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男女恋愛法  作者: hiroki.is
10/14

第10話・沙和音‐と、麻未の思惑と室杜の過去と。

はじめに、著者より。当初の予定を超過してアップが遅くなりましたが第10話をお届けします。

著者の遅筆とずぼらな性格が相まって、読者諸氏のご期待を裏切るほどの遅くなった今回のアップですが、どうやって法廷内の様子を読み手側の読者諸氏に分かり易く伝えるかに、著者も試行錯誤を繰り返しました。

余計なことを書き過ぎてストーリーが冗長したり、文章が重くなったりで著者もストーリの構成に悩みました。新年度に向かう中で仕事も忙しいくて、なかなか読者諸氏にお見せできる文章が書けずに、著者も悩みました。

言い訳はともかくとして、第10話をお届けします。


さて、第10話ですが、沙和音の法廷での闘いや苦悩、そして麻未と室杜の関係に迫ってみました。

本話後半は、麻未が過去へ思いを寄せる人物についての回想を描いてみました。

何か、尻切れトンボみたいな終わり方ですが、時間的都合と折をみてもう少し加筆する予定でいます。


では、前書きが長くなりましたが、文章的に稚拙で拙い出来ですがどうぞご一読ください。


 春めいて来たといっても、まだまだ寒い日が続いている。寒波の影響により上空に低温をもたらした関東地方にも、雪が舞っている地域が広範囲に渡っていると、テレビのニュースが報じている。

 春一番が訪れた、一昨日の日中までは温かかったのにな、と沙和音はレンジで温めたカフェオレを啜りながら、窓の外を眺めて逡巡して呟いた。今は、次回の口頭弁論期日までに、裁判所に手提出する準備書面の作成に追われている状況だった。

 準備書面とは、訴訟当事者が口頭弁論で主張し陳述する予定の内容を記載した書面である。被告である良真の答弁書による嘘に対して、何を反論すればいいのかと、沙和音は次なる一手を探すことに奔走していた。

 会社では、麻未や眞理恵が励ましの言葉を掛けてくれることに、ちょっぴりと救われている気持ちが、今では沙和音の心の支えとなっていた。

 理奈も時間がある時には連絡を欠かさずくれるし、室杜も会社で顔を合わせば近況を訊いてくれて、何かとアドバイスをしてくれることに、沙和音は助けられていた。


 その相手って、ちょっと自惚れてんじゃあない?男ってさ、別れた女が今でも心のどこかで、自分に惚れてんじゃあないかってエゴイズムな考えを持ってたりさするし。そんなエゴでさ、女を舐めてると怖いってことを、痛烈に思い知らせてやればいいじゃあない。

 麻未の持つ男性観とでもいうのか時に、そんな言葉で男性心理を揶揄的に避難するのが、いかにも気の強い性格の麻未らしさを表していた。

 そんな人任せなのって、ただの陰弁慶じゃあない。司法書士に依頼して、自分は姿を消すなんて卑怯で最低な男だよ。

 眞理恵も憮然とした口調で、まるで自分の事の様に憤慨を露わにして、沙和音に同情の言葉を向けて励ましてくれる。

 人間は都合が悪い事は嘘を吐く生き物なんだ。だから社会内で生活している合理的市民として、市民間同士の紛争は裁判所の客観的立場による判断に解決を委ねようとする。裁判所としても、その訴訟当事者が絶対に嘘を吐かないと言うことは期待できない。

 自分に有利になろうとすることは例え、それが嘘だとしても、おいそれと法的制裁を科すことも裁判所としてはできないし、それこそ訴訟当事者の持つ自由な訴訟活動を阻害しかねないからね。だから、相手の訴訟活動に惑わせれることなく法律の正義を信じて立ち向かって行けば、必ず真実を有する者が法的保護で報われる。

