第12話・沙和音-理奈のとんでもハプニングと真意不明な良真に困惑する。
初めに、著者より。
第12話が、当初のアップ予定より大幅に遅れてしまったことをいつもながら、お詫びいたします。
最終話に向かう関係で、幾つか用意していたパターンから、最終的に本話のパターンを選択し、著者が本来予定していたストーリ展開を変更して、随分と書き直しを致しました。
当初の予定は、違うパターンを展開をさせる予定でしてたが、そうなるとまだまだストーリ的に続いてしまいます。それでは読者諸氏にアクセスの煩わしさを与えてしまうことになり、さらに読者諸氏の期待を裏切りかねないので、それは著者としても本意ではありません。
そこで、本作品のストーリー的に、ネタバレしている感が否めないので、最終話で少しどんでん返しを試し見ることにしました。
さて、第12話ですが、室杜と弁護士冬樹ほのかの関係性に迫りつつ、沙和音と理奈の人間性を明るいキャラとして描いてみました。本作品の創作当初は、本主人公の沙和音を明るいキャラとして起案していたのですが、難解不落な困難に立ち向かうというキャラ設定から弱虫、泣き虫を返上して邁進する沙和音のキャラになってしまいました。
では、著者による言い訳余談はともかくとして、まだまだ拙い文章で未完成な構成力ではありますが、どうぞご一読ください。
これは、何時頃何処で撮影した写真だったかなと言う、想念に沙和音は捉われていた。
写真が、恋人関係を裁判官に推認させる証拠になる。
弁護士冬樹ほのかは、沙和音にそういうニュアンスでのアドバイスをしたのだ。でもだ、沙和音はどうやって良真と映っているそれらの写真を裁判所に証拠として提出すればいいのかに、知恵を絞っていた。
室杜に相談しても、民事訴訟実務における体系的な思考回路が働かずに、首を捻って考えあぐねった。
確かに民事訴訟においては、如何なる証拠でも提出できる。つまり、どんな証拠を出そうが、それは訴訟当事者の証拠収集活動における責任に任せられると、室杜は話した。
調べておくからと室杜は言ってくれたものの、室杜の好意に甘え過ぎるのも、自分の問題意識に対するレベルが低すぎると、沙和音には思えてしまう。
これでは、まるで他力本願だ。どんな困難にも、自分の力で立ち向かうからこそ意義が見いだせる。人からの手助けは優しさであり、それを甘受するだけではなく最終的には、自分の力で全力を尽くす。
ネバーギブアップの精神とは、本来そうあるべきだ。
沙和音は、プリントした写真をローテーブルの上で混ぜ合わせて、写真に映る自分に遣る瀬無さを感じた。
何故、どうして笑っていられるのよ。あなたは、そこで――――――
*
「仕事の方、忙しいんじゃないですか。試験対策の方は進んでますか」
女は、眼鏡の奥の長い睫毛に二重瞼をあつらえた目許で、目の前の男に言った。
「後2ヵ月ですから。まあ、今は公式戦のために体力作りに励んでるってとこですか」
そう言って、男は外周りで乾いていた喉をアイスコーヒーを啜って、潤した。
「あの頃は、司法書士になることが友乃にとっては生き甲斐であり、夢でしたからね」
女の方は、穏やかな心得顔を作っている。
「私が友乃の分まで、これからももっと頑張って行きます。友乃の全ての夢は叶えて上げられないかも知れないけど」
男には少し、紅顔可憐な少年のような影が潜んでいるように、女の眼には映えた。
「私もあの当時は、まだまだ駆け出しだったから、あんな判決になるとは以外だったし、力不足を痛感させられた1人ですよ」
「それは仕方がないことですよ。その分、私が友乃の意思を継承する踏ん切りが付いたし、その頃の分岐点としても、この選択は間違っていないと思っています」
「でも、友乃は友乃だし。あなたは、あなた。だから今は、あなた自身の人生を大切にすべきじゃない」
