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第38話 決戦、オーク軍団! その2

ブックマークが300件を突破しておりました。

みなさま、ありがとうございます!


 マラソン一周目。瑞希(みずき)大迫(おおさこ)は合計4匹のホブゴブリンを討ち取った。

 自衛隊員は大迫と内藤(ないとう)を除いた18名を5人ごとの3チームに編成。

 これは内藤の発案で、『危機感知』スキルを持つ2人を前線から外して警戒に当たらせるというもの。

 残りのひとりは自分の補佐兼壁役としてちゃっかり確保している。

 理沙(りさ)も『Eちゃんねる』への書き込みでOKを出した。指揮官が襲われると作戦が破たんすることを理解している。

 自衛隊チームはそれぞれ2~3匹のゴブリンを引っ張って抹殺。

 後を追いかけて広間に入ってきたオークを刺激しないよう、理沙の周回ルートから距離を開けておくことも忘れない。


「……こんな楽でいいんかな?」


 目の前を駆け抜けていく理沙トレインを眺めながらゴブリン担当の自衛官が呟く。

 集団で雑魚をボコボコにしている自分たちと、単独でモンスターをけん引して走り回る理沙を比べると、やり場のない感情が胸に溜まるのだ。

 しかし――


「私がオークと戦いますから、ホブゴブリンをお願いしてもいいですか?」


 などと口走る瑞希を前に言葉を詰まらせる。互いに目配せを交わしはしても反応する者はいない。

 救出部隊のリーダーであり最強戦力でもある大迫が1対1で戦っているモンスター、それがホブゴブリン。

 そんな大物を事もなさげに屠る少女に対する畏敬の念が、提案に対する拒絶の意思表示を躊躇わせた。


「怪我人はいない?」


 微妙な雰囲気が支配する広間に響くのは、全体の指揮官を仰せつかった内藤の声。


「Aチーム、負傷者なし」


「Bチーム、負傷者なし」


「Cチーム、負傷者なし」


「大迫、大丈夫だ」


「隊長、大丈夫というのはケガしてるけど大丈夫ってことですか?」


 細かい言葉尻を掴まれ、大迫は軽く眉をしかめた。


「……大迫、負傷なしだ」


「了解。次に理沙さんが戻ってくるまであと2分ほどかかるはずです。今のうちに水分補給してください」


「ああ」


 命のやり取りの緊張から解放された大迫は、大きく大きく息を吐き出した。水筒に口をつけながら、改めて自身の状況を確認。

 内心では、自分がホブゴブリンと戦うことに集中している間、内藤が理沙の周回時間を計っていたことに驚きを隠せなかった。

 同時に、地下15階に入ってから今まで忘れていた水分補給を思い出させてくれたことにも。

 些細なことかもしれないが、指揮官が細かいところを気にかけてくれるのは、最前線で敵手と相対する自分たちにとってはありがたい。

 指揮官は自ら戦わないことに意味があると痛感させられる。その点では先ほど真っ先にホブゴブリンに向かっていった自分は……

 大迫は頭を振って思考を追い払った。今は余計なことを考えている状況ではない。


「瑞希さん、理沙さんは大丈夫かしら?」


 隊長の煩悶を余所に、内藤は瑞希に質問を投げかけている。大迫もそっと耳をそばだてた。

 合流を果たした人間側の中で、現在最も重要な役割を帯びているのは要救助者である『更級 理沙』であることは間違いない。

 彼女が崩れたら、荒れ狂ったモンスターたちが殺到して部隊を蹂躙することは容易に想像がつく。

 指揮は内藤に任せたとはいえ、リーダーとしてはキーパーソンの状況を把握しておかなければならない。

 この中で最も彼女のことを知悉しているはずの相棒である瑞希が、状況をどのように見立てているかは重要な情報だ。


「大丈夫とは……どういうことですか?」


「いえ、オークとかインプとか、どうかなって」


 曖昧過ぎる内藤の問いに瑞希は少し考える風に視線を落とし、


「インプは問題ないと思います。理沙にあの程度の魔法は効きません」


「それほどかよ……」


 散々魔法に苦しめられてきた救助部隊の一員としては、感嘆と羨望の入り混じった溜息を洩らさざるを得なかった。


「オークは……小さいほうの2匹は、前に私たちが戦った奴よりも弱そうです」


「地下19階で待ち伏せされたって奴?」


 瑞希は頷いた。

 内藤はこれまでの理沙スレの書き込みをしっかりチェックしている。

 今この広場に集っている人間の中では、瑞希の次に理沙たちの状況に詳しい。


「大きい奴は……瑞希さんの直感で良いけど、前の奴より強そう? それとも弱そう?」


