第105話 揺らぐ祈り
そこにあるのは静寂だった。
聖堂の奥。
誰もいない祈りの間で、ヨーコはひとり跪いていた。
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目を閉じる。
手を組む。
祈る。
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いつも通りのはずだった。
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だが。
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(……違う)
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胸の奥に、微かな引っかかりがあった。
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神託は、正しかった。
今回も。
間違いなく。
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子供たちは救われた。
人々は感謝し。
神を讃えた。
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それは、喜ばしいことのはずだった。
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なのに。
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(どうして……)
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思考が止まらない。
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あの言葉。
神託の一節。
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「日沈む森の鎮守の下――」
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曖昧だった。
象徴的だった。
解釈されるべきものだった。
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それが、神託のはずだった。
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なのに。
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結果は、あまりにも正確だった。
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まるで。
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最初から答えを知っていたかのように。
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ヨーコは、ゆっくりと目を開いた。
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祈りが、止まっていた。
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こんなことは、初めてだった。
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神の声を疑うなど。
あってはならないことだった。
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それなのに。
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疑問は、消えない。
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「……私は」
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小さく呟く。
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「何を、信じているの……?」
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その言葉に、自分で驚いた。
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信じることに、疑問を持ったことなど。
一度もなかった。
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神は絶対だった。
神託は絶対だった。
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だからこそ、自分は選ばれた。
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そう、教えられてきた。
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そう、信じてきた。
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なのに。
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その前提が、揺らいでいる。
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ふと。
ある光景が、脳裏をよぎった。
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あの日。
神託ミサ。
民衆のどよめき。
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そして――
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ユージにゃん。
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招き猫の姿をした、ふざけた存在。
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丸い顔。
ぴこぴこと動く猫耳。
片手を上げた招き猫の姿。
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どう考えても、神聖とは程遠い。
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なのに。
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自分よりも先に。
自分と同じ言葉を語っていた。
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(どうして……?)
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神の言葉は。
唯一のはずだった。
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神だけが知る未来。
神だけが与える導き。
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なのに。
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人が。
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再現している。
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しかも。
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あんな、ふざけた猫の姿で。
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思い出した瞬間。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
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神託は、絶対だった。
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比較されることなど。
今まで、一度もなかった。
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だから。
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疑う必要も、なかった。
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だが。
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あの日。
民衆は見てしまった。
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神託と。
神託を再現する“別の存在”を。
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そして、自分も。
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見てしまった。
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(もし……)
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その先を考えるのが、怖い。
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だが。
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もう。
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考えないふりは、できなかった。
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そのとき。
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「ヨーコ様」
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不意に声が響いた。
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ヨーコは肩を震わせる。
振り返ると、そこには大司教が立っていた。
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「お加減が優れないと伺いましたが」
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「……いえ」
ヨーコは、慌てて姿勢を正す。
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「問題ありません」
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反射的な言葉だった。
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だが。
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それを口にした瞬間。
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(違う)
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自分で、わかってしまった。
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問題は、ある。
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しかも。
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取り返しがつかないほど、大きな。
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大司教は、しばらくヨーコを見つめていた。
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何かを測るように。
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やがて、静かに言う。
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「無理はなさらぬように」
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それだけを残して、去っていった。
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再び、静寂。
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ヨーコは、ゆっくりと息を吐いた。
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祈ろうとする。
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だが。
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言葉が、出てこない。
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神に捧げるはずの祈りが。
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形にならない。
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(……どうして)
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問いだけが、残る。
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答えはない。
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いや。
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答えに、近づいているのかもしれない。
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だからこそ。
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怖い。
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ヨーコは、両手を強く握りしめた。
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祈りの姿勢のまま。
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動けなかった。
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その夜。
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神に最も近いはずの少女は。
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初めて。
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神から、遠ざかっていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
このところ、スピンオフ短編にハマって、立て続けに投稿してしまいました(^_^;)
ユージ、ナーチャン、リシュン、神楽耶、タケシト。
みんな好きなキャラですが、僕はやっぱりナーチャンが1番かな。
皆さんはいかがですか?