「私は別に、友乃のためにだけしている訳ではありません。全ては自分のためです」
「でも、もういいんじゃないですか。自然に身を委ねても。立ち止まっていたら前には進めない。そうだったでしょう?」
「私に、これから何をどうしろと、言いたいのでしょうか」
「新しい恋をしなさいってことよ。もう、しているかも知れないけど」
「そんな事こそ、自然な流れの中で形成して行くものでしょう。今は試験対策で……」
「いるの、好きな人が?」
男の話すのを遮って、女はズバリっと問うたが、男はポーカーヘースを崩さなかった。
「……いや、そんな人はいませんが…」
男は、照れを隠すようにがぶりを振りながらも、結んでいた口許を少し緩めてリラックスした。
「いいじゃあない、いても。もう友乃、それを願ってるんじゃないかしら」
「今は7月の試験に向かって、全力を尽くしたいだけです。ただ、それだけです……」
「だから、合格したら次の人生のキーポイントとして、結婚を考えてみたらってことよ」
「それは、だからまだ考える余地は、今の私には……」
「そうだ。この間あなたの会社に勤めてる女性と裁判所で、お会いしましたよ。私の職業柄、守秘義務あるので名前までは教えられないけど、会社の先輩から色々と法律的なことをアドバイスしてもらってるって話してたな」
「どうして、その人が私の会社に勤めてる人って分かるんですか」
「職務として相談を受けた以上は、詳しいことはお答えできないんです。あなたも知ってるでしょう。弁護士などの士業に携わる人の守秘義務を」
「でも、裁判所でですか……」
男は、首を捻って記憶の中を掻きまわした。
「どうかした?何か思い当たる人でもいるの」
「いや、別に……」
「話し方がね、何となくだけど友乃と似ていて、何処か面影が友乃にリンクする人かなって思えたの」
「友乃と……ですか……」
「そう。なんだか、ポジティブに一生懸命頑張ってるって性格がね」
「友乃のことは、もう今日のところはこの辺で……」
「『汝は事実を語れ、我は法律を語らん』って、友乃から教わったのはあなたでしょう。その言葉を信じてあなたも裁判で頑張れた。その言葉を誰かに伝授したってところかな」
「義姉さん、その話はもう良いでしょう」
男は、何故こんな偶然が重なる状況が起きているのか、皆目と理解に苦しんでその場から直ぐにでも去りたくなった。
「そっか。やっぱり恭祐さだったか。頼れる会社の先輩は」
女は、笑を噛み殺すかのような微笑みを交えて、恥じるかのように照れる男の頭を掻く仕草を、眼を細めた眼差しで窺った。その男は、室杜だった。
女の綻んだ眦は、職務上の弁護士としてではなく、義姉としてだ。そう義姉の、冬樹ほのかとしてだ。
「とにかく、今日はありがとうございます。色々と勉強になることを聞かしていただいて、おかげで助かりました」
室杜は帳尻を合わすように、冬樹ほのかに苦笑気味の笑みを返した。
「お力になれたかしら」
「はい。この本お借りして行きます。どうか、ご主人であられる義兄さんにもよろしくお伝えください」
室杜は、礼を謝して冬樹ほのか法律事務所を後にした。冬樹ほのかの事務所に訪れた目的は「弁護士のための法律書式実務集」という本を、借りに来たのだ。
その本を、鞄の中に閉まって営業の仕事へと戻った。
弁護士冬樹ほのかは、プライベート用の資料棚に並べられている一冊のファイルを取り出してディスクの上で、過去の出来事を思い返した。ページを捲るごとに、手を握り締めて悔しさを顔に滲ませ、下唇を噛んだ。
友乃の身体は、悪性リンパ腫に侵されていた。つまり、急性リンパ性白血病だった。これは、血液細胞のガン化によって白血球の1つであるリンパ球が、骨髄で無制限に増えていく病気だ。
治療方法は、複数の抗がん薬を組み合わせた寛解導入療法と言われる強力な化学療法だ。この治療によって、血液検査や骨髄検査のレベルでは白血病細胞を認めない状態に持って行くことになる。しかし、これは治癒ではない。
