68話 本編スタート?
今日という日が八歳で前世を思い出してからずっと恐ろしかった。
そう、とうとう入学式のその日がやってきたのだ。しかし僕は運が悪いことにほんの少し寝坊してしまって少し小走りで校門に向かっていた。
「ぎりぎりセーフ……っと」
校門をくぐり、正面のバカでかい時計塔を確認する。この時計塔はつい最近完成したらしい。
デザインは嫌いではないが、わざわざ時間を確認するためにあんな派手で金がかかるものを建設するとは、王国は資金繰りには困っていないらしい。
しかし、そんな建物よりもほかに気になることがあった。入学式の行われるホールの前に何やら人だかりができている。
僕の記憶では入学式前にイベントはなかったと思ったが、もしかしたら何かの勘違いかもしれない。そう思い、人だかりをかき分けて事の中心を覗き見た。
「貴様がエインベルズ家の令嬢か」
そこには数名従者を連れたニーナと、これまた数名の従者をつれたマルクス王家とはまた別系統の凛とした落ち着いた雰囲気の鼻筋が通った顔のいい男がいた。
その顔を見て僕は若干血の気が引いた。別に、自分よりも顔のいい人間に嫉妬したとか、そういうのではなく、その男を僕は知っていたのだ。
というか、僕でなくても制服の胸ポケットに各家の家紋が縫われているのだからわかる。
「お初にお目にかかります。ヘンリー・フランクリン皇子殿下」
ニーナはごく自然に笑顔を作り、そう言って一礼した。
ヘンリー・フランクリン。彼はつい最近まで戦争をしていた、フランクリン帝国の第四皇子である。表向きは帝国と王国の友好関係の証として学園に通うことになっている。が、その実態は花嫁探しと体のいい人質である。そして、攻略対象の一人でもある。
第一印象は誰にも心を許さない冷血漢であるが、彼は彼なりに悲しい過去を持っている……ということを妹がよく話していた。しかし、僕自身はその詳しい内容は知らない。
理由は単純に彼がアニメの方にはほとんど登場しないのだ。妹曰く、彼は二週目以降に攻略できるようになるらしく、アニメ向きではないとのこと。
とにもかくにも、なぜかニーナとヘンリー皇子がただならぬ雰囲気を漂わせて対面していた。全くもってわけがわからなかった。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「存外鈍い女だな。それともわざと聞いているのか?」
ヘンリー皇子は懐疑気にそう言った。おそらくはニーナの作り笑いを見抜いているのだろう。本来のニーナはあんな笑い方をしないのだ。あれは令嬢としてのいうなれば営業スマイルである。
「ベストール・ウォレンはどこだ。奴も今年この学園に入学するのだろう? これまでの礼もかねて少し話がしたい」
皇子の言葉に思わず眉をひそめてしまう。道理で自分の知らいないイベントなわけだ。これは僕がいなかったら起こるはずのないことなのだから事前に知っているわけがない。
「ふふふ。私は伯爵令嬢でお探しのウォレンは一介の騎士。ただの従者です。いちいちそんな人間のことを把握しているとでも?」
ニーナは相変わらず表情を変えることなくそう答えた。どうやら僕のことを話す気はないらしい。
少しだけ安心した。なんせ、帝国の兵士を僕は数えるのも馬鹿らしくなるほどに殺している。仮にヘンリー皇子が僕を人気のないところに連れていったなら、暗殺も十分に考えられる。
もっとも、学園において貴族は常に武器を持つことが許されている。僕自身も得意とする大剣や斧槍は持ち込みに不向きだが、ショートソードを所持している。そう簡単に殺されはしないだろう。
ちなみに僕をウォレンと呼んだのは単純に未婚の女性が特定の異性と親しくしていると思われてはまずいからである。
「本当に一介の騎士であればな。だが奴はエインベルズにとってそんなちんけな存在ではないだろう。しらを切るな」
にらみつけるようにそう言い放つ皇子を前にニーナはため息をついた。そう簡単には引き下がってくれないらしい。その時、一瞬ニーナと目が合った。
「……残念ながら私は存じ上げておりません。彼は寝坊をしたようですから、じきにこちらに来るとは思いますが」
渋々ニーナがそういうと皇子も観念したのか、それ以上詮索してこようとはしなかった。しかし、どこか悔しそうで相も変わらずニーナを忌々し気ににらんでいた。せっかくのきれいな顔が台無しである。
その時だった。
「ずいぶんと騒がしいようだけど、どうかしたのかな?」
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