89話 決闘 その三
皇子の合図を受け、僕は様子見に徹した。自分から仕掛ける理由もない。適当にシスティの攻撃を受け流せればそれでいいのだ。
そう思っていると、システィは少しのにらみ合いを挟んだのちに一瞬にして僕との距離を詰めてきた。
思ったよりも早い。でも、対応する分には何の問題もない。
僕は後ろに跳ね、システィの鋭い切り上げを間一髪で避けた。あくまでも余裕を見せてはならない。ぎりぎりを演じるのだ。
そこからシスティの鬼のような連撃が開始する。縦横無尽の斬撃や突きの嵐。やはり、システィは良い剣士である。
緩急をつけ、的確に急所を狙い、避けることも受けることも困難な位置とタイミングを狙ってくる。
これだけの剣士はなかなか目にすることはない。実際に戦場に赴く前の僕では手も足も出なかっただろう。
しかし、やはり僕はそれらの攻撃も間一髪、ぎりぎりのタイミングで躱す。時折、服を切らせるなどもはさみ、より一層僕が苦戦している風を装った。
「どうした! 避けるばかりでは勝てんぞ!」
試合中、システィが挑発のつもりかそんなことを言ってきた。僕はその言葉に反応し、苦しい表情を作った。しかし、言葉を返しはしなかった。
この女は今どんな気持ちなのだろう。一方的に相手を蹂躙することに快感を覚えているのだろうか。それとも騎士道精神を慮り、そんな邪推な考えなど一切持ち合わせていないのだろうか。
僕としては前者のような愚か者であってくれればうれしいが、システィの性格上、後者であろう。
そんなことを考えられるほど、正直な話、勝負の最中でありながら僕の心はここにあらずといった風であった。
そしてしばらくシスティの剣を受けたのち、僕は利き手に浅く切り傷を付けた。そしてその拍子に剣を手放した。
それとほぼ同時にシスティは僕の首元に剣を突き立てた。
「ま、まいりました」
僕は情けなく両手を上げ、降参の意思を伝えた。実に理想的な負け戦である。
今までこの方法を使って僕の演技が見破られたことは一度もない。
こう言う場面では自分が平民生まれで、プライドのプの字もないような性格であることに感謝した。
システィもシスティで僕の降参を何の疑問も抱かずに受け入れ、自信気な表情で僕に一礼した。
そしてお互いにその場から去ろうとした。その時、予想外の言葉が飛んできた。
「貴様、ふざけているのか?」
それはヘンリー殿下の声だった。
音源に視線を移すと、ヘンリー皇子は怒り、というよりも心底訳が分からないといった風な表情で僕らを眺めて首をかしげていた。
まずい、まさか、バレたのか!? いや、まさか、今まで一度もバレたことはないんだぞ。
しかし、現に皇子に指摘されてしまった。
この状況は非常にまずい。演技がばれた以上、皇子の機嫌を損ねてしまったはずだ。決闘における手加減というのは侮辱と受け取られる。
過去に手加減を理由に罪に問われたという話も存在するほどに本来あってはならない話なのだ。
だから、身分の低い人間はいかに身分の高い人間の気を損ねることなく勝負を終えることができるかというのがどうしても重要になってしまう。
しかし、どうも僕は失敗してしまったようだ。この状況、どうしたものか……
思案していると皇子はゆっくりと僕のもとに歩み寄ってきた。いったい何をしている。無礼者~とか言って引っ叩くとかそんなところだろうか。
それぐらいは勘弁してやってもかまわないが、何とかして機嫌を取り戻さねば。
「ヘンリー!」
その時、横から皇子の名を叫ぶ人物がいた。周囲を見渡すといつの間にやら人だかりができており、その人の波をかき分けるようにしてその人物は姿を現した。
フレデリック王子だ。
「何の用だ。フレデリック」
ヘンリー皇子は歩みを止め、フレデリック王子を見た。
二人は表面上は仲良くしているということになっている。そのため、お互いをファーストネームで呼び合うが、実際に仲がいいようには見えない。
「君は、ベストールが手加減をしていると言っているのか」
「その通りだ。素人目にもわかるつまらないことをされたのだ。文句の一つでも言ってやらねばなるまい」
「僕にはそうは見えなかったが、なるほど。理解した。だが、ヘンリー、彼の立場も考えてやれ」
「なに?」
「大勢の貴族たちが見ているこの場で君の護衛を倒せばそれこそ君の機嫌を損ないかねない。きっとベストールならそう考えるはずだ。だからこその手加減なんだ。わかってやってくれ」
王子は僕の弁明を真摯に行ってくれた。しかし、これで一つ王子に借りができてしまった。
とはいえ、僕一人でどうこうできる状況でもなかった。こればかりは仕方のないことだろう。
しかし、ヘンリー皇子はあまりいい顔をしていないようだった。
「ほう、本気でやればそこの男は俺の護衛よりも強いと、そういうのかフレデリック」
「ああ。悪いが彼はこの国では英雄だ。そう簡単に手の届くものではないと思っておいてくれ」
ほめてくれることに関してはうれしいが、なんとも気恥ずかしい。勘弁してもらえないだろうか。僕くらいなら探せばいくらでも出てくる。
「英雄か。俺の国ではその男は悪魔、あるいは死神ともいわれていたぞ」
「英雄だろうが、悪魔だろうが、死神だろうが、それが二つ名である以上、それに準じるだけの強さを備えているということの証明にはなるだろう。それに、先ほどの決闘で分かったんじゃないのか。君の護衛は彼に手心を加えられる程度の実力だということは」
自分のことでもないというのになぜか王子は自慢げに僕のことをほめちぎった。
僕は気まずさから唇をかみしめた。
「フッ、そこまで言うか。おい、ベストール・ウォレン、これだけおぜん立てしてやったんだ。もはや俺の顔など立てる理由もあるまい。次は本気でやれ」
そう言ってヘンリー皇子はしたり顔で身をひるがえし、その場から離れた。あれ、もしかしてこれってハメられたのか?
そう思い、フレデリック王子の顔を見るとなんとも気まずそうな顔をしている。
なるほど、これは想定外らしい。
王族的には僕をあまり戦わせたくないのか、それとも単に僕に恩を売ろうとして若干失敗気味に終わったことに対して焦っているのか……。
ま、そんなことは僕には関係ない。
「ありがとうございます。殿下。もう下手な真似は致しません」
「べ、ベストール……」
僕は立ち尽くす王子にそう声をかけて前に出た。
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