治癒を得るために完全寛解になった後も、引き続き寛解後療法と言う地固め療法が必要になる。この強力な化学療法を用いて、体内に残っている白血病細胞を根絶する必要がある。完全寛解が得られたとしても、再発の可能性は避けられないリスクがあると、友乃の病状では診断されていた。診断時の白血球数が著しく高かったのだ。
白血球数の基準範囲は、3.0から8.4(つまり、3.000~8.400/μl)が成人では基準だった。しかし、友乃はこれを遥かに超えて、9.0以上と医師から告知されていた。
それからの友乃は、自分の意思の強さを見せて行った。
だって、私はこの病気に打ち勝つために、この世に生まれて来たのだからと。
弁護士である、冬樹ほのかの左側にある空いたディスクは、その友乃が司法書士となって座っているはずだった。
その友乃の姉、ほのかは机上の訴訟資料の記録を捲り返す度に、医療過誤訴訟においての勝訴の不透明さに、法律の矛盾を感じざるを得ない。
医療過誤による過去の裁判事例の統計上の数字では、医療事故被害者の原告の主張事実が全部又は一部でも認められて、それが「勝訴」とするなら、その勝訴率は全体の25%前後だからである。
弁護士として立ちはだかったのは、医療機関に要求される医療水準の判断による、最高裁判例である。
*
初夏になると、街を歩く人々の服装も軽くなる。沙和音も、お気に入りのサマーガウンに身を包んでいる。会社は、今日のために有給休暇を取得していた。
裁判所内に入り民事事件の開廷表を確認し、当事者の氏名・事件名の後の備考欄に、「審理(当事者尋問)」と記載されている。開廷中のランプを確認して、沙和音は法廷に入った。
何時もの書記官が「今日は」と、にこやかに軽い挨拶をして来た。法廷内の空気が今までと違っている。傍聴席には誰もいなっかたからだ。
「本日、本人尋問の予定ですので、こちらの宣誓書に記入をお願いします」
書記官から言われるままに、沙和音は出頭カードの自分の氏名欄にチェックをしてから、「宣誓書」に氏名・年齢・職業を記入した後で、書記官から、そのまま原告席に座ってお待ちくださいと言われた。
敵対する良真は、沙和音にウェイティング攻撃を仕掛けているのだろうか。そんな張り詰めた緊張感が、沙和音の胸の中に去来してくる。
法廷入口のドアがゆっくりと開かれた。そこに、ひょっこりと現れたのは理奈だった。
沙和音は、絶句しながら法廷と傍聴席を区切るバーを潜って、傍聴席に入って来た理奈の傍に歩み寄って「どうしたのよ」と言って、思わず声を呑んだ。
「突然ごめん、居ても立っても居られなくってさ。来ちゃった」
理奈は白い歯を見せて、あっけらかんと言った。
「それは良いけど、仕事は大丈夫なの?」
忽然と現れた理奈に、沙和音は返って憂色をは漂わせた。
「うん。シフト変えてもらったから。私がここで笹谷くんが嘘を言ってないかを、証人として見届ける。だから、いいでしょう」
「うん(でも、ドンキーに買い物来てんじゃないし、普通そのカッコで来る?)。先ず、そのサングラス外しなさいよ」
理奈のファッションに苦渋の笑みをしながらも、沙和音が頷くと同時に、再び法廷入口のドアが開き野間山が入って来た。
その後ろには、良真がいる。理奈が良真の方へ鋭い眼光を浴びせた。
ふん!なにさっ!と、理奈は良真に向って突っかかるように、小さく囁いた。
良真は、理奈の眼光から眼を反らして、何処か落ち着かない憂いな表情を滲ませていた。沙和音と良真の空間に理奈の狭間があっても、息苦しい重い沈黙が流れた。
「では、そろそろ裁判官が入廷して来る時間ですから、傍聴人もお座りください」
そう書記官から促され、理奈は一番前の席に腰を下ろして、良真の方を睨み続けた。