 室杜らしい法理論を展開して、沙和音の気の迷いを正しい方向へと導いてくれる。

 冷静になって考えてみたら、確かに室杜の言うとおりだ。相手の嘘に惑わされて自分を見失っていては、何時までも迷路の中から抜け出せなくなる。

 悲観思考は捨て去って、これからは下に向けていた顔を上に向けて歩いて行こう。

 そう例えば、青空はみんな平等に与えてもらってるのだから、その青空を見上げないなんて、とてももったいないことだ。美しく綺麗に広がる夜空だって、悲しみを捨てるだけで終わらせていては、限りなく無数に輝く星の煌めきを失わせてしまう。

 自然から与えられた恩恵を受けないなんて、神様にとても失礼なことだ。それに、誰よりも努力し頑張った人だけに、勝利の女神がきっと素敵なプレゼントを授けてくれるはずだ。そのプレゼントを授かるのは、沙和音自身なのかそれとも良真が手中に収めるのか、これからの闘い方次第だろう。

 沙和音は作成中の準備書面の作業に戻って、ありったけの反論を書き綴り、その思いのたけけを書面上に乗せた。この苦労がやがて血肉になって、自分に返ってくることを祈ってだ。

 次回の口頭弁論期日が押し迫って来ている。保守に回るだけではなく、積極的に現状を打破して行くことが勝利の近道になると、ポジテブにモチベーションを高めて行くことが大切だ。

 言うなれば今は、嵐の前の静けさの様な独特の緊張感が、沙和音を包み込んでいる。それでも、台風一過の後の晴れ晴れとした天気の下に絶対に抜け出せると、自分を信じて邁進するしかない。

 相手の不意打ちの嘘になんて騙されないで、逆に正攻法で攻め落とすのが、今の沙和音の戦略となり得ることを願うばかりだった。

            

              *

 

 事件番号と当事者名を呼ばれて、法廷の中に入った沙和音は、静かに原告席に座った。

「原告は、2月26日付け準備書面の陳述ですね」

 はい、と沙和音は答えて裁判官の方へ頷きを返した。

「被告の方は代理人の方でよろしいですね。こちらも、3月8日付け準備書面陳述ですね」

 野間山が、はいと答えた。それから、少し垂れ気味の目で沙和音の方を一瞥した。

 歳の頃は40歳前半だろうか、中間管理職を思わせるような風格を漂わせているのは体格の良さからなのか、それとも法律家としての余裕が沙和音の眼にそう映させているのか、沙和音も毅然とした表情で野間山の一瞥に視線を、交差させた。

「被告は、乙1と乙2号証を提出されてますが、乙1が時計を購入した際の領収書と乙2が当時の預金通帳の写しで、普通に生活するに足る預金はあったというわけですな」

 野間山が裁判官の方へ、はいと2度ほど軽くと頷いた。

「では、原告は本日は甲1から3までの証拠の原本は持って来ていますか」

 はい、と沙和音は答えたものの、ちょっと躊躇いの顔を裁判官に向けた。原本といわれたので、良真とのライントークはスマホから書き起こした「反訳書」なので、どう答えていいものかと戸惑ったからだ。

「では、原告の方の証拠を取調べます」

 沙和音はトートーバックの中から、A4サイズの封筒を取り出した。封筒の口を開けて振り込み明細書と内容証明、配達証明のハガキを取出して、椅子から立ち上がった。

 沙和音の眼の前で、訴訟記録などの事務に携わる書記官が歩み寄って来た。沙和音が出した証拠の原本を「ではお預かりします」と、柔らかい口調で書記官が言ってから受取った。