「……多分強いと思います」


 恐らく……かなり。

 わずかな逡巡の後、躊躇いがちに瑞希が答える。

 その言葉の意味するところを理解した大迫は、足元がぐらぐらと揺れて崩れ落ちるような錯覚を覚える。

 しかし、その動揺を表に出すことはなかった。指揮権を内藤に預けていても、部隊のリーダーはあくまで大迫のまま。

 リーダーの不安や動揺は部隊に伝染する。頭の中や胸の内をのたうち回る何もかもを噛み潰した。

 要救助者や隊員たちの命を預かる立場、その自覚が大迫に精神的逃避を踏みとどまらせる。

 

――内藤は大丈夫なのか?


 聞き取りを行っている部下の背中に視線を投げるも、彼女の心の内は窺い知れない。

 普段から飄々としている奴だから、案外気にしていないということもありうる。

 いずれにせよ、この部隊における最終的な責任はすべて隊長に任じられた大迫にある。

 その責任を背負ったまま、作戦は内藤に任せる。それがこの部隊にとって最も自分が貢献する形であると認識している。


「そう……理沙さんからどう戦うかは聞いてる?」


「いえ、そこまでは」


 答えとは裏腹に、瑞希はあまり気にしていないように見えた。

 怪訝に思ったらしい内藤がさらに問い詰めようとしたとき、


「要救助者きます!」


 通路を見張っていた隊員の報告が広場の空気を揺らす。


「内藤、今はそこまでだ」


 ふたりのやり取りを見守っていた大迫が沈黙を破ると、内藤は我に返った。

 黒い女性自衛官は、パンパンと両の掌で頬を軽く叩いて気を取り直す。


「そうですね……それじゃ二週目、行きます!」


「「「了解!」」」



 ★



 二周目、瑞希と大迫は合計で4匹のホブゴブリンを始末した。

 内訳は瑞希が3、大迫が1になる。残りのホブゴブリンの数も確認できた、あと4匹。

 素手戦闘に自信のある大迫だったが、単純に殺傷能力という点では刃物には一歩……いや二歩は劣る。

 自衛隊は3チームで合計10匹を上回るゴブリンを処理した。

 あらかじめ浅層で繰り返した訓練を思い出し、冷静に対応できるようになった自衛隊が本領を発揮し始めた。

 理沙を追いかけるオークはそのままだったが、インプの数は2匹減っていると内藤は言う。状況をよく見ている。


――――


462、内藤二曹

  状況報告

  オーク大1、オーク小2、ホブ4、インプ9、ゴブ36



463、内藤二曹

  次でホブは終わるはず

  瑞希さんたちはどうする?



464、リサ

  瑞希・オーク

  自衛隊・ごぶで



――――


「瑞希さん、次でホブゴブリンを全滅させたらオークと当たってほしいって理沙さんが」


「いけます」


 魔剣を握りしめた瑞希は、地上産のペットボトルで水分を補給しつつ決然と答えた。

 かつて自身を追い詰めた強敵を前に、少女の黒い瞳には強烈な決意が煌めいている。


「内藤、俺は……」


「二尉はゴブリンの方に回ってほしいそうです」


「チッ、信用ねぇなぁ」


 大迫は短く刈り込んだ頭をガリガリと掻きむしる。

 ついにこの時が来てしまった。

 瑞希をオークと戦わせるという決断を迫られる時が。


「お嬢ちゃん」


「瑞希です」


 強い眼差しを向けられた大迫は、複雑な感情を抱きながら少女と相対する。

 わかっている。瑞希は今の自分よりも強い。

 これまでの戦いぶりを見ても、ホブゴブリンの討伐数から判断しても明らかだ。数字は嘘をつかない。

 継続中の作戦を成功させるためには、この中で最も強い人間をオークに充てなければならないことも理解している。

 そして、今の自分が目の前の少女と連携して近接戦闘を行うことができないことも。ここで無理に協力を申し出ても足を引っ張るだけ。

 ただ――自衛隊員として、ひとりの大人の男として忸怩たる思いがあった。


「瑞希、絶対に無理はするな」


 大迫は弁の立つ人間ではない。

 この窮地にあって至難に立ち向かう少女に掛ける言葉がなかった。

 己の未熟さを否応なく思い知らされて押しつぶされそうになる。


「はい!」


「まずはホブゴブリンだ。次で片づけるぞ!」


「はい!」



 ★



――――


484、内藤二曹

  状況報告

  オーク大1、オーク小2、インプ6、ゴブ26



485、リサ

  瑞希・オーク小

  自衛隊・ごぶ



486、リサ

  あと3周で決める



487、内藤二曹

  オーク小を2周で片づけてオーク大を全員でってこと?