起立ーっ!と廷吏職員の声が掛かり、裁判官が法檀に入廷して来た。沙和音は慌てて法廷の原告席に戻って、唐突な理奈の登場ハプニングにより、乱れた呼吸を調え直した。
「では、本日は当事者尋問ですが、初めに原告から甲6の1から5までを提出されてますが、何れも被告本人と撮った写真ということですな」
裁判官は沙和音の方へ顔を向けて、提出していた証拠写真の確認をした。
「それと、これには証拠説明書が添付されてますが、立証趣旨は記載のとおりってことですな。これにより、被告本人とは恋人関係てあったと言う趣旨ですね」
沙和音は、さらに裁判官の方へ「はい」と、小さく頷いた。理奈は真剣な眼差しで、裁判官と沙和音のやり取りを見つめている。
「それで被告の方は、当事者尋問の証拠申出がなされていませんが、裁判所の職権でしますが、よろしいですね」
裁判官の問いに対して、一呼吸して大きな体躯を伸ばすように、野間山が立ち上がった。
「被告としては、これで結審をお願いします。原告の請求を認めることにしました」
えっ?それはどういう意味だろうかと、沙和音は野間山の言葉の意味に苦慮した。
「と言うことは、全面的に原告の主張事実を認諾するってことでしょうか。被告本人も」
「はい。被告本人とも話し合いまして、本人としても止むを得ないという結論に至りました」
「それは、否認していた事実の撤回と裁判上の自白となると、裁判所は受けてよろしいのでしょうか」
裁判上の自白とは、口頭弁論において訴訟当事者が相手方のしている主張と一致する、自己に不利になる陳述をすることだ。そして、主張していた事実の撤回も裁判所の事実認定を拘束し、証拠調べは不要となる。つまり、自白が成立するとそれは争いのない事実となるのだ。
野間山は、「はい」とだけ裁判官に返した。良真は、ひたすら首を前に項垂れて黙座している。
「和解ではなく、原告の請求認容判決になりますが、それで宜しいですね」
「はい。それは然るべく受け入れます。しかし、損害賠償の金額の妥当性については、裁判所の裁量による判断にお任せしたいと思料しています」
「なるほど。賠償金額については、争う余地を残しておくってことですね」
「原告との交際期間が至って短期間であり、恋人契約があったとの前提に立っても、その不履行が直ちに金銭賠償による法的制裁へと繋がることは、今時世代の男女交際の自由を著しく制限する危険を伴います」
野間山が、良真の金銭的事情と男女恋愛の背景事情を擁護するように、もっともらしい陳述をした。
「分かりました。原告の方からは、被告の先程の言い分に対して、何か反論はありますか」
裁判官は、沙和音の方へ顔を向けて被告良真の自白に対する、異論の有無を尋ねた。
動揺から、静思をしようとしている沙和音を慮るように、裁判官は補足した。
「被告側は、新堂さんの請求を全て認めるという自白をし、否認していた事実を撤回したことになります。これについて、何か言っておきたことがありますか」
傍聴席から、理奈が不安気に沙和音を見つめていた。ゆっくりと沙和音が口を開いた。
「い……今さら、なに……何よ、それって―――っ」
沙和音は、憤りによる震え声を搾り出すようにそう一言って、堪え切れずに涙を頬に伝わせた。
「さわねーぇ!何んだか解かんないけど、これってきっと沙和音が勝つんだよねっ!」
事の顛末を見届けていた理奈が、思わず傍聴席から声を発して、右手の甲で目頭を拭った。裁判官は理奈を一瞥して空気を読んだのか、敢えて理奈に注意を与えなかった。傍聴席から法廷へ声を発することは、裁判所傍聴規則による禁止事項だからである。
「宜しいですか、それだけで」
裁判官は、眼鏡の奥にある暖かい眼差しを注ぐように、沙和音に言った。
「はい。OKです、あっ、いえ、大丈夫です……」
沙和音は、理奈の方に向かって右手の親指を立てて見せ、気丈な喜色満面を現した。
