39話 ひどい話
翌朝、クラウディウス家は夜明けとともに自領へ帰っていった。予定されていた見送りの参列も待たず、そそくさと帰っていったのだ。そもそも、予定では一週間ほどの滞在であったというのに、三日しかたっていない。
異常な状況にエインベルズ家につかえる誰もが違和感を覚えた。
そしてその日のうちに、出勤している兵士たちは中庭に集められ、最悪の知らせをグラハム様は持ち込んできた。
「……と、いうわけだ。諸君らもそのつもりでいるように」
内容は遠回しな物言いから始まったが、要約すると帝国がこの国に攻めて来たというものだった。それも、王国の北方。よりにもよってこのエインベルズ領のすぐそばからだという。
知らせを聞いた兵士たちはざわめき、動揺を隠せずにはいられなかった。しかし、そんなことにかまっていられる状況でもない。エドモンドさんはすぐさま、手の空いている人間にこの場にいない人間のもとに戦争の知らせを届けるよう指示を出し、そのほかの人間には戦争の準備を始めさせた。
召使もまた、徴兵の張り紙を周辺の村々に配り周り、一気にあたりの空気はあわただしいものとなった。
僕もいくつかの仕事を任され、休暇など当たり前だが取り消しとなった。
「なんでこうなるかなぁ……」
作中以前の戦争の話など僕は知らない。そのため、作中一度だけ起こる戦争に備えておけば、あとは適当にそれなりの生活がおくれると高をくくっていたのだ。
完全に計算違いである。
僕は大砲用の火薬を運びながら一人ため息をつくのであった。
「全く、一体全体ひどい話もあったものだ……」
その時、聞き覚えのある声が廊下の角の向こう側からかすかに聞こえた。間違いなくグラハム様だ。
「全くですね。こちらの兵力ではどれだけ持ちこたえられるか……」
話し相手はエドモンドさんらしい。
「物資はクラウディウス家からも援助してもらえることになっているが、厳しいだろうな」
「こんなことは言いたくありませんが、我々は……」
「それ以上は言葉にするな」
その時エドモンドさんが何を言おうとしているのか、僕にはわからなかった。それでも何か良くないことを言おうとしているのだろうということだけは理解できた。
「我々はこの国に生かされている。ならばその責務を果たさねばなるまい。すまんな……エドモンド」
「……ふう。期間は中央軍が押し返しに成功するまで。兵数は倍以上。正気の沙汰ではありませんね」
「すまん」
そういうと靴音を鳴らし、旦那様は去っていった。すると、エドモンドさんが廊下のその向こうから神妙な顔をして歩いてきた。
「エドモンドさん、さっきの話って……」
「ベストール……聞いてたのか」
「盗み聞きするつもりはなかったんですけど……」
「かまわん。別に隠したところで何にもならん」
そう言ってエドモンドさんは大きなため息をついた。こんなにも困窮するエドモンドさんを僕は今まで見たことがない。二日酔いの朝だってもう少しまともな顔をしていた。
そう思うと、どうしても僕は口を開かずにはいられなかった。
「僕も、戦場に立つんですよね」
自らの保身ばかりを気にする僕にとって、それを聞かずにはいられなかった。
「ああ。とはいえ、お前は後方で俺の横について、いつも通り小間使いをしてればいい。よほど運がない限り、そう簡単に死にはしないだろう」
これでもまだ外見は十一歳の子供なのだ。こんな子供を戦場に駆り立てなければならないほど状況は逼迫しているのかと思うと、気が気ではなかった。
「さっきの口ぶりだと、ずいぶん厳しい状況みたいに聞こえたんですけど」
「そうでもないさ。兵数に差はあるがこっちは職業軍人で、連中はほとんどが農夫だとか、商売人だ。おまけにこっちは守り通せればそれで勝ちだ。どうだ? 少しは安心したんじゃないか?」
「? じゃあ、なんでさっきは正気の沙汰じゃないとか言ってたんですか?」
「知らないほうが幸せだぞ」
「そんな風に言われたら余計気になるんですが」
「だろうな。じゃあ、まあ教えてやるが、ほかのやつには言うんじゃないぞ」
そう言ってエドモンドさんは僕の肩をつかんで周囲に警戒するようにほんの少し声のボリュームを下げた。
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