40話 隠し事
「現状じゃ首都が近い分、西方からの敵を警戒して国はそっちに兵を割いてる。だから北方のエインベルズ領に軍隊を寄越すことができない。だから西方の連中をさっさと片付けて中央軍をこっちに持ってくるっていう作戦なんだが……正直、この作戦は破綻してる」
「なぜですか?」
戦争に関して素人の僕にはエドモンドさんの話はそれほどおかしなものには聞こえなかった。
むしろ、本軍は倒さなければならない敵を倒してから援軍に来るのだから、僕らは守りに徹していればそれでいいのだ。
援軍を見込める分、籠城はそれほど悪い手には見えない。しかし、そんな甘い僕の考えを見抜くかのようにエドモンドさんは次のようにかかった。
「この作戦は西方からくる敵を本軍が押し返せると仮定して進められてるが、現状、王国にそんな力はない。いいとこ、国境で帝国を足止めするのが精いっぱいだ。それに、帝国が本気を出してきた場合、敵の総兵数はこっちの倍を超えてくる。連中は過去にも相手を油断させといて一気に弱ったところを畳かけて領土を横取りする、なんてことを何度もやってのけてる。俺たちが相手にするのはそういう連中なのさ」
エドモンドさんのもっともな話にぐうの音も出なかった。しかし、だからこそ腑に落ちない部分が出てきた。
「なんで国は降伏しないんですか?」
「ほう、なんでそんなことを思った?」
「敗戦国になるくらいなら属国になったほうが待遇もいいし、血も流れません。それだけ勝敗が見えてるのなら僕だったらそうします」
「そうだな。お前の言うことはもっともだ。俺もその意見に賛成したいね。……でもな、国王や、中央の温室育ちの貴族はそうは思ってない。連中は実際に戦場には立たないからな。俺たちの気持ちなんざ、わかりやしないのさ」
そう言ってエドモンドさんは遠い目をした。
かねがね、この人は貴族に対してあまりいいイメージを持っていないことは察していたが、その中でも特に、都の貴族というのは気に食わないのだろう。
「そら、俺たちの出発は明日だ。仕事が済んだらゆっくり休め……つってもお前は本当ならもう少し休暇をもらってたんだったな」
エドモンドさんは情けなくへなへなと笑い、無気力にその場を立ち去った。
それ以降、僕はエドモンドさんのその顔がの折に焼き付いて離れなかった。
あの人はたまにだらしない面はあっても、基本的に尊敬できる人だし、あの人のおかげで今の僕があるのは間違いない。
そんな人が見せる弱みというのはなんともなれないものであり、いっそ不吉ですらある。いやが応にも僕だって不安になる。
荷物を運びながら、実際の戦場を想像すると、血の気が引く。ゲームや漫画、アニメでしか見たことのない戦場。そこに僕はこれから赴かなければならないのだ。
平和な日本に生きていた僕からすれば、それは非日常である。全く持って希望が見いだせない。
物語の主人公たちであれば神様からもらった力や、不思議な才能で難なく乗り越えるのだろうが、自分にそんなものはない。あるものはちょっとばかしの知識と己の体。そして支給してもらった鎧と剣と馬のみである。
戦場で僕が死んだって何ら不思議はないのだ。転生したからってなにも役に立つものなんてありはしない。頼みの綱にしていた鉄砲も製作は間に合っていない。
完全に詰みである。あとは天に任せるのみだ。
この時の僕はなんとも辛気臭い顔をしていたに違いない。
「どうしたのよ? 浮かない顔して」
荷物を運搬していると後ろからニーナが話しかけてきた。特に何も考えていないといったような風の表情である。きっと何も知らないのだろう。
「そりゃ、気持ちも沈むさ」
「? クラウディウス家の一行も帰っちゃうし、家もずいぶん急にあわただしくなっちゃうし、いったい何があったの?」
「聞いてないのか?」
「聞いてもみんな教えてくれないのよ。ベストールは教えてくれるわよね?」
察するに、きっとグラハム様が娘に辛気臭い話をしないように根回ししているのだろう。それならば僕がやすやすと口を割ることはできない。
もっとも、これは僕の憶測でしかない。別に僕自身は何も言われていないのだから、ここでニーナにこれから起こることを、ドラマチックに語り聞かせてやっても何ら罪に問われはしないだろう。
一瞬悩んだ結果、何かを進んでやりたがるほどの気力もわかず、ニーナには黙っているほうがいいという結論に至った。
「みんな黙ってるんなら僕の口からは言えないよ」
「何よ! ケチ! 頭が固いやつは嫌われるわよ」
「ははは、そうかもね」
「……なによ。今日はやけに素直じゃない。なんか怪しいわね」
「ま、まあ、僕はちょっと準備しなきゃいけないことがあるから、それじゃ!」
「あ、ちょっと!」
僕はニーナから逃げるようにその場から離れた。
次回の投稿は1/19日になります。
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