85話 婚約の真相
「話は変わるんだが、」
アリーシャをしり目に王子は口を開いた。
「ウォレン殿、君はどうして昨日はエリザベートと一緒にいたんだ?」
「ああ、そのことですか」
確かに王子からしたら僕とエリザベートの接点は見つけられないだろう。それに、表面上は婚約者ということになっているのだから、気にしないわけにはいくまい。
「少し長くなりますが……私の出身はクラウディウス領なのですよ」
それから僕はことのあらましを説明した。
幼いころにエリザベートと出会っていることや、バカ侯爵の目に留まってエインベルズに送られたことなど、とにかく言葉をきれいに整えて説明した。
そして最後に一応はクラウディウス家に恩がある、というこじ付け的なことを説明した。
「なるほど、そういうことだったのか。つまりあれはエリザベートを少しでも私にふさわしくするためだったというわけだな」
「はい。そうなりますね」
「…………」
僕がそう返事をすると、王子は黙り込み、何か難しいことでも考えるように眉間にしわを寄せた。
「どうかなさいましたか」
「いや、その……そうだな、君は命の恩人だ。隠し事をするのは失礼だろう。正直に話そう」
そういうと王子は意を決したように僕の顔を見た。
「君には言いにくいことなんだが……エリザベートとの婚約はできればなかったことにしたいんだ」
ああ……そのことか。まあ、でしょうねぇ。というか、僕以外にも二人に聞かれてるんですけど、それについてはいいんですか。
そこから王子は聞いてもいないのにべらべらとエリザベートの汚点について語りだした。
その内容のおおむねは何の間違いもなく、エリザベートに擁護の余地はなかった。ただ、この手の話を聞いてしまった以上は聞かなければならないことがあった。
「どうしてエリザベート様と婚約なされたんですか?」
「…………」
前々から疑問だった。確かにエリザベートであれば婚約破棄の口実はすぐに作れるだろうし、身分だってそれ相応だ。
しかしだからと言ってなぜあの女なのだろうか。いくらだれでもよかったとはいえ、さすがにあの女を選ぶのは趣味が悪すぎる気がした。
絶対にもう少し外面のいい候補もいたはずだ。
実際、エリザベートを選んだせいでフレデリック王子は裏ではデブ線、ブス線疑惑がまことしやかにささやかれている。エリザベートを選ばなければこんなうわさが立つこともなかっただろうに。
「その、まあ、なんだ、これには深いわけがあってだな……」
深いわけ、ねぇ……。
その前振りとともに王子は過去の自分について語り始めた。
エリザベートとの婚約関係になる以前、王子は数十人の女性との縁談が持ち上がっていたという。そしてその一人一人と律義に顔を合わせていたらしい。
その中の一人がエリザベートだった。
そこで王子が受けたエリザベートの印象はふくよかな少し媚の売り方がわざとらしい女という程度だったという。少なくとも今のような八面六臂の手のつけようのない阿呆だとは思わなかったという。
王子と出会う令嬢は全員が例外なく王子に対して媚を売ってくるのだから、むしろ、見た目以外は普通の人間にすら見えたという。
それが過ちだった。
当時の王子は女性に対して全くと言っていいほど興味がなく、縁談など目障りなものでしかなかったという。
そう、よほど偏屈でもない限り、婚約相手は誰でもよかったのだ。
そこで、王国の地図を広げ、一番、王都から遠い場所の令嬢と婚約することにしたのだという。
王都から遠ければわざわざ頻繁に顔を合わせることもないし、あまり自分に会いに来ないことを口実に将来的に婚約を破棄することができるかもしれないと考えたのだ。
結果、王国の最北端、エインベルズ領の隣に位置するクラウディウス家のエリザベートが選ばれたという。
しかし、この考えが甘かったことをすぐに王子は思い知ることとなった。
戦争が始まることが分かったその時からエリザベートがクラウディウス領から王都に避難してきたのだ。
そこからはどんどんエリザベートの人となりがあらわとなっていき、王子は絶望したという。それに加えて、当初考えていた、会えないからという口実も理由にならなくなってしまったのだという。
だから今となってはエリザベート自身にボロを出してもらうことで婚約破棄を狙っているらしい。昨日の妨害もその一環だという。
王子の話は、もともと婚約破棄するつもりで婚約する王子は王子で問題もあるが、それでもエリザベートという人間を知っている身としてはどうしても同情せずにはいられない内容だった。
しかし、それでも僕がこの話を肯定するわけにはいかないだろう。
「……残念ながら私は賛同しかねますよ。少なくとも、殿下の方法には」
「だろうな……はぁ……エリザベートは存外、運がいいらしいな。初めて彼女をうらやましいと思ったよ」
どこかやさぐれたような表情で王子はそう口にした。
「本人は迷惑がってますけどね」
「幸運とはそういうものだろう。得てして自分では気づきにくいものだ」
「そうですね。全くその通りだと思います。それで、殿下は今後、どのようにされるおつもりですか?」
さすがに僕が命の恩人ということもあって、大手を振ってエリザベートの蛮行に加担することはできまい。しかし、今後また新たに何かしてくるようであれば策を講じる必要がある。
「そうだな……」
王子は天井を眺めながらしばらく考えた。そして、ゆっくりと目をつぶり、口を開いた。
「君を口説くことするよ」
「……はい?」
何言ってんだこいつ。
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