26話 プティング
「あの、もうちょっと離れてくれませんか? 歩きにく……」
「無理」
「…………」
今、ニーナは僕の背中にべったりと張り付きながら厨房に向かっている。道行く使用人には奇異な目を向けられ、伯爵にも何があったのかと心配されていた。
厨房につくとやはりコックたちからも奇異な目を向けられる。そんな視線に耐えながらコック長に菓子の保管場所を聞くと、特になにか言及するでもなく親切に案内してくれた。
「ここですよ。お嬢様」
棚を開けるとクッキーや新鮮な果物なんかが保管されていた。
「プティングはないのかしら」
「プティングですか?」
「おいしそうに食べてたから。たぶん喜んでくれると思う」
コック長は不思議そうに首をかしげていたがニーナはお構いなしに棚を漁った。しかし、探せど探せどプティングはみつからなった。
「うーん、なさそうですね」
そもそも、プティングって、保存がきくお菓子なのか?。この世界に冷蔵庫なんかないし、常備しているものではないと思うのだが……。
探していて当たり前のことに気づく。
「みたいね……」
ニーナも残念そうにため息をつく。
「いっそ、作ってみますか?」
「作る?」
「ええ。砂糖と卵、あと牛乳があれば結構簡単に作れるんですよ?」
実際に作ったことはないが、動画サイトで見たことがあったため、無責任にそんなことを僕は言った。
「そんなに簡単に作れるものなのかしら?」
「たぶん、お嬢様が普段食べてるヤツはもっといろいろ手順を踏んで作ってると思いますけど、こっちのほうが手作り感も出て心がこもってる感じがしていいと思いますよ」
僕がそういうとニーナはさっそく僕に材料を取りに行かせた。
やはり事情を話すとコック長は嫌な顔一つせず僕に材料をそろえてくれた。
材料を集めるとニーナはさっそく調理に取り掛かった。伯爵令嬢のニーナが自分からこういうことをするとは思わなかったから少しだけ感心してしまう。
しかし、
「……まっず!」
完成品を一口食べるとニーナはぎりぎり周りに聞こえないくらいの声でそう言った。
それに続いて僕も一口もらうと、確かに僕の知るものとは似ても似つかないものだった。
「何がいけなかったんだろう?」
ほぼ甘い卵焼きである。なんか汁っぽいし、中身も空気が入ったのかぶつぶつしてて変な触感である。おまけに卵はちゃんと混ざってなくて、黄身と白身がところどころでまだら模様となっている。
「知らないわよ! ああ、お母さまからいただいたカップがぁ……」
ニーナは失敗作の器に母からもらったカップを使ったことをひどく後悔しているようだった。
しかし、何がダメだったのだろうか。普通に作ってるように見えたんだけど。
「あ、あのー」
僕らが途方に暮れていると後ろからこちらの様子をうかがっていたコック長が見るに見かねてプティングづくりのコツを教えてくれた。
とりあえず、僕らは下準備からダメだった。
コック長の場合はただ卵を混ぜるだけじゃなくてしっかりと白身をきって牛乳と一体化させている。
また、卵も全卵だけでなく、卵黄を多く使っている。それに加えて生クリームも使っていた。
作るのが面倒臭くてスルーしていたカラメルも、香ばしく美しい飴色である。
さらに、カップに注ぐ前に布でこしていた。この工程は先ほどは完全に忘れていたものである。
お情けばかりに最後はニーナがカップに注いだ。しかしそのせいで生地とカラメルが混ざり合って不格好な見た目になってしまった。
「う、おいしい……見た目は不細工なのに、不本意ね……」
それでも実食してみると先ほどの卵焼きとは雲泥の差である。
「つ、次は見た目もよくなりますよ!」
コック長はニーナを励まし、また一から今度はニーナが主だって調理を開始した。
今度はカラメルと混ざらないようにカラメルは最後に上からかける方式にしている。
「か、完成よ!」
「おお、なんとかうまくいきましたね」
「ふふん!」
ニーナは得意げに胸を張っている。どうもかなりうれしいらしい。
「あとはもっていくだけですね」
「あ、待って」
そういうとニーナは装飾の施された美しい陶磁器のカップを持ち出した。
「これ、お母さまのお気に入りだったカップなの。贈り物は心がこもってることが大切なんでしょう? だったら、こういうところも気を使ったほうがいいと思うの」
ニーナは上機嫌のままそう言って僕に笑いかけた。
実際、カレンがそんなところに気が付くかは疑問ではあるが、本人はかなりやる気が出てきたらしい。
それに、楽しそうにプティングを作るニーナを見ているととても水を差すことができなかった。
結局、最後に作ったプティングは一番出来が良く、見た目はそのカップ以外は質素な物だったがとても食欲をそそるものだった。
これならば手作り感も程よく出ていてなおかつ、しっかりと心がこもっている。十分仲直りの証としてカレンも受け入れてくれるだろう。
僕はそう確信し、ニーナに笑いかけるとニーナもまた、僕に笑い返すのであった。
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