第111話 巫女奪還作戦
翌朝。
温泉宿の一室には、張り詰めた空気が漂っていた。
窓の外では、山の湯煙が静かに揺れている。
だが、昨夜までの穏やかな空気は、もう無かった。
部屋の扉が静かに開く。
黒いローブ姿のハミータが戻って来た。
「お帰りなさい」
ナーチャンが声をかける。
ハミータは小さく頷いた。
「確認できました」
短く。
だが、その一言だけで、部屋の空気が変わる。
「ヨーコさんは――」
一拍置き。
静かに告げた。
「“ここを出たい”と言っていました」
その瞬間。
リコが、小さく息を呑む。
「……そっか」
ぽつりと、呟く。
張り詰めていたものが、少しだけほどけたようだった。
「ヨーコ……」
その目には、うっすらと涙が滲んでいる。
だが、泣き崩れたりはしなかった。
ただ、静かに俯く。
そんなリコを見て、ユージは小さく頷いた。
「よし」
「だったら、もう遠慮はいらねーな」
空気が切り替わる。
リシュンが腕を組んだ。
「で、どうする?」
「じゃあ、こうしよう」
ユージが軽く指を鳴らす。
「とりあえず、ハミータの先導で教会に侵入」
「その後、陽動作戦を展開して」
「相手が慌ててる隙に、ヨーコちゃんを助け出す」
「そんな感じで行こう」
「雑ですね」
ナーチャンが即座に突っ込む。
「適当じゃな」
神楽耶も呆れたように言う。
「まあ、いいんじゃね?」
タケシトは気楽そうに笑った。
「今さら綿密な計画を立てるタイプでもないしな……」
リシュンも苦笑する。
「ひどくない?」
ユージが若干傷ついた顔をした。
「ですが」
ナーチャンは真面目な表情へ戻る。
「問題は、どうやって陽動を起こすかです」
「これだけ警備が厳重だと、武器弾薬の類を持ち込むことは難しいでしょう」
「そこは任せろォ!」
タケシトが勢いよく立ち上がった。
「秘策がある!」
「嫌な予感しかしませんね」
ナーチャンが真顔で言った。
タケシトは気にせず、どこからか雑な図面を取り出す。
「教会の裏手には、大きな食糧庫がある」
「保存用の小麦粉袋が大量に積まれてんだよ」
「……小麦粉?」
リコが首を傾げる。
「小麦粉ってのはなァ!」
タケシトがビシッと人差し指を立てた。
「バラ撒いて火をつけると、結構でかい爆発が起きるんだぜ!」
一瞬、部屋の空気が止まる。
「は?」
ユージが思わず聞き返した。
「ええ」
リシュンが平然と頷く。
「粉塵、空気、種火。この三つが揃えば、粉塵爆発が起きます」
「小麦粉とは食べ物ではなかったのか!?」
神楽耶が驚愕する。
「食い物ほど怖ぇもんはねぇんだよォ!」
タケシトが謎のドヤ顔で言い切った。
「いや、怖いのはお前の発想だと思います」
ナーチャンが冷静に返す。
「まあ、壁を吹き飛ばすほどじゃねえ」
タケシトは肩をすくめた。
「神兵どもを慌てさせりゃ十分だ」
「なるほど」
ユージが頷く。
「じゃあ、陽動はそれで行こう」
「決めるの早くないですか?」
「人生はスピード感が大事だからな」
「絶対違います」
ナーチャンが即答した。
その夜。
中央聖堂周辺は、静まり返っていた。
白い石造りの巨大建築。
夜空へ伸びる尖塔。
巡回する神兵たち。
だが、その静寂の裏側では。
「……こっちです」
黒いローブ姿のハミータが、小声で囁く。
その背後を、ユージたちが静かに追っていた。
裏門付近。
警備は正面より薄い。
だが、それでも神兵の数は多かった。
「よし」
ユージが小さく呟く。
「まずは陽動班と救出班に分かれる」
「タケシト、リシュン」
「頼んだぞ」
「任せろォ!」
タケシトが、不敵に笑う。
その両脇には、小麦粉袋が抱えられていた。
「なんでそんな嬉しそうなんですか……」
リコが若干引いていた。
「男ってのはなァ!」
「爆発にロマンを感じる生き物なんだよ!!」
「最低ですね」
ナーチャンが即答した。
タケシトとリシュンは、食糧庫の方へ走っていく。
一方。
ユージたちは、ヨーコが軟禁されている区画へ向かった。
廊下には、神兵。
以前より明らかに増えている。
「結構厳重だな」
ユージが小声で呟いた。
「巫女様が重要人物だからでしょう」
ハミータが淡々と答える。
その時だった。
遠くから。
ドォンッ!!
鈍い爆発音が響いた。
直後。
白い煙が、夜空へ吹き上がる。
「なっ!?」
「何事だ!?」
聖堂内が、一気に騒がしくなった。
「火事だ!!」
「食糧庫が爆発したぞ!!」
神兵たちが慌てて駆け出していく。
「よし、成功だな」
ユージがニヤリと笑った。
その頃。
食糧庫周辺では。
「ゲホッ!!」
「なんだこの白煙!?」
「前が見えん!!」
神兵たちが混乱していた。
白煙の正体は、大量の小麦粉だった。
そして、その中心では。
「ハーッハッハ!!」
タケシトが無駄にテンション高く笑っていた。
「お前らァ!!よーく覚えとけ!!」
「これはな、粉塵爆発っていうんだぜ!!」
「テンション上がってる場合じゃありません!」
隣でリシュンが即座に突っ込む。
だが。
その混乱のおかげで。
ヨーコのいる区画の警備は、大きく薄くなっていた。




