93話 第一王子の不安 (アリーシャ視点
私は平民である。平民の私は本来この学園に来ることはなかった。生まれた家もそんなに裕福じゃなかったし、戦争中はその日暮らしでいつ食べるものがなくなるかもわからないほどだった。
そんな私がこの学園に来れた理由は一重に、ほかの人よりも努力が得意だったからだと思っている。人一倍努力して、将来は女官になって、貧乏な暮らしから抜け出すために死に物狂いで勉強を頑張ったのだ。
その結果、領主様からの推薦を受けて私はこの学園に入学することができた。
だから私は放課後は何か用事がない限り、図書館にこもって勉強するのが日課になっていた。
最初の一年は推薦を受けた生徒は学費を払う必要はないが、二年目からは成績上位者にならなければ学費を支払うことになるのだ。それは何としても回避しなくてはならない。というか、そんなことになれば家にそんなお金はないため私は退学である。
かくして、私は勉学に励むのであった。
「熱心なんだな、アリーシャ」
数式を解いていると後ろから聞き覚えのある男性が私の名を呼んだ。
「ガーラン様」
第一王子、ガーラン様だ。平民の私にも分け隔てなく接してくれるとてもやさしい方である。
貴族が生徒の過半数を占めるこの学園では平民はしばしば迫害の対象となる。そんな中、私に気をかけてくださっているのだから、この人は本当にやさしい方なのだろう。
「どうかなさったのですか?」
「別に君を探していたわけじゃない。図書館にいたらたまたま君を見かけたから声をかけただけさ。でもまあ、聞きたいことがないわけでもないが」
「?」
ガーラン様は意味深な物言いをして私の正面の席に座った。
「フレデリックと君が外出していたあの日のことについて少し、質問してもかまわないかな?」
「ええ、かまいませんが」
あの日のことは公表されたりすることはなかった。王子がけがをした理由は落馬ということで表向きは通っている。ただ、さすがにガーラン様は真実を知っているのだ。
「フレデリック様に聞くのではダメなのですか?」
しかし、このことに関しては自分ではなく、肉親のフレデリック様に聞くのが一番自然なように思えた。
「フレデリックはあまり多くは語らないからな。それに、あまりこういう話はあいつとはしたくない」
「と、いいますと?」
「ニーナ・エインベルズと、ベストール・ウォレンについて、知っていることを教えてほしい」
「知っていること、ですか? 失礼ですけど、どうしてそんなことを?」
私がそういうと、王子は、少し考えこんだ後、身を乗り出して小声で話し始めた。
「これは他言しないでほしいんだが……」
そう断りを入れて話始めたその内容は衝撃的なものだった。
王子はあの二人はもしかすると、王国を揺るがしかねない権力を握る、あるいはすでに握っている可能性があるというのだ。
理由はこの前の戦争。そう、歴史上はじめてベストール・ウォレンの名が明るみに出たあの戦いである。あの戦いを皮切りに、エインベルズ家は国内外に問わず多大な影響を及ぼしているのだという。
王国の建国当初からある名門貴族のエインベルズ家はその地位に溺れることなく、周辺貴族たちともうまく付き合い、王国北方一帯の貿易は彼らが牛耳っているのだという。
また、財力のみならず、この前の戦争で軍事力も王国において頭一つとびぬけていることを証明した。一部界隈では下手な小国の王よりもよっぽど大きな権力を握っているとさえ言われている。
確かに言われてみればその通りだと思った。
平民の私には直接関係することはないかもしれないが、ベストール様は将来、確実に軍部において絶大な権力を握ることになるだろうし、ニーナ様も彼女が嫁いだ家にはエインベルズ家とのパイプができて、結果的にその家は強大な力を得るかもしれない。
王族として、それは見過ごせない事態なのだろう。それに、それだけじゃない。
今、次の国王は第一王子のガーラン様が最も有力とされているが、フレデリック様とは双子であるため、立場はいつ逆転してもおかしくないのだという。
仮に、フレデリック様があの二人と結託したとしたら、ガーラン様が王に選ばれることはなくなるかもしれない。だからこそ、二人のことが気になるのだろう。
「……でも、知ってることと言われても、何から話せばいいんでしょうか」
別に、フレデリック様が王になることに反対するわけではないが、ガーラン様の頼みを断るわけにもいかない。それに、私はできるだけ二人には仲良くしてほしい。
私は知りうる限りのことを包み隠さず公平に話すことにした。
「そうだな、君から見たウォレン殿の印象を聞かせてくれないか?」
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