67話 イベント発生!
時がたつのは存外早いものである。
戦争が終わってから一年以上もたてば十分に戦地の復興も完了し、元の平和な日常が謳歌される。
季節は春。日本のように桜が咲き誇っているわけではないが、代わりに色とりどりのチューリップが花壇に敷き詰められており、太陽も高すぎるわけでもなく、低すぎるわけでもない。実に心地の良い陽気な雰囲気が国中に充満していた。
「久しぶりに来たけど、相変わらずこっちは賑やかよね」
馬車の窓からぽつりとニーナがそんなことをつぶやいた。
「まあ、この時期は全国から王都に貴族が訪れるし、景気も良くなるんじゃないの」
僕は一瞥もすることなく適当に返事をした。
「なんか、今更だけど、緊張してきたわ」
「なんでさ」
「わかんないわよ! でも、こう、ベストールにもあるでしょ? 言葉にできない不安というか……」
「まあ、あるにはあるけど……」
ニーナの抱える不安と僕の不安は全く別物である。
今、僕たちが馬車で向かっているのは、何をかくそう、ゲーム本編の舞台である、王立ブリュンヒルデ学園である。
何の因果か僕は結局のところ、この学園に使用人として、ではなく、一貴族として入学することとなった。とはいえ、基本的にはニーナの護衛を担当することになっている。
そして、ニーナはきっと、新天地での生活とか、人間関係とか、そういう類のごく一般的な不安を抱えているのだろう。
しかし、僕はそうじゃない。いや、別にこれらが不安じゃないとか、そういうわけではないが、それよりももっと重要な問題がある。
この数年、あの怪物と全くコンタクトをとっていないのだ。八歳から頑張ればどうにかあの怪物を矯正できるだろうと高をくくっていたが、考えが甘かった。
加えて、今の状況というのが非常にまずい。中途半端に名が知れてしまったために、僕をねたむ貴族が存在してしまっている。そんな連中にアレに目をつけられようものなら一瞬にしてこれまで僕が築き上げてきたものが無に帰る。
いや、あれの指導役をほんの少しやっていただけでそんなことがあり得るのかと、未だに自分の中でも疑問なのだが、作中ではそうなっていたのだから、警戒しないわけにもいかないのだ。
全く持って忌々しい限りである。僕はばれない程度の小さなため息をこぼす。その時だった甲高い馬の鳴き声が響き渡り、馬車が止まった。
「まだついてないけど、どうしたのかしら」
「ちょっと見てくるよ」
僕は扉を開いて運転手の元に向かった。
「どうしたんですか」
「いえ、どうもこの先で騒ぎがあったみたいで……」
前方には何やら人だかりができていた。地面からでは何がどうなっているのかさっぱりわからない。
「ちょっと失礼」
僕は一言そう言って運転台に乗上げて上から少し先を見やる。するとそこには、人相が悪くガタイのいい男数人と、ずいぶんと顔の整った男女がもめ事を起こしているようだった。
「うわ、これって……」
その光景を目にした瞬間、思わず口にしてしまった。というのも、僕は以前、この光景を目にしているのだ。
「おいおい、俺たちはそこの嬢ちゃんに用があって、てめぇにゃ関係ねぇんだよ」
人相の悪い男が絵にかいたような悪役のセリフを口にした。その瞬間、鳥肌が立つ。本当にあんなセリフを吐く人間がいるものなのかとみているだけで少し恥ずかしくなったのだ。
「彼女は嫌がっていただろう。困っている女性を見過ごすことはできないな」
男の言葉に対して毅然とそう言い返した男はずいぶんと輝いて見えた。
ぶっちゃけてしまうと、僕はあの男を知っている。いや、実際に会ったことはないが、もはや間違いようがないほどに僕は知っている。
彼の名はフレデリック・マルクス。まごうことなきこの国の王子である。なぜこんなところに彼がいるのかというと、彼は時折、お忍びで城下町に繰り出しているのだ。
絵にかいたような理想的な王子様で、しかし、その反面、自分を特別扱いする日常に飽き飽きしており、このようなことをするようになったらしい。
恰好こそ平民をまねてはいるが、その顔立ちは周囲と比べて明らかに整いすぎていて、むしろ、そのちぐはぐさから浮いている。
「…………」
そして、後ろで王子にかくまわれている女性は、ゲームの主人公。名前はアリーシャ・フローレンス。身長は平均。体重も平均。しかし、本人は自覚していないが、自分の顔は一般的平民顔と思っているが、俗に言うところの、磨けば光る原石というやつで、ほんの少し薄化粧をしただけで見違えるほどに美しくなる。
というか、そんなことをしなくても輪郭は整っているし、目鼻立ちもそれなりにくっきりしている。確かに黄金比のような王子の顔と比べれば劣るがそれでも十分美人な部類に入る顔である。
学園入学前でのこのタイミングでのこのキャスト。そう、これは主人公、アリーシャと、攻略対象、フレデリックの初の遭遇イベントなのだ。
彼女は入学前の支度として町に買い物に来ているのだが、その際不幸にもたちの悪いゴロツキに絡まれてしまうのだ。そんななか、さっそうと現れる謎の美少年。謎の美少年はあっという間にゴロツキを倒してしまい、名も名乗らず去ってしまう、というものである。
「チッ。なめんじゃねぇぞ! やっちまえ!」
そうこうしているうちにゴロツキたちが一斉に王子に群がった。しかし、王子は軽々とゴロツキたちをいなしていき、あっという間にゴロツキは地面をなめることになった。
「怪我はない?」
男たちが気絶したのを確認すると、王子はさわやかにそう言った。
「は、はい……」
主人公はわけもわからないまま半放心状態で返事を返した。
「そうか。ならよかった。それじゃ」
「あ、あの、お名前を!」
そそくさと去って行こうとする王子を主人公は呼び止めた。
「名乗るほどのものじゃないよ」
しかし、歯が浮くようなセリフを吐き捨ててそのまま王子は消えてしまった。後に残るのは伸びたゴロツキのみであった。
「はぁ……かっこよかったですねぇ」
感心するように隣の運転手が声を上げた。
「いや、あそこで伸びられたら馬車通れないんだけど……」
「あ、ホントですね」
そういうと運転手は立ち上がり、伸びているゴロツキを道のわきに移動させ始めた。
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