94話 第一王子の不安 その二 (アリーシャ視点
「印象ですか?」
「ああ、正直なところ俺としては彼の人となりをつかめていないんだ。第一印象はどこにでもいる貴族の男ではあったんだが、今まで全くと言っていいほど学園でその存在が浸透していなかったのは不自然だと思う。おそらく、そういう風に仕向けていたんだろう。だが、にもかかわらず唐突にフレデリックと接触してその存在を明るみに出してきた。正直、何を考えてるんだかさっぱりだよ」
確かに、ガーラン様の言う通り、英雄の肩書を背負っているにも関わらずベストール様は全くと言っていいほど、クラスでは目立つ存在ではなかった。
恥ずかしい話だけど、私自身、顔を見てもこんな人がクラスにいたんだと、思ったほどだ。
でも、それは不自然なことで普通はあり得ない。彼の名が知られれば間違いなくクラス中で彼を知らない人間はいなかったはずだ。つまり、それだけ外部とのかかわりを徹底して今まで断っていたのだ。一人を除いて。
「うーん……そうですね……でも、私もそんなに知ってるわけでもないですよ?」
「それでもかまわない。些細なことでも今は大きいんだ」
「それじゃあ……ベストール様はちょっと変わった人というか、でも、別に悪い人だとは思いませんでした」
「というと?」
「最初にあったときはなんだか汚い言葉を使う人だなぁって思ったんですけど、フレデリック様と話すときはそれこそ、由緒正しい貴族のご子息のようでした。たぶん、とても器用な方なんだと思います」
「器用、か。やはりただ戦うだけの人間ではないらしいな」
「はい。でも、戦ってるときはものすごかったんですよ。あっという間に十人以上の大男をこう、バッサバッサ、素手で倒していって、」
「この前のラザフォード殿との決闘とどっちがすごかったんだ?」
「断然、私たちを助けてくれた時のほうが迫力はありましたね。二メートル近くある男の人を武器みたいにぶんぶん振り回して戦ってましたから」
「そ、それはすごいな……」
あまりにも現実離れした事実に王子は動揺したように返事を返した。確かに、普段のベストール様からは想像もできない話ではあるが、事実なのだ。私はこの目で見たのだから疑いようもない。
「ニーナ嬢についてはどうだった?」
「ニーナ様は……まあ、ハイ、私は少し苦手な方……です」
私は視線をそらし、バツが悪そうにそう答えた。だって仕方がないじゃないですか。
自分が悪いとはいえ、あれだけ攻め立てられれば苦手にもなるというものである。しかも、エリザベート様のように直接的なことは一切なく、遠回しに私の心をえぐってくるように攻め立ててくるのだからたちが悪い。
あの人とは死んでも口喧嘩だけはしたくない。
「フレデリックから聞いているが……そんなにこっぴどく叱られたのか?」
「ええ……まあ、ハイ。で、でも、決して悪い人ではないと思います! 言ってることは全部正論でしたし、別に私に意地悪してあんなことを言っていたわけでもないですから」
「ふむ、まあ、そこまで言うならそうなんだろうが……それにしても意外だな」
いぶかし気にそう答えてガーラン様は鼻筋に手を当てた。
意外、というのは普段のニーナ様との違いが大きいことだろう。普段のニーナ・エインベルズという女性は社交性に富んだ八方美人であり、家柄も相まってまさに理想の貴族令嬢といった風貌であった。
そんなニーナ様にあんな風に怒られるとは自分も思ってもみなかった。人間、何を隠しているか分かったものではないと実感させられた。
「私も、正直、ニーナ様はもっと温厚な方だと思ってました……」
「ははは、まあ、彼女は相当洗練された令嬢だから、それゆえなんだろう。その状況下では彼女も君やフレデリックをいさめないわけにはいかなかったんだと思う」
「はい。……反省してます」
私がうつむいてそう答えると、ガーラン様は愛想笑いをうかべた。
「二人の関係についてはどうだった?」
「私が熟年夫婦見たいだって、言ったらものすごく怒られました……」
「それは……どう受け取ればいいのか俺には判断しかねるな……」
「でも、ただの主従関係にしては本当に仲がよさそうでした。いい意味でニーナ様に対するベストール様の態度もちょっと雑でしたし」
あれは本当に仲が良くないとできない行為だと思う。
主人の言葉をぞんざいに扱うなど本来あってはならないことだが、それが許される関係だということの証明に他ならない。
恋人ではないにしても、少なくともあの二人は主従関係なんて割り切った関係じゃないはずだ。
「ふむ……そういえばニーナ嬢にはそういった話は一切なかったな」
「え?」
「いや、もしかすると、そういうことかもしれないと思ったんだが……。まあ、本人が否定している以上はこれ以上の確認はできないが」
そういうと、ガーラン様は天井を眺め、物思いにふけた。
「さて、どうしたものか……」
そうガーラン様はつぶやいたあと、視線を私に戻した。しかし、視線を戻したと思ったら、少しだけ私の右斜め後ろ、おそらくは図書館の入り口付近に視線を移し始めた。
そして、ガーラン様の表情は硬直した。いったい何を見たというのか。
そう思い、私もガーラン様と同じ方角に目を移した。
そこには話題の人物がちょうど図書館に入ってきたようだった。あまりにもできすぎたタイミングに少し動揺してしまう。
「ベストール様……?」
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