98話 面倒くさい王子様 その二
一応、僕の実力は今日の授業で見られてしまっているのだから手加減をすればバレるし、王子もそれぐらいは理解してくれているだろう。
しかし、だからと言って人目のあるところで王子を倒すわけにもいかない。その点ではあそこは最適と言えよう。
そう思い裏庭に王子を連れてきた選択は図らずも最善の選択となっていた。
「あ、あの……」
「ハァ、ハァ……フッ、笑うなら、笑えば、ハァ……いい。甘んじて……ハァ、受け、入れよう」
結論から言うと王子には剣術の才能は皆無であった。素人同然という言葉すらも生易しい。致命的なまでにすべてが欠落した、ほめるべきところが一つもない剣術の使い手であった。
アニメでは語られなかったが、どうやら運動音痴の設定が付いているようである。これにはさすがに驚きを隠せなかった。
ほんの数十秒の立ち合いでよくもこれほどまでに疲弊できるものだと感心する。
見たところ、別に筋肉は平均的なくらいにはついているし、体力がないようには見えないのだが……。
僕が憐みの目で王子を見ていると、王子は肩で息をしながら、プライドが傷ついたのか、大ぶりな一撃を僕に浴びせかかってきた。しかし、そんなものをよけられない僕ではない。
僕はあっさりとその一撃を躱した。しかし、その瞬間に王子が盛大に躓くことまでは予想できるはずもない。
僕が王子をかばう暇もなく、王子は見事に顔面から地面に激突した。
「だ、大丈夫ですか!?」
とっさに王子の身を起こす。
「……無念だ。しかし、俺がどういう人間かは理解してもらえただろうか……」
「ええ、まあ、はい。なんとなくは」
あまりにも無残な王子を前に僕も少しは気が抜けてしまい、そんな適当な返事を返してしまう。
「それは、よかった。それじゃあ、君から見て、俺はどんな人間だと思った?」
僕の腕の中で鼻血を垂らしながら王子はそんなことを口にする。
「実直で誠実な方かと……」
それ以上にことばをかざることは僕にはできなかった。ポケットの中からハンカチを取り出し、王子の鼻血を拭きながら僕がそういうと王子は苦笑いをした。
「君は正直なんだな」
きっと、ほかの貴族はもっと華々しく言葉を飾り立て、王子をなだめるのだろうが、僕のお世辞はお世辞とも受け取られなかったらしい。それとも、僕の表情に出ていたのかもしれない。
きっと、本人も自分が不器用な類であることは理解しているのだろう。
「なあ、君のことはこれから、弟のようにベストールと呼ばせてもらっても構わないか」
「お好きなように呼んでいただいて構いません」
「なら、そうさせてもらおう」
そう言って王子は僕にもたれかかるのをやめ、その場に座り込んだ。
「ベストールは……俺と、弟と、どちらが王に向いていると思う?」
何の脈絡もない唐突な質問に僕は一瞬、息が詰まる。こんなにも直接的に答えづらいことを聞かれるとは夢にも思わなかったからだ。
この人は下の人間への配慮が足りていないような気がする。いや、本人に悪意はないんだろうけど、王族としていかがなものだろうか。
ただ、だからと言って決してフレデリック王子とガーラン王子を比べたとき、フレデリック王子のほうが王にふさわしいと思うわけでもなかった。
あの王子もあの王子でなかなか身勝手で頼りない部分が目立つのだ。それに、何事にも詰めが甘い節がある。少なくとも、現段階では彼もまた王の器ではない。
とはいえ、さすがに直接言うのもはばかられる。さて、どう言葉を濁したものか……。
「殿下はどのようにお考えなのですか」
「俺は……わからない」
「自分がふさわしいとは思わないのですか?」
「……幼いころから王になるための教育を受けてきたから、何の疑いも持たずに将来は自分は王になるのだと思ってたんだ。でも、それはフレデリックも同じで、むしろ、王城では優秀なあいつを王にすべきと考えてる人間のほうが多いと聞いた。それを聞いた時、俺は反論できなかったんだ」
確かに、外面だけで言えば話したことのある人間であればフレデリック王子を推薦したくなるその気持ちもわからなくはない。僕だって、ガーラン王子の立場であれば反論できないだろう。
ただ、共感できるからと言って、ガーラン王子をかばおうとするつもりもないけど。
「私は、殿下のことをあまりよく知りません」
「だろうな」
「ですが、それはフレデリック殿下も同じことです」
「? あいつとは仲が良かったんじゃないのか?」
「それでも私が知りうることなど、たかが知れております。ですから、そうですね……あまり褒められた回答ではありませんが、私個人としてはお二人のどちらが王になられたとしても、何も思うことはないのです。せいぜい、就任の日が祝日になるので、それを喜ぶくらいなものでしょう」
「ハハハ、なかなか手厳しいんだな」
「そうですね。そうかもしれません」
王子は僕の意見に声を荒立てることもなく、ただただ微笑んだ。きっと、この人にはこういう回答が一番の最適解だったのだ。
きっと、ガーラン王子のほうが向いている、と言えばお世辞と受け取り、フレデリック王子が向いているといえば素直に受け取り、落ち込むことだろう。
なら、僕は無難な選択肢を選ぶほかにない。だから、本心を語った。本人も何を言われたからと言って怒鳴りたてるような人物でもなさそうだったしね。
「つまり、ベストールは俺やフレデリックに王たる姿を求めているわけか」
「……はい?」
んん~ん? この人はまた変な曲解をしてないか? しかも、これは否定をするのもいかがなものか悩むラインである。一番返事に困るやつ。
僕があっけにとられていると、王子は立ち上がり、大きく背伸びをした。そして、沈みそうな夕焼けを背に、僕を見下ろした。
「俺は、君の認めるような王になれるようにこれから最大限努力していくつもりだ。だから、ひとつ、頼みごとをしたい」
「?」
「俺に、剣術を教えてくれ。弱い王様じゃ格好がつかないからな。せめて、あいつには、フレデリックには負けたくないんだ」
勘違いとはいえ、僕はガーラン王子に何やら壮大な決意をさせてしまったらしい。これは僕が原因と言えるのだろうか。
しかし、知ってしまった以上は責任を取るべきなのかもしれない。
なにより、やる気のある人間をみて、無碍にできるほど僕は心が強くない。そんな鬼には到底慣れそうにない。
「……わかりました」
立ち上がり、僕は静かにそう告げた。
「厳しく頼むよ」
そう言って王子は僕に手を差し伸べ、握手を求めた。僕はその手を強くとった。
「ええ。言われずとも私はスパルタです。逃げるなら今のうちですよ」
「ならば結構! よし、さっそく始めようじゃないか」
善は急げとでも言いたいのか、さっそく王子はやる気に満ち満ちていた。
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