88話 決闘 その二
予想外の人物の介入に場が凍り付く。
僕の前に立つ貴族は動揺し、息をのむ。僕もいまいち状況が飲めずに静観する。ニーナも先ほどまでは我介さずといった風だったが、懐疑気にヘンリー皇子を見ていた。
「で、殿下、このようなところにいかがなさいました?」
気まずくなったのか、貴族が声を上げた。
「お前に用はない。楽にしていろ」
「は、はぁ……」
皇子はそういうや否や、僕に肉薄してきた。ゆうにパーソナルスペースを犯してきている。っさすがにこれには僕も驚いた。しかし、表には出さないように努める。
「存外頭のいい奴らしいな。すっかり騙されたぞ」
「なんの話でしょうか」
「とぼけるな。そんなものをかけて少しはまともな風貌をしているが、この距離ならわかるぞ。その目は戦場帰りの目だ。それも、相当な修羅場を潜り抜けてきたも者の」
「過分な評価に感謝いたします」
「ほめたつもりはない。王宮にもお前と似たような目をしたやつがいる。それだけだ」
「そうですか」
僕と同じ目ねぇ……。ニーナに言われるまで気づかなかったが、僕の目つきは相当酷いらしい。ニーナの冗談とも受け取れなくはなかったが、ほとんど赤の他人も同然の皇子にまで言われてしまっては、もはやどうしようもないものなのだろう。
そして、そんな僕と同じ目つきをしているというその人間には同情してしまう。
そういえば、戦場でカルネラににらまれた時も恐ろしかったなぁ。自分が強者だなどとは言わないが、もしかすると戦場慣れしてくると目つきは自然と悪くなるものなのかもしれない。
「それで、本日はどのようなご用件で」
「あまり言葉を飾るのは好きではないため、単刀直入に言わせてもらうが、お前の実力を見せろ」
「と、いいますと?」
「お前に決闘を申し込む」
こいつもか。
僕は表情にこそ出さなかったものの、結局は有象無象の貴族たちと同じことをするヘンリー皇子に内心、嫌気がさした。
しかし、勝負を挑まれた以上は受けないわけにはいかない。というか、僕に拒否権はない。一国の皇子の申し出を断れるほどの理由を持ち合わせていない。
ただ、一応は断りを入れておかねばなるまい。
「申し訳ありませんが私には先約がありまして。そのあとでよろしければ構いませんが……」
僕がそう言った瞬間、皇子は貴族のボンボンに視線を移した。それはまるでにらみつけているかのようであった。
「あ、ああ、僕のことは気にする必要はないぞ! そういえば腹の調子が良くない! また後日にするとしよう!」
そう言って情けなく貴族のボンボンはその場から離れていった。ヘンリー皇子、あなたも人のことを言えないくらい目つきは悪いですよ。
「……了解いたしました」
そう言って僕は皇子から距離をとった。皇子もまた僕から離れていく。決闘の際は五メートルから十メートルほどの間隔をあける習わしなのだ。
さて、どう戦ったものか。実力を見せろと言われた以上、手加減をするのも失礼な話である。しかし、大勢の貴族の子息、令嬢たちが見ているこの場で皇子を負かしてしまっていいものだろうか。
性格的に皇子はプライドの高い人間だろうから、あまり恥をかかせるわけにもいかないだろう。
そもそも、皇子の実力はどの程度のものなのだろうか。仮にも攻略対象の一人である以上、実は剣術の天才とかそういう設定が付いていても何ら不思議はない。
というか、フレデリック王子にもゴロツキ数人程度であれば完封できる程度の実力があるのだから、ヘンリー皇子にその類の設定が付いているのはもはや普通なのかもしれない。
そんな思案をしていると皇子が明らかに十メートル以上の距離をとっていた。そして代わりに見覚えのある女生徒が僕と皇子の間に入って剣を構えていた。
「あの、殿下が戦うのではないのですか?」
「俺は皇子だぞ。剣を持つわけがないだろう」
もっともでございます。
僕の考えは全くもって見当違いだったらしい。
とはいえ、あくまで皇子が戦うか代理人が戦うかの違いで僕のとるべき行動にそれほど関係はない。
しかし、皇子が戦わないのであれば僕が負けることはまずないだろう。少なくとも今のところ、僕以外に戦場で活躍した人間だとか、天才剣士だとかそういう話は聞いたことがない。
よほどのことでない限り僕が負けることはあり得ないだろう。
それに、幸運なことに僕は皇子の代理人を知っていた。
皇子の代理人に選ばれるほどの実力者でありながら戦働きに不向きとされている女性となれば数も限られる。
銀髪の直剣使い。目の前の少女はエリザベートにタコ殴りにされたあの夜に出会ったその少女だった。
まさか、皇子の護衛の一人だったとは。しかも同じクラス。王子の席と僕の席はほぼ教室の端から端の距離であるため全く気が付かなかった。おそらく彼女も皇子の席の付近にいるのだろう。
席は基本的に自由であるが、入学当初に確保した位置をほぼ全員が使い続ける。僕も強制的にニーナの席の付近の窓際に座らされる羽目になっている。
「ベストール・ウォレンです。以後、お見知りおきを」
あの夜はお互いに名前も名乗らなかった。そのため、僕はあえて初対面のようにふるまった。
皇子が決闘を望んでいる以上、あまり与太話をしてはならない。ならばこれが一番いい。
「システィ・ラザフォードです。こちらこそ」
システィと名乗ったその少女もこちらの事情を察したのか、初対面を装ってくれた。それとも、僕のことを覚えていないのだろうか?
その可能性も無きにしも非ずだが、それはそれで僕が悲しいのでそうではないと信じよう。
お互いに名乗ると僕は剣を引き抜き、軽く肩の力を抜いた。
そして、改めてシスティと対峙してみて確信する。システィは悪い剣士ではないがやはりそれでもたかが知れている。
あの夜に見た通り、システィの構えからは一流の剣士が持ち合わせているものを持ち合わせていないように見えた。
仮に同じ直剣使いのアーギュと比べれば、その差は歴然で、しかし、言葉に表すことは難しい。
さて、どうしたものか。
勝つことはさして難しくないことが分かった今、僕はどうすべきか。皇子の要望通り完膚なきまでにシスティを叩きのめすか、それとも皇子の機嫌を取りに行くか。
選択肢は二つ。しかし、前者はあまりにもリスクが大きいように見える。というか、リスクしかない。
それに、いまさらだが、他国の人間に僕の実力を見せていいものなのだろうか? 一応はそれなりの肩書を背負ってる立場として軽率な行動をとるべきではないだろう。
となると、後者しかありえないか。
そう思い、僕は深呼吸をした。そして、
「始めろ」
端的に皇子はそう告げた。
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