28話 仲直り
しばらく走ったところでニーナは人目につかない建物の陰で声を殺して泣いていた。
「お嬢様……」
僕が後ろから声をかけると涙を流したままニーナは僕をにらみつけ、そして罵声を浴びせた。
「あんたのせいで! あんたのせいで母様のカップが! 贈り物なんてするんじゃなかった! あんな女大っ嫌い!」
そう言い終えるとニーナは僕にもたれかかるように泣きついてきた。
僕は何も言い返すことができず、静かに見守ることしかできなかった。
「ニーナ!」
その時、後ろから勢いよくニーナの名が叫ばれた。振り返るとそこにはカレンが膝に手をついて息を切らせていた。
「ごめんなさい! 私、知らなくて……」
「来ないで! あんたなんて大っ嫌い!」
立場は一転し、ニーナはカレンを拒んだ。
ニーナの拒絶にカレンは一瞬、ビクつき、後ずさりしてしまう。しかし、すぐに息をのみ、呼吸を整え、背筋を伸ばした。
「……ニーナ、ごめんなさい。私、たぶん、浮かれてた。初めて貴族の娘として認められて、お人形みたいにかわいい妹ができて、おとぎ話みたいな生活がおくれて、全部、自分本位で考えてた」
「……」
「あなたの気持ちを考えずしつこくしてしまってごめんなさい! いきなり出てきてお姉さんずらしてごめんなさい! あなたの本当のお母さんの大切なカップを割ってしまってごめんなさい!」
一言の恨み言もなくカレンは深々と頭を下げた。
ニーナのしてきたことを考えれば間違いなくさっきのカップを割ってしまったことを差し引いてもニーナが悪いのだが、それでもカレンは頭を下げた。
きっとカレンは本当にニーナのことが好きだったのだろう。生まれて初めて会う血のつながった妹。きっと僕だってしつこく構ってしまうだろう。
ただ、それはニーナにとっては迷惑な話で、カレンの身勝手でしかない。だから、ニーナは必要以上にカレンに反発し、次第にカレンもそれに耐えられなくなったのだ。
でも、ニーナだって心の底からカレンを嫌っていたわけじゃない。
仲直りを望むくらいには自分のしてきたことを反省していたし、言葉にはしなかったが、おそらくカレンとも仲良くしていきたいと思っているはずだ。
きっと、少しだけ、二人の歯車がかみ合わなかったんだ。
ならば、首を突っ込んでしまった以上、僕は二人の歯車をかみ合わせることくらいはしないと、バチが当たってしまうだろう。
そう思い、僕はニーナの肩をつかんで無理やり二人を向き合わせた。予想外の行動に驚くニーナだったが、そんなものは知ったことではない。
「あなたの作ったプティング、おいしかったわ」
すると、カレンは頭を上げ、まっすぐとニーナの瞳を見てそう答えた。
「……え、まさか、食べたの!?」
唐突なカレンの言葉と、僕の突飛な行動に我を忘れてニーナは驚きを口にする。貴族令嬢としての上品な言葉遣いもあったものではない。
「ええ。少し土はついちゃったけど、おいしかったわ。こんなことで許してもらえるとは思えないけど。あんなことをしたんだもの。当然だわ」
依然としてニーナは驚きを隠せずにいた。僕はそんなニーナの背中を優しく押し、ニーナをカレンのパーソナルスペースに押し込んだ。
しばらくニーナとカレンはお互いを見つめ合った。カレンはまっすぐとニーナの瞳を見据える。大して、いきなりのことにニーナは涙と焦りで表情を崩したまま、なかなか言葉を口にすることができずにいた。
「……わ、私こそ、お姉さまに謝らなくてはいけません……。ごめん、なさい」
しかし、とうとう意を決したようにニーナが口を開き、いつまでたっても言えなかった言葉を自分の意思で口にした。
「私こそ、あなたの思い出を壊してしまって、本当にごめんさない」
カレンはニーナの言葉を聞き終えると優しくニーナを抱きしめ、そう口にした。
その言葉を聞いた瞬間、またもニーナは泣き出してしまった。
それから僕はすぐにその場から退散した。
もはや僕の手は不要とだろう。伯爵への義理は果たした。ニーナの心境確認もできた。あの姉妹も今後はそれなりにうまくやっていくだろう。
そう静かに考え、僕はエドモンドさんのもとに戻っていった。
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