86話 印象
「私を口説くとは、いったいどういう意味ですか……」
「そのままの意味だ。まずは友達から始めようじゃないか」
そう言ってさわやかな笑顔を王子は僕に向けた。ウインクを添えて。
その瞬間、僕の背筋に寒気が走った。
「も、申し訳ございません、私にその趣味は……」
「ははは、心配しなくても、別にそんなつもりはないさ。ただ、エリザベートの件を抜きにしても君とは仲良くなっておきたい。まあ、エリザベートの件は後々考えるとするよ。それで、返事を聞かせてもらえないかな」
「ああ……そういう意味ですか。てっきり勘違いするところでしたよ」
よかった。さすがに面と向かって王子にそういう風に誘われて断ったりしたら後が怖いからな。僕の貞操は守ることができそうだ。
「ですが、残念ですが私の立場上、はっきりと返事を返すわけにはまいりません。殿下のお考えを私は受け入れるのみなのです」
そう、友人というのは対等でなければならない。それはつまり、僕と王子では身分差がありすぎるため、僕が返事を出すわけにはいかないのだ。
この場合、よっぽどのことでない限り強引に一方的に王子が宣言した通りとなるほかにない。
「ふむ、それもそうだな。それじゃあ、いつまでもウォレン殿、というのも変だな……ベストールと呼んでもいいかな」
「それで差し支えございません」
「では、ベストールももう少し心を開いてくれてもいいんじゃないか?」
なぜか得意げな顔をして王子はそういった。
その時、そういえば、共通して攻略対象たちはぎくしゃくした貴族社会に嫌気がさしており、友情や愛情に飢えているという設定があったことを思い出した。
本人もそれを望んでいるようだし、少しくらいはフランクになったほうがいいのかもしれない。
「いいんじゃない、普段、学園で私と接する時くらい普通に話しても。私は気にしたりしないわよ。でなければそこに座っている平民を放っておかないわ」
「ヒッ!」
ニーナは僕の考えていることを察したのか、食事をとりながらそう言った。ついでにアリーシャに対しても視線を送っていた。そしてアリーシャもそれに反応する。
確かにアリーシャは王子に対して仲がいいとはいえ、あまり親しいわけでもないニーナの前でフランクに接しすぎている感はあった。
所謂、日本語で言うところのですます口調だ。学園では僕もニーナにはそうしている。ただ、これをあまりよく思わない貴族もいる。
以前、王子に接するような口調で話したら、やめろと言われたため、仕方なくこの口調を使っているが、本当はもう少し赤の他人という雰囲気を出したいため、学園で僕からニーナに話しかけることはめったにない。
いつもニーナのほうからちょっかいをかけてくるのだ。
「……わかりました。でも、学園内では勘弁してください。僕の場合、よからぬ敵を作りかねませんから」
「ああ、承知した」
王子は了承すると、料理を食べつくし、口元をナプキンで拭いた。
「ところで、ずっと気になってたんだが、ベストールとニーナ嬢はどういった関係なんだ?」
なんだ藪から棒に。
「ただの主従関係ですよ」
僕は端的にそう答えた。
「それにしてはずいぶん仲がいいように見えるんだが。今日だって二人で街に来ていたんだろう?」
「ベストールとはずいぶん付き合いも長くなりますからね」
「まあ、腐れ縁、みたいなもんですかね」
「もう少しきれいな言い回しはできないの?」
「僕は詩人じゃありませんからねー」
そっけなく僕はそう答えると、ニーナは少しむっとした顔をして王子たちから見えないのをいいことに、僕の足を踏んずけた。行儀が悪いですよ、お嬢様。
その様子をアリーシャは水を飲みながら凝視していた。
「どうかしましたか?」
「ぅえ? あ、いや、なんというか」
なんとも間抜けな声で反応したアリーシャはすこしあざとく見えた。なるほど、王子はこういうのに弱いのかもしれない。
「主従関係というよりも、こう、熟年の夫婦みたいだなぁ……って思いまして」
「あはははは、あなた、面白いことを言うのね」
そういうニーナは何とも恐ろしい笑みを浮かべていたような気がする。
「こんなことを言うのも自慢みたいで恥ずかしいのだけれど、私の家は名門中の名門、エインベルズ伯爵家よ。ベストールみたいな大手を振って貴族とも言えないような身分の人間とじゃどう考えても釣り合わないわ。あなたはそんなことも理解できない矮小な脳みそを持っているのかしら」
ニーナの言うことは一部たりとも間違っておらず、否定のしようがなかった。そして、それゆえか、アリーシャはどんどん委縮し、顔を引きつらせていった。
また、僕にはその言葉は暗に、お前と王子じゃ釣り合わんからあきらめろと言っているように聞こえた。
「ヒィッ! は、はい、すみませんでした!」
「うふふ、別に怒ってるわけじゃないわ」
嘘つけ。目、怖いって。ヤルやつの目、してるって。
「ま、まあ許してやってくれ。彼女も悪気があったわけでもないだろうし」
王子は動揺しながらもアリーシャをかばった。さすがに王子に言われてはニーナも引き下がるほかにないが、どことなく不満げであった。
そのあとはとくに愚にもつかないようなことを話した後、店を出て、王子の服を買って、解散した。
今日一日で僕という人間がゲームのシナリオの表舞台に出てきてしまったことに対して若干の不安はあったものの、しかし、もはやどうにもならい。
そうあきらめ、僕は深くため息をつくのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ブックマークや、評価していただけると作者のモチベーションにつながります!
よろしくおねがいいたします!




