第106話 沈黙の圧力
朝。
ヨーコは、窓の外をぼんやりと眺めていた。
聖堂の中庭。
白い石畳。
静かに揺れる木々。
見慣れた景色。
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だが。
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(……増えてる)
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視線。
人の数。
気配。
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以前よりも、明らかに。
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神官たちの配置が増えていた。
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廊下の角。
階段の前。
出入口。
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自然に立っているようでいて。
不自然だった。
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ヨーコが歩けば、視線が動く。
立ち止まれば、空気が止まる。
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監視。
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その言葉が、脳裏をよぎる。
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(違う……)
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ヨーコは小さく首を振った。
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(守られているだけ……)
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そう。
自分は巫女なのだから。
重要な存在なのだから。
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だから。
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警護されるのは、当然で。
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――当然の、はずだった。
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「ヨーコ様」
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声に振り向く。
若い神官だった。
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「本日の移動ですが」
「東回廊側は使用を控えていただきたく」
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「……どうして?」
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「警備上の問題です」
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即答だった。
だが、その説明は曖昧だった。
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「でしたら、中庭へ――」
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「そちらも、本日は立ち入りを制限しております」
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柔らかい口調。
丁寧な態度。
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だが。
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拒絶だった。
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ヨーコは、小さく黙り込む。
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「……わかりました」
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神官は深々と頭を下げ、そのまま去っていく。
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静寂。
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広いはずの聖堂が。
急に、狭く感じられた。
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歩ける場所。
行ける場所。
話せる相手。
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少しずつ。
減っている。
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(どうして……?)
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答えは分からない。
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だが。
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心のどこかでは、理解していた。
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自分は今。
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“守られている”のではない。
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囲われているのだと。
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一方。
中央聖堂の奥。
大司教は、静かに報告を受けていた。
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「巫女様の行動範囲は、予定通り制限しております」
「接触可能な人員も、選別済みです」
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「……不審な様子は?」
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「祈りの時間が増えております」
「ですが、精神状態には若干の不安定さも」
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大司教は、小さく目を閉じた。
そして、枢機卿に言われた言葉を思い出す。
「お飾り人形に、自我など必要無いのだよ」
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「刺激するな」
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短く告げる。
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「現時点では、まだ“巫女”でいてもらわねば困る」
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神官は静かに頭を下げた。
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一方。
ヨーコは、自室へ戻っていた。
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机の上。
神託の書面が置かれている。
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「日沈む森の鎮守の下――」
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視線が止まる。
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あまりにも、正確だった。
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曖昧な言葉。
象徴的な表現。
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なのに。
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結果だけが。
あまりにも都合よく繋がっている。
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(……本当に?)
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また、その考えが浮かぶ。
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(本当に、神様が……?)
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胸がざわつく。
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考えてはいけない。
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そう思うほどに。
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思考は止まらなかった。
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ふと。
窓の外に、人影が見えた。
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神官。
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こちらを見ている。
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目が合った瞬間。
相手は静かに視線を逸らした。
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だが。
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消えない。
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そこにいる。
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監視するように。
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ヨーコは、無意識に一歩下がっていた。
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(……怖い)
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その感情に、自分で驚く。
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ここは聖堂だ。
神に仕える場所だ。
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なのに。
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どうして。
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こんなにも、息苦しいのだろう。
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「……リコ姉ちゃん」
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思わず、口をついて出た。
長らく会っていない姉の名。
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あの時。
神託ミサの最中。
一瞬だけ、目が合った女性。
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変装していた。
髪型も。
服装も。
記憶の中とは違っていた。
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それでも。
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ヨーコには、すぐにわかった。
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「あれは……間違いなく、リコ姉ちゃんだった」
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「……会いたい」
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ぽつりと、言葉が零れる。
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幼い頃。
リコに抱かれて眠った夜を、思い出していた。
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優しかった温もり。
髪を撫でる手。
安心して目を閉じられた、あの感覚。
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あの頃は。
何も疑わなくてよかった。
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その夜。
ヨーコは、再び祈りの間を訪れていた。
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静寂。
蝋燭の灯。
冷たい空気。
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いつもと同じ。
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だが。
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祈りの言葉だけが。
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どうしても、口から出てこなかった。
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神を信じたい。
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信じていたい。
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それなのに。
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疑問だけが、消えない。
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ヨーコは、強く両手を握りしめた。
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まるで。
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壊れていく何かを。
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必死に繋ぎ止めるように。