「では、本日は当事者尋問の予定でしたが、被告の自白により審理の内容を変更します」
良真が項垂れていた顔を上げて、力が抜けたようにゆっくりと立ち上がって言った。
「裁判官、ちょっといいでしょうか」
裁判官が眼を向けた良真の方向へ、沙和音も訝るように注視した。理奈も良真に反抗的な視線で睨み続けている。
「はい。どうしました」
「言っておきたいことがあるのですが」
心なしか、沙和音の眼にはどことなく疲れて痩せ細ったように、良真の姿が映った。
「どんなことでしょうか。まあ、いいでしょう。どうぞ」
良真は躊躇いがちに、虚ろな眼で散逸した目的を探すように、沙和音の方を窺った。
肩で呼吸を繰り返すように、口を噤む沈黙からワンテンポ置いて、良真は言った。
「さっ、さ、沙和音……いや、新堂さん。先日、武原さんから手紙をもらいました。それで……」
「武原さんとは、そちらにいらっしゃる方ですか」
裁判官が、理奈の方に目配せして言った。理奈は、うんうんと頷いた。
「はい、そうです。武原さんの陳述書も読ませてもらいました」
「その手紙には、どんな事が書かれてたのですか。差支えない範囲で結構ですので、お話してもらえますか」
「はい」と言って、良真はコクリと頷いた。
裁判官は、職責として理奈が良真に宛てたという手紙に、興味を示したようだ。
沙和音は、理奈がそんな手紙を良真に送っていることさえ知らされていなかった。
「では、被告側の意見陳述というこで述べてください。本日は、時間はありますから」
「はい。今、手紙を持っているので、読み上げて宜しいでしょうか」
裁判官は、どうそと言って、良真に先を促した。良真は胸ポケットから手紙を取り出して、裁判官の方へ向かって読みだした。理奈は俯いている。
「 ―――笹谷くんへ。
あなたは、私との約束も反故にしましたね。でも、私があなたを恨むのはお門違だと思う。だって、それは、笹谷くんと沙和音の問題だし、私には笹谷くんが幸せになる権利を奪う資格は待っていません。それは、沙和音も同じ気持ちだと思います。
だけど、少しだけ言わせてください。沙和音は、辛い今日を精一杯生きて、明日の幸せを掴もうとし頑張ってる。そのために1人で闘っている。それは、決してお金の問題ではなく、全ては正義というものを信じている、沙和音の純真な気持ちの現れです。
真の正義というものがどんなものかは、私にはうまく理解する頭はありません。
だけど、真実を知っているのは、笹谷くんと沙和音だけだから。だから、あなたには沙和音を幸せにする資格は最初からなかった。それを見抜けなかった私も愚かだけど、人と人を結び付けるのは、やっぱり人なんだと。
そして、あなたも人なんだと言うことです。私という存在がなければ、笹谷くんと沙和音を結ばせなくって良かったのにと、自分自身を責めたりするし。
でも私は、笹谷くんに沙和音の連絡先を教えた時に、人としてのあなたを信じてました。お願いだから、笹谷くんを信じて存在している人達から、逃げないで。それだけです。なんだか変な文章でゴメンなさい。―――」
手紙を読み終えた良真は、気が喪失したように天井を仰いで息を吐いた。それから、ゆっくりと、沙和音と理奈を交互に見比べるようにして言った。
「新堂さん、武原さん。この場を借りてお詫びします。何て言うのか、武原さんの手紙で一本取られたなって気付かされて、俺の身勝手を許して下さい」
良真は、沙和音、裁判官、理奈の方へと順に頭を下げて、自分の不徳を認めた。
「新堂さん。これで宜しいでしょうか」
裁判官が、沙和音の気持ちを確認するように言った。
「はい。オールライトです」
沙和音は、スッキリとした明るい笑みで言った。理奈が、沙和音に向かって左の親指を立てている。やったねっ!と、笑壺に入るような満足感を見せていた。
