 凄まじい速度。


 常人では、目で追うことすら難しい。


 短剣が火花を散らし。


 廊下の壁へ、鋭い傷が刻まれていく。


「うわぁ……」


 ユージが若干引き気味に呟く。


「怖ぇ……」


「他人事みたいに言わないでください」


 ナーチャンが即座に言った。


 その間にも。


 ハミータとシャドウの戦いは激化していく。


 低い姿勢から繰り出される連撃。


 床を蹴る音。


 一撃ごとに、空気が震える。


「……互角?」


 リコが呟く。


「いえ」


 ナーチャンが首を横に振った。


「ハミータさんが押されています」


「マジかよ」


 ユージの顔から、軽さが消える。


 シャドウは強い。


 想像以上に。


 その時だった。


「だったら加勢すりゃいいだけだろォ!!」


 タケシトが、小麦粉袋を振り回しながら突撃した。


「食らえ!!」


 バサァッ!!


 大量の小麦粉が、シャドウへ降りかかる。


 一瞬。


 シャドウの動きが止まった。


「今です!」


 ナーチャンが叫ぶ。


 神楽耶の符が、宙へ舞う。


「縛れ!」


 光の鎖が、シャドウの身体へ絡みつく。


「チッ……!」


 初めて、シャドウが舌打ちした。


「おお、効いてる効いてる!」


 ユージが若干テンション上がる。


「いや、喜んでる場合ですか!」


 ナーチャンがツッコむ。


 だが、その隙で十分だった。


「走れ!」


 ユージが叫ぶ。


 一行は、一気に廊下を駆け出した。


 ヨーコも、必死に後を追う。


 背後では。


 バキィッ!!


 光の鎖が、力任せに引きちぎられる。


「マジかよ!?」


 ユージが思わず振り返る。


 白煙の向こう。


 シャドウが、ゆっくりこちらを見ていた。


 仮面の奥の視線だけが、異様に冷たい。


「逃がさない」


 低い声が、静かに響く。


「いや、めちゃくちゃ追って来るじゃんあいつ!」


「だから言ったではありませんか!」


 ナーチャンが叫ぶ。


 一方。


 中央聖堂の奥では、大司教が険しい顔で報告を受けていた。


「侵入者は現在、北回廊を移動中!」


「神兵部隊、順次追跡中です!」


「くっ……!」


 大司教が歯噛みする。


「何故だ!」


「何故、ここまで好き勝手に動ける!?」


 そこへ。


 また別の神官が飛び込んで来た。


「ほ、報告します!」


「食糧庫付近にて、正体不明の白い男が暴れております!!」


「白い男?」


「全身が白い粉まみれで……!」


「“粉塵爆発だァ!!”と叫びながら、神兵へ小麦粉を投げつけており……!」


「何を言っているのだお前は!?」


 大司教が思わず叫ぶ。


 意味が分からなかった。


 だが。


 現場が大混乱していることだけは分かる。


 その時。


 部屋の奥で静かに座っていた枢機卿が、小さく目を細めた。


「……面白い」


「枢機卿様?」


「力ではない」


 老人は、静かに呟く。


「知識と発想で、教会を掻き回している」


 一拍置き。


 細い目が、ゆっくり閉じられる。


「なるほど」


「これが、“異世界人”か」


 一方。


 ユージたちは、中央聖堂の外周回廊へ辿り着いていた。


 夜風が吹き込む。


 眼下には、街の灯り。


「出口までもう少しです!」


 ハミータが叫ぶ。


 だが。


 背後から迫る気配は、どんどん近づいていた。


「速っ!?」


 ユージが顔を引きつらせる。


 白煙の向こう側。


 シャドウが、信じられない速度で追って来る。


「いや無理無理無理!!」


「このままじゃ追いつかれます!」


 ナーチャンが叫ぶ。


 その時だった。


 タケシトが、回廊の柱を見てニヤリと笑う。


「リシュン!!」


「ああ、分かってる!」


 二人は同時に走り出した。


 リシュンが腰の工具を抜き放つ。


 タケシトは、残っていた小麦粉袋を柱の根元へ叩きつけた。


「おい、何やってんだ!?」


「決まってんだろォ!!」


 タケシトが叫ぶ。


「橋は落とすためにあるんだよ!!」


「絶対違います!!」


 ナーチャンが全力で突っ込んだ。


 次の瞬間。


 リシュンが、柱の継ぎ目へ金具を打ち込む。


「今だ!」


 タケシトが火打石を叩いた。


 ボォッ!!


 小規模な爆発。


 そして。


 メキメキメキ……!!


 嫌な音を立てて、回廊の支柱が崩れ始める。


「うわぁ!!文化財壊しちゃった!!」


 ユージが叫ぶ。


「あなたが連れて来たメンバーでしょうが!」


 ナーチャンが怒鳴った。


 ガラガラガラッ!!


 巨大な音を立て。


 回廊の一部が、崩落する。


 石畳が砕け。


 大量の瓦礫が、夜の闇へ落ちていった。


 一行は、崩れる回廊を飛び越える。


 だが。


 その向こう側。


 崩れ落ちる瓦礫の奥に。


 シャドウは、静かに立っていた。


「……マジかよ」


 ユージが思わず呟く。


 仮面の奥の視線だけが、こちらを見ている。


 異様な殺気。


 だが。


 崩れた回廊によって、すぐには追って来られない。


「時間は稼げました!」


 ハミータが叫ぶ。


「今のうちに!」


「よし、逃げるぞ!」


 一行は、夜の聖堂から一気に駆け抜けていく。


 ヨーコも、息を切らしながら走っていた。


 怖かった。


 追われていることが。


 教会へ背を向けたことが。


 でも。


 前を走るユージたちの背中は、不思議と頼もしく見えた。


 騒がしくて。


 雑で。


 行き当たりばったりで。


 なのに。


 誰一人、自分を見捨てようとしない。


「ヨーコちゃん!」


 ユージが、ちらりと振り返る。


「遅れるなよ!」


「……はい!」


 ヨーコは、小さく――だが確かに笑っていた。


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