「あっ、あの…反訳書は、この携帯電話に保存されてる内容なんですが…」

 沙和音はスマートホンを右手に持って、躊躇い気味に書記官に見せた。男性書記官が少し小難しい表情を作って、裁判官の方に顔を向けた。

「それは、今日は調べなくっていいでしょう。また時間のある時に取調べますので」

 裁判官は、やんわりとした口調と緩やかな眼差しで、沙和音を一瞥して言った。

 裁判官が振り込み明細書と内容証明に記載されてる内容、配達証明が原本であることを確認した。

 では、取調べましたので被告代理人の方も原本を見られますか、と裁判官が言ってから、証拠書類を再び書記官に手渡して、今度は被告席に座る野間山に渡した。

 野間山はファイルされた書類をペラペラと捲りながら、写しで提出されてる甲1甲2の証拠書類と見比べながらも、僅かな確認だけで書記官に返して意見を述べた。

「甲1は、〇〇銀行の振込明細で打刻日時などは認めますが、金額の点は答弁書主張のとおりです。甲2については、内容証明の余白にある印影は郵便局のものであることは認めますが、それ以外の記載内容と配達証明については不知ということになります」

「何れにしても、答弁書記載のとおり知らないということで、争うってことですな」

 裁判官が沙和音に解りやすく伝えるためか、野間山の述べた意見に言葉を足した。

 つまり野間山は、配達証明は裁判所に顕著な事実でも、その事実については知らないとして争う姿勢を示したことになる。

 書記官が沙和音の元へ、証拠書類を返しに歩み寄って来る。この一連の流れを終えてから裁判官が、さらに訴訟当事者に問いかける。

「では、被告の方の証拠については次回に取調べるとして、今後の双方の立証予定などを窺いますが、先ず原告の新堂さんはどのような予定でしょうか」

「はっ、はい。えっと、証人として知人をお願いします」

 いきなり裁判官から新堂さんは、と名前で振られてしまい、沙和音は焦りの声を発した。

「証人については、証拠申出書を提出してください。被告の方は他に立証予定はありますか」

「被告としては陳述書を、次回までに提出を予定します。それで本件は終結できるかと思料します」

 野間山は、沙和音には痛い核心部分を突いた。つまり、これ以上は審理を続けることは不要で、沙和音の請求を認めるに足る証拠はなく本件請求は失当として、速やかに棄却することを求めているのだ。

「では、原告の方も陳述書を提出してください。それから当事者尋問の必要性を判断して行きますから。書面は裁判所で読む都合もありますので、早めに提出してください」

 沙和音は、頷くしかなかった。本当は直ぐにでも理奈に証言させてもらいたい。  

 そう言う、思いからのもどかしさが沸いたとしても、全ては裁判官に委ねるしかないからだ。未知なる法廷内で1人では孤独な、まるで四面楚歌みたいなものだと、沙和音は思わざるを得ない。

「では、次回期日ですが…」

 裁判官が手元の書類をペラペラと捲り始めた。沙和音が法廷に入ってからこの間、僅か7~8分以内のやり取りで終えて、次回の口頭弁論期日を指定し始めた。

「原告被告とも、準備に1ヵ月ほど要するでしょうから、4月19日でいかがですか」 

 裁判官が沙和音の方に、ゆっくりとした一瞥をくれて言った。

「はっ、はい。私の方は大丈夫です…」

「被告代理人も、この期日でよろしいでしょうか」

 野間山が、裁判官の問いに頷きながら、大丈夫ですと答えた。時間は午前11時だ。

「それでは、本日の審理はこれで終わります。では、次の審理に移ります」

 廷吏職員が、次の審理の事件番号と当事者名を読み上げた。

 沙和音は空いていた一番後ろの傍聴席に座って、緊張の糸が解けるのを待った。その後ろを野間山がスタスタと、何事もなかったかの様に通り過ぎて法廷から出て行った。

 陳述書って、何を書けば良いんだろうか?と、沙和音は上の空になって考えてみた。

 目の前の法廷の中では、裁判官が原告と被告を嗜める様に「和解で解決できるように考えていきましょう」と、腕を組んで両者を交互に見比べていた。

 後で理奈に連絡をしないと、と考えあぐねてから法廷の扉を開けて、沙和音は裁判所を後にした。次回期日は、4月19日午前11時からだ。それまでに、陳述書と証拠申出書の宿題が、沙和音には残されている。