「では予定を変更することになりましたが、これで審理は終結して、判決日の期日を指定します」
判決言渡し期日を、6月27日午前10時と裁判官は指定した。判決言渡し当日は、訴訟当事者の出廷は不要で、判決書は当事者に送達されることを、裁判官は付言した。
沙和音は、理奈と共に法廷から出た。
「何で、そんなカッコして来るのよ」
「えっへへ。ちょっと、急いで来たからさ」
理奈は、Tシャツにパーカーを羽織って、下はNIKEのロゴ入りハーフパンツにサンダル履きというファッションだった。
野間山と良真が、沙和音と理奈の傍まで歩み寄って来て、立ち止まった。
「笹谷くん、やるじゃん。笹谷くんの勇気にある行動に、私、少し感動しちゃった」
理奈が、良真に共感したように言った。良真は結んでいた口許を少し歪めて言った。
「そいつは、どうかな。まあ、これからが問題だからさ」
良真は、沙和音と理奈に向かって何故か不敵な笑みを浮かべた。野間山もどことなく歪で、にやけた表情を浮かべている。
「沙和音、わざわざご苦労さん。もうこれで会うことはないな。じゃあな」
皮肉とも言える言葉を残して、良真と野間山は裁判所を出て行った。
「何、あれ?何を言ってるの?」
理奈は首を捻って、呆気にとられた様に沙和音に言った。
「さあね、最後の強がりじゃない?」
沙和音は、良真の不敵な笑みに何か嫌な予感を感じだが、気のせいかなっと思うことにした。
「そっか、男のプライドってやつかな」
「かもね。それよりどうするのよ、これから。そんなカッコで来ちゃってさ」
「海、見に行こうよ。せっかく横浜に来たんだしさ」
「なるほどね。そのカッコなら海の景色には融け込めそうね」
沙和音と理奈は、裁判所を後にして横浜港便局前の十字路を渡って、山下公園の方へと歩いた。
理奈の話によると、仕事をしていても落ち着かないので、良真に送った手紙が本人の手元に届いたかを確認したくて、突然思い立って来たらしい。本人曰く、証人になる予定でいたので、もっと良真に言いたかったことを、どうしてもその思いを手紙にしたためたかったと言うことだった。
手紙を書く原動力となったのは、理奈なりに友達の沙和音のために力となりたくて、苦肉の策を講じたつもりだろう。「陳述書」は書けなくても、「手紙」なら書けるという、シンプルイズ・ベストの発想力と、理奈らしいアプローチ手法だ。
その手紙は、良真の実家宛に送ったと言う。どうやら、最初は裁判所に送るつもりでいたらしいが、裁判所の誰宛に送れば良いのかが、解らなかったと言うのが真相だ。
横浜簡易裁判所気付け「笹谷良真様」って、それちょっと可笑しいって自分でも思ったの、と理奈は事もなげに言って、沙和音の顎が外れるような笑を誘った。
無謀な発想をしていたそんな理奈の優しさに、沙和音は心を打たれる思いだった。理由はどうであれ、こうやって自分を助けてくれる人に感謝しなければと、沙和音は改めて思い知らされた気がする。
何よりも、写真を証拠として提出する方法を、室杜が調べてくれたことは感恩にむせぶ思いだ。理奈のいうように、室杜の存在は人と人との結び付きの結果だ。
良真との「恋愛破局事件」がなければ、こんなにも沢山の法律アドバイスを室杜からは得られなかったことも確かなことだと、沙和音はロジカルシッキングを高めるように勘案してみた。
麻美も眞理恵も、何かと手を差し伸べてくれることに、会社では助けられている。
「沙和音、そろそろ新しい出会いを求めて恋活したら」
理奈が、沙和音のこれからを案じるように、サングラス越しの上目遣いで言った。
「そうね。そろそろ、立ち止まってないで前へ進むことを考えないと、ダメだよね」
防波堤の手摺に背を凭れさせていた身体を、海の方へと捩り直して沙和音は言った。
「やっぱ良いよね、海は。嫌なことは全部ここに捨てちゃいたいね」
