第108話 閉ざされた聖域
翌朝。
ヨーコが部屋を出ようとした瞬間だった。
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「申し訳ありません」
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低い声。
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顔を上げる。
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部屋の前には、神兵が立っていた。
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重厚な鎧。
槍を携えた二人の兵士。
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昨日まではいなかった顔だった。
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「……何か、あったのですか?」
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ヨーコが尋ねると、神兵は無表情のまま答える。
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「本日より、巫女様の警護体制が変更となりました」
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「警護……?」
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「はい」
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淡々とした声。
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「巫女様の安全確保のため、許可無き外出はお控えいただきます」
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その言葉に。
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ヨーコの胸が、静かに冷えていく。
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「……私は、祈りの間へ行きたいのですが」
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「必要なものは、こちらへお持ちいたします」
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即答だった。
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逃げ道を塞ぐように。
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「中庭へ出ることも?」
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「ご遠慮ください」
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「……誰かと会うことは?」
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「事前許可が必要となります」
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そこまで聞いて。
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ヨーコは、理解した。
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(……閉じ込められてる)
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昨日。
自分は見てしまった。
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見てはいけないものを。
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だから。
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こうなった。
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ヨーコは、ゆっくりと俯く。
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「……そう、ですか」
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神兵は何も答えない。
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ただ。
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そこに立っている。
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逃がさないとでも言うように。
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一方。
中央聖堂の奥。
大司教は、険しい表情で神官たちの報告を聞いていた。
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「……間違いないのだな?」
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「はっ」
神官が緊張した面持ちで頷く。
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「巫女様は、神託作成の現場をご覧になっています」
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重い沈黙が落ちる。
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大司教は、小さく目を閉じた。
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(最悪だ……)
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額に汗が滲む。
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ヨーコは、ただの巫女ではない。
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民衆にとっての象徴。
神託そのもの。
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もし彼女が、公の場で何かを口にすれば。
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教会の権威は、大きく揺らぐ。
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だが。
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同時に。
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雑に扱うこともできない。
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あまりにも、影響力が大きすぎる。
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その時。
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背後から、静かな声が響いた。
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「だから言ったのだよ」
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枢機卿だった。
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「巫女に余計な自我を持たせるべきではない、と」
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「…………」
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大司教は、何も言い返せない。
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枢機卿は、静かに続ける。
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「とはいえ、まだ利用価値はあるのだよ」
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「民衆にとって、巫女は神託の象徴」
「それなりに手順を踏む必要があるのだよ」
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「では、どうなさるおつもりで……?」
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「しばらく隔離しなさい」
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枢機卿は、淡々と言った。
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「体調不良による静養という名目で良いのだよ」
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「外部との接触は制限」
「不用意な会話も避ける」
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一拍置く。
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「そして――」
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細い目が、静かに大司教を見た。
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「“余計なこと”を口にする前に、落ち着いてもらう」
「巫女など、少し時間をかければ、また作れるのだよ」
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一方。
ヨーコは、自室の窓辺に座っていた。
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窓は開く。
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外も見える。
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だが。
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部屋の前には神兵。
廊下にも神兵。
中庭にも視線。
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どこにも行けない。
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逃げられない。
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聖堂は、変わっていない。
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白い壁。
静かな空気。
祈りの歌。
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なのに。
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まるで別の場所のようだった。
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(ここは……)
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ヨーコは、小さく唇を震わせる。
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(こんな場所だったの……?)
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その時だった。
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コンコン。
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小さく、窓が叩かれた。
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ヨーコが、はっと顔を上げる。
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窓の外。
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そこには、小柄な修道女が立っていた。
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深くフードを被っている。
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だが。
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その目だけは、鋭かった。
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「静かにしてください」
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小声。
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「私は、味方です」
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ヨーコの瞳が、大きく揺れた。




