69話 入学式
その声が響いた瞬間、先ほどまであった人だかりが、その人物の進路にかけてきれいに道を作った。
思わず僕も視線をそちらに向けると、そこには背筋をピンと伸ばし、堂々と、しかし優雅に歩くガーラン王子がいた。後ろにはフレデリック王子もいる。
ちなみに、ガーラン王子とフレデリック王子は双子である。よって、どちらも僕たちと同学年である。
「うわぁなんかスゲーな」
野次馬の一人が小声でそんなことを言った。その言葉の通り、わけはわからんがなんかすごい。ニーナの身分がかすむような人間が三人。それがこの場に何の意味もなく集まっているのだ。
あの三人を見ていると、確かに間抜けな言葉の一つも出るというものだ。
「初めまして。ヘンリー皇子。私はガーラン。後ろにいるのは弟のフレデリックだ。君とは仲良くしたいものだね」
まるで、何かをけん制するように王子はそういって握手を求めた。王族として、他所の人間に大きい顔をされたくないのだろう。
「……ああ」
ヘンリー皇子は不機嫌そうに短く返答をして手を取った。あれだけ大それたことをしていたヘンリー皇子も、さすがに敵国の王族に対しては大きく出れないらしい。
「さて、いろいろと話したいこともないわけではないが……この騒ぎはどういうことなのかな?」
「俺はベストール・ウォレンに合わせろといっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふぅん……そうか。で、目的の人物には会えたのかい?」
「それはそこの令嬢次第だな」
そう言ってヘンリー皇子はニーナに目線を向けた。それに続けてほかの王子たちもニーナを見た。
「お初にお目にかかります。グラハム・エインベルズの次女。ニーナ・エインベルズと申します」
「なるほど、君がエインベルズの……そういえば一年前のパーティーで見たことがあるな。ひときわ異彩を放っていたからね。覚えてるよ。それで、ベストール・ウォレン殿はどこにいるのかな? 私も彼には会っておきたいのだが……」
不味い。さすがに王子から直接の頼みをニーナが断るのは無理がある。ヘンリー皇子は敵国の人間ということもあってまだ言い訳は聞くし、まったくの嘘を言っていたわけでもなかった。
しかし、自国の王子となると話は別だ。
「お、お嬢様~」
そう思った時には間抜けな声を出してその異様な場に身を乗り出していた。
「もう少しで入学宣誓式が始まってしまいます! 初日から遅刻なんてしたらエインベルズ家の評判にも関わります!」
僕がそういうとニーナも少し戸惑いながら「え、ええ、そうね」と答えた。それを聞いて僕はニーナの背中を押しながらその場を退散していこうとした。
「ま、まちたまえ!」
しかし、ガーラン王子に呼び止められてしまった。
「君は……どこかで見たことがあるような……」
「い、以前お嬢様がこちらにいらした際、従者を務めてましたので」
「…………」
不味い。完全に疑われている。
「もしや、君は……」
「あー! もうあと三十秒でベルが鳴ってしまいます! 皆さま、この場の無礼をお許しください! それでは!」
「な、ちょっと!」
呼び止めようとする王子の声を無視して僕はニーナとともにその場から走り去った。
「あー、心臓に悪っ!」
会場の席に着いたとたん、僕は何かよからぬものを吐き出すようにそう言った。
「こっちのセリフよ。これから殿下達にどんな顔して合えっていうのよ」
ニーナもまた紫色のため息を吐きながらそんなことを言った。
「……だからってお前、あのまま置いてったら後で絶対うだうだ言うだろ」
「当たり前でしょ。ほとんど、というか全部ベストールのせいで巻き込まれたんだから。あれは私個人には関係のない話だもの」
「僕だって初日からあんな面倒な絡まれ方するとは思ってなかったんだよ。わかったらヘンリー皇子には注意しとけ。それと、あの様子だとガーラン王子も」
「言われなくてもわかってるわよ。ほら、そろそろ始まるわよ」
ニーナがそういったとき、顔を上げると教員たちが歩き出していた。そこからはずっと放心状態だった。たぶん、入学に際しての注意事項とか、祝辞とか、そんなしょうもないことを長々と語っていたんだと思う。一ミリも思い出せない。
というのも、入学式事態に特に大きなイベントは一つもなかったからだ。確かアニメだと、この入学式が一話の冒頭だった。
アニメなら、ちょうどいまこの瞬間に、監督とか原作者とか、そういう人物の名前が流れている最中に主要人物たちが映し出されている。そしてその最後に主人公が心の中でこう思うのだ。
(今日から学園生活が始まるんだ!)
なんともベタでよくできたオープニングだったといまさらながら僕は思った。
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