27話 落ちていくカップ
午後三時。中庭の一角には必ず奥方とカレンが現れる。
そんなことはこの屋敷に出入りする人間であれば誰でも知っていることだ。だからこそ、僕はニーナが心配で林の陰からその様子をうかがっていた。
しばらくすると、ニーナは手作りプティングをもってそこへ姿を現した。
久しぶりに吸う外の空気は、とてもきれいで、おおらかで、彼女にとってはまるで心が洗われるようだった。
「ニーナ……! 来てくれたのね!」
ニーナの姿を見た瞬間、奥方は席から立ち上がり、安堵の声をあげた。ニーナはそんな奥方に一礼すると、深呼吸して、もう一人の顔色を窺った。
まるで汚いものでも見るようなひどいまなざしをカレンはニーナに向けていた。
「お、お姉様、その、今までの非礼、お詫び申し上げます。 許していただけるのなら、こちらのプティングをお召し上がりください」
言葉を詰まらせながらニーナはそう言い切ってテーブルに贈り物を置いてカレンのもとまで移動させる。
「あなたが作ったの?」
一目見てカレンはそういった。専属のコックが作るのであればもっと彩り豊かに果物やホイップクリームなどをのせる。
だからこそ、生地とカラメルのみの質素なそれが手作りのものであると見抜けたのだろう。
「はい!」
自分が作ってくれたものだと気づいてくれたことがうれしく、ニーナは元気よく返事した。しかし、次の瞬間、思いもよらないことが起こることとなる。
二―ナの顔を見てカレンは興味なさげに「ふうん」と声にした。すると、あろうことか差し出されたプティングを手の甲ではじいたのだ。
カレンの突飛な行動に一瞬訳も分からずニーナは固まり、奥方は絶句した。
はじかれたプティングは勢いよく地面に落下し、衝撃でカップは砕け散る。甲高い音が周囲に響き、場は凍り付いた。
「カレン! あなたなんてことを!」
すぐさま奥方はカレンを怒鳴りつける。しかし、カレンは表情一つ変えることなく口を開いた。
「あなたのしたこと、忘れたとは言わせないわ」
静かにそう告げるカレン。しかし、ニーナは砕けたカップを無表情でじっと凝視していた。
そして、次第にその瞳からは涙が零れ落ち、何も言わずにその場から走り去ってしまった。
ニーナの嫌がらせには料理の中に大量の唐辛子を混入させるなどのものもあった。おそらく、カレンはそれを警戒したのだろう。
確かにカレンの気持ちもわからないではないし、ニーナのしてきたことを考えればむしろ仕方のないことなのかもしれない。
それでも僕はニーナをかわいそうだと思ってしまった。
気が付いた時には僕は走り去ったニーナを追いかけていた。
「これ、ヘレン様のお気に入りのカップなんじゃ……!」
一方、僕がニーナを追いかけ始めたその時、砕け散ったカップの破片を手をきらないように拾い上げて奥方はそう口にした。
「え……」
それを聞いた瞬間、今まで冷たい表情をしていたカレンは一気に青ざめる。何を考え、何を思ったのか、それは僕にはわからない。
ただ、僕にはその表情は後悔のものに見えた。
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