第102話 揺らぐ信仰
朝。
中央広場の掲示板に、新しい神託が張り出された。
人々が集まり、そして読む。
頷く者。
眉をひそめる者。
そして、何も言わずに立ち去る者。
同じ言葉を見ているはずなのに。
受け取り方が、違っていた。
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「ほらな、ちゃんと出てるじゃないか」
男が言う。
「神託は変わらない。昨日の騒ぎも、ただの見間違いだろう」
その声には、安堵が混じっていた。
そうであってほしいという、願い。
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「……でもよ」
別の男が、低く言う。
「俺は確かに見たぞ」
「巫女様の後ろに、あの……猫みたいなのが出ててさ」
「しかも、同じことを先に――」
「やめろ」
強い声で遮られた。
周囲の視線が集まる。
空気が張り詰める。
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「俺たちは今まで、神託の通りにやってきた」
最初の男が言った。
「それで間違いはなかったじゃないか」
「だったら、これからも同じだ」
「神託を信じていればいい」
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「……でもよ」
別の男が、さらに声を落とす。
「神託は、神の言葉だからこそ尊いんじゃないのか?」
「もし仮に――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「教会の誰かが、恣意的に作ってるとしたら」
「それを、神の言葉だって信じていいのか?」
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沈黙が落ちた。
誰も、すぐには答えられない。
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「……そんなわけないだろ」
ようやく、誰かが言った。
だが、その声には、わずかな揺らぎがあった。
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別の場所でも、同じようなやり取りが繰り返されていた。
強く信じる者。
疑問を抱く者。
そして――
どちらにも踏み切れない者。
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人は、安心したい。
だから信じる。
だが。
一度見てしまったものは、消えない。
信じながら、疑う。
疑いながら、従う。
その曖昧な状態が、広がっていた。
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中央聖堂。
神託は、書面で発表されるようになっていた。
儀式はない。
巫女の声もない。
ただ、整えられた文字だけが掲示される。
それでも、人々はそれを読む。
読むしかない。
他に選択肢はないのだから。
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大司教が、静かに報告を述べる。
「各地において、神託に対する不審の声が確認されています」
「規模は限定的ですが、増加傾向にあります」
枢機卿は、黙って聞いていた。
視線は書面へ。
指先が、わずかに机を叩く。
思考している。
やがて、短く告げた。
「現状を維持しなさい」
「余計な刺激は不要だ」
大司教が頷く。
「不敬にあたる言動については?」
「基準を明確に」
「逸脱は見逃すな」
静かな声。
だが、その意味は重い。
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その日から。
街の空気は、さらに変わった。
露骨ではない。
だが、確実に。
神託に疑問を口にした者が、呼び止められる。
軽い注意。
記録。
そして、視線。
見られているという感覚が、人の口を閉ざさせる。
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「やめとけって」
酒場で、誰かが言う。
「変なこと言ってると、目つけられるぞ」
「……でもよ」
「でもじゃない」
「家族いるんだろ?」
言葉が止まる。
現実が、思考を押し潰す。
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それでも。
完全には止まらない。
小さな声は、消えない。
むしろ。
押さえつけられるほどに、内側へと潜り込んでいく。
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同じ神託。
同じ言葉。
だが。
受け取り方は、もう一つではなかった。
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信じる者。
疑う者。
そして――
そのどちらにもなりきれない者。
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どちらも、間違っているようには聞こえなかった。
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世界は、まだ壊れてはいない。
だが。
確実に、均衡は崩れ始めていた。




