87話 決闘
この学園には剣術という授業がある。その内容は実際に戦場に立っていた僕からすればお遊戯のようなもので、至極つまらないものである。
大体授業の流れは準備体操、剣を持つ際の姿勢の確認、素振り、の順番である。
これらを終えると、あとは自由に二人組を組んで教えあうなり馴れ合うなりしろといったスタンスであった。
また、武器も自由に選べないため、本当に僕にとっては無意味な授業なのであった。
結局その日もニーナに剣術の手ほどきを行うばかりであった。
ちなみに、ニーナに剣術の才能はない。いくら教えても不格好なままである。まあ、僕の教え方が悪いという可能性もなきにしもあらずだが、それを差し引いても間違いなくニーナに剣の才能はない。
「その調子ですよー、お嬢様」
しかし僕は心にも思っていないお世辞を口にするのであった。
「ベストール、あなた、私のことをバカにしてない?」
「そんなことはないですよー。誰だって初めはうまくいかないものです」
「はじめはっていうけど、教わり始めてからもう二か月近くは立つわよね? やっぱり女が武器を握るなんておかしな話なのよ」
そう言ってニーナは疲れたのか、その場に座り込んだ。
「服が汚れちゃいますよ」
「汚れなんて洗えばおちるでしょ。それより疲れたわ。なにか飲み物はないの?」
「持ってきてないんですか」
「忘れたのよ。なに? 悪い?」
「いえ別に。僕の水筒でよければありますけど」
「それでいいわ」
くたびれた声でそういうとニーナは何のためらいもなく僕の水筒に口を付けた。間接キスとか気にしないのかこいつは? それとも距離が近すぎるがゆえにもはやそんなことを考えすらもしないのか?
どちらにせよ、嫁入り前の娘がそういうことに抵抗がないのはいかがなものかと思ってしまった。
「おい、ベストール・ウォレン」
僕がニーナにあきれていると唐突に話したこともない貴族が僕に声をかけてきた。
小太りのその男はなぜか下卑た笑みを浮かべており、後ろには何人かの取り巻きを従えていた。たしか、こいつは……名前は憶えていないが王都近郊の伯爵家の人間だっただろうか。
僕はその人物を見て正直のところ、うんざりとしたが、顔には出さなかった。
王子に目をかけてもらうようになってからというもの、クラス内で不本意ながら着々と僕という人間が認識され始めていた。
そして同時に、僕は嘲笑されていた。というのも、国を救った英雄に対して抱く期待と、現実の僕があまりにもかけ離れているため、だれもが落胆したのだ。
そう、誰しもこんなパッとしない眼鏡野郎が英雄と、もてはやされているなどと信じられないのだ。
そのため、一部では同姓同名の別人なのではという噂までたち始めている。
僕としてはそれはそれで都合はいいのだが、王子が実際に僕の戦っているところを目にしているため、表立っては誰もそれを口にはしないのが現状である。
そして、時折、このように見知らぬ貴族がこうして僕のもとに来るのだ。とある邪心を抱いて。
「僕と勝負しろ!」
はい、きましたわー。もうすでに五回は同じような事を言われたような気がする。きっと、剣術で英雄に勝利した、なんていう自慢話がしたいがために僕に勝負を挑んでくるのだろうが、毎度毎度、飽きずによく来るものである。
相手の身分が上である以上、勝負をしてどうどうと僕が勝利するわけにはいかない。相手のご機嫌取りをしなくてはならないのだ。
面倒くさくはあるが、これが貴族社会のルールなのだから仕方がない。
しかし、一応は騎士であるため、その辺のお坊ちゃんにやすやすと負けてしまうわけにはいかない。何より、はたから見た場合、この国ではあの程度の実力で英雄になれるのかと勘違いされてしまう。
それはよろしくない。よって、僕は適当に勝負を吹っかけてくる貴族の攻撃を受け流すか避け続けるという行為を繰り返し、適当に相手が疲れた始めたくらいのタイミングでわざと負けるのだ。
そうすることで、勝負を吹っかけてくる貴族も、なかなかやるじゃないか、となぜか僕を認めるようなことを言ってくる。まいどこればかりはいまいち理解できない。
「いってらっしゃい」
ニーナも慣れたのか、特に気にする様子もなく僕にそう告げた。
仕方なく僕は自分の剣を鞘から引き抜こうとした。
「待て」
その時、だれかが僕を呼び止めた。声の主のほうに振り向く。そこには予想外の人物当たっていた。
「ヘンリー……殿下?」
僕の前に立つ貴族が間抜けな声を上げた。
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