  瑞希さんがオーク大は19階で戦った奴より強いって



488、リサ

  オーク大はアタシと瑞希とギュンターでやる



489、内藤二曹

  私たちの援護はいる?



490、リサ

  いらない

  ゴブの始末と周りの警戒お願い



――――


 オークは苛立っていた。

 目の前を逃げ続けている獲物が捕まえられない。

 間合いを詰めようとすると足元が何かに引っかかって転倒しそうになる。床をじっと観察しても何も見つからない。

 別にどうということはないがイライラさせられる。否、どうでもいい。

 そもそも自分はなぜこの人間を追いかけているのか、それがわからない。考えようとすると全身を巡る血潮が沸騰し、視界が桃色に霞む。

 頭が痛い。すぐに余計なことを考えるのを止める。うまそうな獲物が目の前にいる。捕まえて舐めてしゃぶって犯して食らう。それでいい。

 胸の内に燃え上がった欲望の炎と、痛いほどにいきり立った下半身に駆り立てられるままに、眼前に揺れる白くて柔らかそうな肢体を追いかけ続けた。

 

 ふと、おかしなことに気が付いた。

 自分の前を走っているはずの――同じ獲物を追いかけているはずの配下の姿が見当たらない。

 聞こえてくる足音の数が減っている。人間の群れを大きく上回るほどの数を引き連れてきたはずなのだが。

 いつの間にかどこかに行ってしまった。全く気付かなかった。戦列を勝手に去ることは許されない。これは反逆だ。

 別にいい。獲物を山分けする気はない。奪い合うライバルが諦めたのならひとり占めできる。好都合だ。


――おかしい? おかしくない。


 肩口に痛みが走る。ちらと視線を走らせれば、そこに突き立った小さな刃が光を放っている。


――なんだ、これは。


 足を止めると桃色に煙っていた思考が鮮明に戻り、ぼやけていた視界が晴れる。

 目の前には――黒い髪の獲物がもう一匹。忌々しい気配を放つ魔剣が突き付けられていた。


 

 ★



 オークを瑞希に任せようという理沙の指示は、少女剣士の強さを目の当たりにした大迫や内藤をして、容易に首を縦に振ることはできないものだった。

 ホブゴブリンとの戦いを経て、ようやくふたりにもオークの『強さ』が見えてきた。オークはホブゴブリンの数倍は強い。


――1対1なんて冗談じゃない。


 ゴブリンの方に向かった大迫と内藤、無言のアイコンタクト。

 大迫は内藤から飛んでくる視線の矢を受けて、委細承知したとばかりに頷いた。

 瑞希にオークは任せる。理沙の言うとおりにする。

 だが――戦場は水物であり、瑞希は要救助者のひとりだ。

 自分たちが生き残って彼女が死ぬようなことがあってはならない。


――いざとなったら身体を張って止めてください。


――言い訳はお前が考えておけ。


 大人ふたりの決意に気付くことなく、正気に返ったオークと相対する瑞希。

 都合8匹のホブゴブリンを屠ってきた少女は、頬を紅潮させつつ眼前の豚面を睨んでいる。

 その足取りは軽い。ここまでの戦いは彼女にとってほんの準備運動に過ぎなかったのかもしれない。


――いい面構えだ。


 数多の隊員を(しご)いてきた大迫が感心するくらいに、瑞希は仕上がっている。

 巨大な刃を構えるオークを前に怯むことなく、気負うこともない。

 ただ自然に魔剣を構えている。身体のどこにも余分な力が入っていない。


 憤激したオークが間合いを詰めて分厚い刃を振り下ろす。

 鈍重な外見からは想像もつかない、鋭く重い一撃。

 

――危ない!


