99話 面倒くさい王子様 その三
とにかくその日は剣術の基礎を王子に徹底的に叩き込むことにした。
しかし、案の定、王子のセンスは壊滅的であり、それすらも難航する羽目になった。剣の握り方、姿勢、どれ一つとってもまるで褒められる部分がなく、また、飲み込みも遅い。
結局、日が落ち、月がはっきりと見えるようになるまで付きっ切りで教えたというのに、全くもって王子の剣術が上達することはなかった。
ここまで来ると、もはや自分の教え方が極端にへたくそなのではないかと疑うほどである。そういえば、ニーナもほとんど上達してるそぶりはないし、もしかすると僕は教えるのには向いていないのかもしれない。
「う……すまない」
全くもって上達しないことに落胆し、王子はそう言った。
「ま、まだ一日目ですから」
やばい。ここから先、この人の剣術が上達する未来が見えない。戦争中はよく、半人前でも最前線に放り込めば化けることがあるといわれていたが、この人はそもそも戦場に立たせるとその瞬間に殺されてしまうだろう。
「やはり俺には向いていないのだろうか……」
「まあ、否定はできませんね」
「おい、そこは否定してくれてもいいんじゃないか?」
「したところでなんの慰めにもなりませんからね。それに、お世辞なんて殿下も聞きたくはないのでは?」
「……それもそうだな。やはり、ベストールは口が悪いらしいな」
「お気に障りましたか」
「いや、むしろ、お前はそれでいてくれ。なんか、対等な感じがしてそっちのほうがいい」
「対等、ですか」
「いやなのか?」
「いえ、私には過ぎたお言葉だなと思いまして。ですが、ほかの方がいるところではさすがにそのようにも行きませんよ」
「わかってるさ。そんなことは俺が一番よくわかってるとも」
そう言って、王子はその場に座り込み、座り込んだかと思えば今度は地面にあおむけに寝そべった。
「はしたないですよ」
「気にするな。お前しか見てない。お前が目をつぶればそれで済むことだ」
この数時間、剣術を教えただけの仲ではあるが、ずいぶんと王子は僕のことを信用してくれているようだった。
王子としてそれはいかがなものかとも思ったが、今そんなことを言うのは無粋というものだろう。
今は、純粋に自分を信用してくれていることに感謝することにしよう。
僕は空を見上げる王子の隣に座り込んだ。
「今日は三日月か」
ぽつりと王子はつぶやいた。
「……実はな、こんな風に地面に寝そべるのは初めてじゃないんだ。……あの日も、三日月だった」
「……そうですか」
王子の言葉を受け、僕は思い出す。アニメで見た、ガーラン王子とアリーシャの初イベントを。
ガーラン王子は幼少のころから星を見ることが趣味の一つであり、その夜も星を見るために寮の周辺を散歩していた。その時、ベンチで眠りこけるアリーシャと出会うのだ。
そして、入学式のその日に、弟のフレデリック王子に無礼にも声をかけたその少女のことを覚えていた王子は魔が差したのか、興味本位でその少女に声をかけてしまうのだ。
そこから、慌てるアリーシャをからかいながらしばらく会話を繰り広げ、次第にお互いに心を開いていくことになる。
しかし、不意に我に返ったアリーシャがこんな時間に王子と二人でいることなどやはり不自然であると気づき、等々に、その場から去ろうとするのだ。
その際、アリーシャを呼び止めようとアリーシャの服の袖を王子が引き、二人はその場に王子が下敷きになる形で倒れ掛かり、その際、三日月とアリーシャの姿が重なるのだ。それをきっかけに王子はアリーシャを異性として意識しだす。
という流れだった。
かなり初めのほうのエピソードだったからしっかりと鮮明に思い出せる。なんともロマンティックな出会いではないか。うらやましい限りである。
僕なんて、ベンチに座ってる腹黒幼女に見つかったと思ったら、愚痴のはけ口にされるのだから雲泥の差である。
「どういう状況かは存じませんが、王族としてはあまり褒められたものではありませんね」
「ああ、まったく、不覚だったよ……」
そう言うと、王子は少し顔を赤らめ、遠い目をした。アリーシャのことでも想っているのだろうか。
しばらくは感傷に浸らせてあげよう。そう思い、僕が言葉を返すことはなかった。すると、ほんの少し目を離しただけで、王子はそのまま眠ってしまった。
たった一日で僕のことを信用しすぎである。最初は僕のことをなにか疑ってたんじゃないのか? これでは寝首をかかれても文句は言えんぞ。
そんなことを思ったが、しかし、同時に少しだけうれしかった。自分という得体のしれない人間を信用してくれたことが。
もし、こんな世界ではなく、僕のもともといた地球でこの人と出会えていたのなら、普通の友達になれていたかもしれない。そんな愚にもつかないことを考えてしまった。
「お疲れさん、王子様」
僕はそんな上から目線な言葉を王子が聞こえるか聞こえないくらいの音量でつぶやいた。そして、空を見上げた。
エリザベートにコテンパンにされたあの日はいろんな考えで頭がいっぱいでその日の風景なんて、覚えちゃいない。
しかし、改めて見上げる夜空の星々はとても美しく、天文学者たちがソラへ思いをはせるその気持ちも、欠片程度には理解できた気が来た。
次は、鉄砲なんて物騒なものではなく、望遠鏡のレンズとかそういうのを作ってみるのも悪くないかもしれない。
受験勉強の際、熱心な物理の先生にケプラー式望遠鏡の仕組みを教えてもらったこともある。あれを試作してみるのも悪くないかもしれない。
もしくは、鏡面のきれいな鏡が手に入るならニュートン式でもいいかもしれない。ただ、僕の知る限りではこの世界の鏡はたかが知れている。あまり期待はできないだろう。
まあ、レンズにも同じことは言えるかもしれないけど。
そんなことを思いながら呆けていたその時だった。誰かの足音が聞こえた。誰かがこちらに向かってきているようである。
ただ、別に足音を隠してこちらに向かっているわけでもない。別にここに王子がいるから暗殺しに来た、なんていう理由でもなさそうである。
僕はゆっくりと、足音の方角に目を向けた。そこには、見覚えのある少女が歩いてきていた。
ああ、そういえば、毎日ここで彼女は鍛錬をしているのだった。完全に今のこの時まで忘れていた。
「なぜ貴殿がここに……」
「えっと、半日ぶりですね。ラザフォード殿」
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