「本当だね。広い海を見ていたら、小さなことで悩んでるなんてバカバカしくて、無意味なことかもね」
「ねえ、今日まで気付かなかったけど、沙和音って私と比べたら随分と大人になったよね」
「そっおかな、例えばどういうところが?」
「うーん、そうね。例えば、全体的に綺麗になった。女はね、好きな人に見てもらいたいって気持ちが、自分を綺麗にさせるのよ。今の沙和音は、あんな笹谷くんとは似合わないよ」
理奈は、組んだ両手を天に突き挙げてから、海に向かっておもいっきり背筋を伸ばした姿勢で言った。 理奈が何気なく言ったことなのか、沙和音には何か心を撃たれたような衝撃が、全身に走った。
「それだけ、歳を取ったてだけじゃないの」
沙和音は、自分の内心を打ち砕くように言った。
「自分で気付いてないだけで、案外もう出会ってたりするんだよね。運命の人とさ」
「そんなことないでしょう。そういう人と出会ってたら何ていうかこう、胸がキュンとするんじゃない。普通に」
沙和音は、理奈の言葉に対してエキスキューズに徹するかのような言葉で返した。
「でも、そんな歳じゃないじゃない。それって、私も歳を取ったてことでしょう。嫌だよ、まだ自分より若い人から、お年寄り扱いされるのはさ」
憮然として、顔を膨らませた理奈は、沙和音に抗議するかのように自分の若さを、アピールした。
「そっか、理奈と私って同じ歳だもんね。歳って言っただけでも、理奈のミューズ性は傷つくもんね」
沙和音は、理奈の機嫌を損なわせないような、言葉を選んだ。
「そうそう。婉然たる淑女になって行かないとさ。何時までも若くて美しいってのは、女性が抱く永遠のテーマよ」
「純粋に、そのカッコで裁判所まで来れる理奈なら、何時までも若くいられると思うな。突然現れたので、近所のドンキーで買い物した帰りかと思っちゃったし」
沙和音は、腹の中にある笑いを堪えるように言った。
「仕事中に飛び出して来ちゃったからね。時間なかったんだ」
理奈は、白い歯を再三に見せるように、追従笑いを繰り返した。
「写真撮ろうか。理奈はそう言うカッコでも、絵になるし」
「そんなに変?このカッコって」
「ううん。普段からのキュートさを、より表してるって感じかな」
「そこは、セクシーって言ってよね」
沙和音と理奈は、海を背景にスマホで写真を撮った。おどけたポーズを理奈が何度も繰り返して、コケティッシュな魅力を強調した。海の向こうには横浜ベイブリッジが、より海を美しく演出しているように映えている。
はしゃぎ過ぎた後の沙和音と理奈を、何か大切な物を守るため包み込むような海風が、爽快に吹き突けた。
交わす言葉を失ったかのように、沙和音と理奈は、ただ海の向こうの水平線を、じっと見つめている。
神が地球に与えてくれた雄大なる景色に、二人は耽美的表情を作り、感慨した気持ちで海を眺めることだけに没頭していた。
夏の陽射しと海の光が映発して、沙和音と理奈を美しく光輝かせるシーンを醸し出すかの様に、穏やかな風が港を駆け抜けて行った。
第13話(最終話予定)につづく。
第13話(最終話予定)に続きましては、現在も頑張って執筆中です。
著者も、夏の暑さに負けず奮闘しておりますので、読者諸氏におかれましても、夏の暑さに気を付けてお体をご自愛ください。
さて、第13話の予告ですが、裁判が終結して判決書が沙和音の許に届いたものの、裁判の落とし穴に気付く沙和音の様子と、これからの人生経路を描いていきます。
そして、室杜がどんな形で、これからの沙和音の人生に携わって行くのか、乞うご期待ください。
第13話(最終話予定)につきましては、8月20日頃のアップを目指しますが、遅筆な著者故に気長にお待ちいただければ、幸いです。
なお、本作品中の執筆にあたり参考とした資料関係については、最終話の後書きで出典元書籍を、記載します。