 思わず声を上げそうになるが――黒髪の少女は余裕を持って右横に身体をずらす。

 そこにオークの拳が唸り……少女はさらに大きく後方に跳躍してこれを回避。

 しかし豚面モンスターも相当な強者。瑞希を追って二度三度と刃を振り回す。

 重厚な体躯から繰り出される連続攻撃に隙を見出すことができず、若き剣士は防戦一方に追い込まれる。


「左だ! 左に躱せ!」


――しまった!


 ゴブリンの首を絞めていた大迫が、眼前の光景に充てられて思わず叫んでしまった。

 外野から浴びせられた突然の大声に瑞希は身体を震わせ、寸前のところを刃が掠める。

 後ろに下がったところに刃の突きが迫り――ギリギリでこれを凌いだ。

 その光景を目の当たりにし、自衛隊員たちは息が止まりそうになった。タイミングが悪すぎる。


「左ってどっちですか!?」


 つい叫び返した内藤の声は、他の隊員たち全員の代弁でもあった。

 四方八方からねめつけられる視線の串刺しに耐えかねた大迫は、ことさらに大ボリュームの声を発した。


「箸を持つ方が右、茶碗を持つ方が左だ!」


「じゃなくって、瑞希さんから見て左ですか? オークから見て左ですか?」


「自分から見て左だ!」


 内藤ではなく、瑞希に聞かせるためにハッキリと言い放つ。

 聞き間違えがあってはならない。『右』と『左』はそれほどに違うのだ。


「聞こえた、瑞希さん?」


「はいっ!」


 先ほどの窮地など特に気にした風でもない瑞希は、アドバイスのとおりにオークが振り下ろす刃を左側に回避する。

 次いで追いかけてくる左腕を躱す。大迫の見立てどおり、今までよりも少し余裕を持っているように見受けられる。


「ギリギリで見切る必要はない。間合いを大きくとっていけ!」


「はい!」


 大迫の声に元気よく返事する瑞希。

 瑞希の魔剣とオークの刃が火花を散らす。

 豚面モンスターの太い腕が唸り、恐怖を呼び覚ます風音が広間に響く。


 次第に、瑞希とオークの戦い方あるいは流れが変わってきた。

 その一部始終を遠目から見て、ようやく他のメンバーも大迫の意図するところに思い当たった。

 オークは右手で掴んでいる刃を振るい、その後で左腕の追撃を入れてくる。

 だから右に逃げたら左腕に捕まる。後ろに引いたら刃を突かれる。避けるなら左だ。

 振り下ろされたオーク自身の巨体と右腕が邪魔になって左腕の追撃が少女の身体に届かない。

 腕関節の問題で右腕の刃を振りかざすにも向かないポジションだ。

 歴戦の戦闘巧者である大迫のアドバイスを得て優位に立った瑞希に比べて、次第に豚頭の動きが鈍ってくる。それは傍目に見てもわかるくらいに歴然とした差だった。

 瑞希とオークの戦力は、激突した段階では同等だった。ゆえにほんの少しの違いが致命的となる。無駄な動きが増えたオークが徐々に形勢不利に追い込まれていく。

 苛立った豚面は刃を横に払おうと無理やり身体を開き――そして逞しい右腕が大きな刃ごと中ほどから宙を舞った。魔剣の閃きに遅れて血飛沫が溢れて弾けた。

 振り下ろされた瑞希の剣が軌道を変えて横に薙ぐ。疲弊したオークとは比べ物にならない鋭さを保った一撃は、その分厚い胸元に大きな傷跡を刻み付ける。

 人間には理解できない悲鳴と怒号が入り混じった声が広間に響く。奮戦する自衛隊員も、今まさに死を迎えようとしていたゴブリンも、床に膝をついたオークに視線を奪われた。


「理沙に散々走らされ、大きな武器を振り回して体力はもう限界。勝負ありましたね」


 瑞希の魔剣が黒い皮膚に覆われた首筋を深々と断ち割り――オークは光の粒となって消えた。


「ふう。まず一匹」


 少女はポニーテールに纏められた黒髪を靡かせ、額の汗を拭っている。

 このワンシーンだけ切り取れば、まるで部活の試合を終えた普通の高校生にしか見えない。

 青春の1ページとでも言うべき爽やかな姿のはずなのに……モンスターがひしめく地下にあっては異様に映る。

 しかし、その場にいた誰もが理解させられる。これが新しい世界のスタンダードであると。



7月2日(明日)にオーク軍団とのバトルが決着、

7月3日(明後日)に第1章が完結する予定です。

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