              *

 

 オフィス街にある蕎麦店のランチタイムは、サラリーマンなどに人気があり客足が絶えることなく、店内は混み合っていた。

「陳述書って、何よそれ?」

 麻未が蕎麦湯を啜りながら、訊き返した。眞理恵は風邪を理由に、今日は会社を休んでいた。察するに、昨日の仕事帰りにこれから友達と飲み行くのと言っていたので、恐らく羽目を外し過ぎた二日酔いのせいだろう。

「何ていうかネットで調べてみると、何時、誰に、どんな被害を被ったのかなどを具体的に記した書面で、それ自体が証拠となるって事らしいんだですけど…」

 お茶を軽く啜ってから、沙和音が答えた。

「室杜くんには、そのこと訊いてみた?」

 いえ、と言って、沙和音は首を軽く振った。

「それで、何を書けば良いのかを迷ってるわけだ」

「はい。私の言いたいことっていうのは、もう訴状に書いたとおりなんですよ」

「とにかく、一度室杜くんに相談してみたらどう」

「でも、室杜さんも忙しいでしょうし、私の個人的問題で迷惑をかけるのもどうかなって思うんですよ」

 沙和音は室杜に相談してみたいと思う反面、何か煮え切らないものが沙和音を迷わせていた。

「何でそんなに、気を遣う必要があるのよ。ただの会社の同僚じゃないの」

「そうなんですが、やはり奥さんに変な誤解を与えないっかて思うと、個人的な相談事のやり取りは控えた方がいいかなって思うし」

 沙和音が何か煮え切らないのは、室杜が既婚者だとの懸念からだ。

「奥さん?何よそれ」

 麻未が、ちょっとボケた表情で、疑問を呈してから微笑を浮かべた。

「えっ?だって前にラーメン店で奥さんにって、麻未さんが言ってたじゃないですか」

「何言ってるの。彼、今は独身よ」

「今は、ですか…?」

「そう、今はね…」

 麻未がさらに、クイズを出すような言葉で沙和音に疑問を付与した。

「どういう意味ですか。それって」

 沙和音は、何か釈然としない思いに駆られた。

「まあ、その話は時間があるときにゆっくりとね。それより室杜くんに話してごらんよ、陳述書やらのことって。蛇の道は蛇にって言うでしょう」

 麻未の、温厚誠実な性格と率直な意見に、沙和音はどう返事を返して良いものか、さらに迷いが生じた。

 蕎麦店を出て、会社の方へと歩く途中にあるコンビニに2人して立ち寄った。店内に入ると、室杜くんよ。ちょうどいいじゃないと、麻未が沙和音に耳打ちした。

「お昼、お弁当なの。室杜くんは」麻未がレジ付近にいた室杜に歩み寄って、訊いた。

「ちっよと、昼休みの時間がズレたので、簡単に済まそうと思ってね」

 苦笑交じりに、室杜は言ってから沙和音に気付いて、ああ、新堂さんも一緒と付け加えた。その後、レジ内の店員に、その肉まんも1つと室杜は言った。

「そう。あっ!肉まん食べたいな。たまには同僚の女性にもご馳走してよ」

 ちえっ、女のくせに食い意地が張ってらっと、ぼやきながらも後、肉まん2つも別にと、室杜は店員に伝えた。

 麻未に肉まん入りの袋を渡してから、室杜は沙和音に訊ねた。

「ところで新堂さんは先日、裁判所だったんじゃあ。その後はどう?」

「あっ、はい。順調です」沙和音はどうしても、室杜の前ではギクシャクしてしまうのだった。

「そのことなんだけどね、そこの喫食スペースでちょっと話をしたいのよ」

 どこまでも強引な、麻未のペースの口調に室杜も、タジタジとするしかなかった。

「俺、メシくわなきゃあ。後じゃダメかい」

「いいのよ。そこのスペースで食べれば。ちょっと、そこの空いてる席で待ってて。飲み物買って来るから」と、室杜が断りたくても断れ切れない状況を作り出す、麻未だった。


「陳述書って特に決まった書式はなかったと思うし、訴訟実務では良く使わる証書らしいのでね」

 弁当を食べ終えた後に、口に頬張った肉まんをコーラで流し込んでから、室杜は言った。

「だから具体的に、どんなことを書くかなのよ、問題なのは」

 最早、麻未は沙和音と室杜の架け橋となっている。

「私も、裁判官に陳述書を提出してくださいと言われただけで、ゴメンなさい」

「いや別に、新堂さんが俺に謝る必要はないんだけどさ。要は自分が実際に体験したことの具体的なことを簡潔に書けば良いと思うよ。つまり、訴状では明確に書けなかった体験談とか」

「例えば、どんな体験談よ」

「それは、まあ…例えば、何て言うか…」

 室杜は口を濁して、ちょっとした躊躇の吐息を吐いた。

「どうしたのよ?何だか浮かない顔になってるし」

 麻未のストレートな問い掛けに、いや、と言って室杜は首を軽く振ってから続けて言った。

「例えば、性的関係のこととかって、男女間の紛争では大切な問題だし」

 室杜は、言葉の表現に迷いつつも、冷や汗を掻くように観念したような口調で言った。

「そんなことが裁判に、何の関係があるのよ。案外デリカシーのないことを言うのね」

「いや、そうじゃないんだ。でも、そう言う事こそ男女間の付き合いで重要な要素だし」

「重要って、そんなことが?好きな人とそんな関係になっても自然的なことでしょう」

 麻未は、訝った表情を浮かべて言った。

 沙和音は室杜の表情を窺いながら以前、法律相談を受けた際に良真との性交の有無について重要なことだからと、冬樹ほのか弁護士に訊ねられたことを思い返した。

「大人の男女間の問題だからね。だから性的なことって法律的にも決して軽視できないし。ほら、例えば不倫問題なんかは不貞行為として慰謝料の請求も認められるし、そういう裁判では性交の有り無しって重要な意味を持つんだ。だから避けては通れないって事なんだ。男女間のトラブルに置いてはね」

 室杜は喉元に痞えていた言葉を吐き出して、乾いた喉にコーラを一気に流し込んだ。麻未は室杜の説得力ある説明に納得したのか表情を和らげて、なるほどねっと囁いた。

「やっぱり、重要なことなんですね。そういう事がとても」

 沙和音は気恥ずかしさを隠しつつも、室杜の説明を力なく肯定するしかなかった。

「それが、立証責任ってやつさ。簡単に言えば、原告の被った精神的苦痛を証拠を持って、裁判所に証明しなさいってことなんだ」

 なるほどっと、沙和音も麻未も、室杜の教示に口を揃えて頷いた。

「それに、陳述書は証拠とし提出できるメリットがあるし、それと陳述書を証人、つまり事件に利害のある第三者の関係人に書いてもらって、証拠とすることもできるしね」

 室杜は、さらに解けなかった空欄を埋めるように、補足の言葉を付け足した。

「ちょっと、室杜くん。それって要は陳述書を証拠として出すってことでしょう」

「そうなんだけど。例えば、新堂さんや他の証人の人が証言をする時間を短縮できるメリットがあるってこと。裁判所の審理には時間的都合もあるし、全てを証言することが難しいことも想定できるので、先に陳述書を出しておけば、時間的ロスや証言を漏らすリスクも回避できるのでね」

「じゃあさ、沙和音をサポートするって意味で、もっと沙和音に陳述書について詳しく教えてあげてよ」 麻未の突然の提案に、沙和音は飛び上がって驚きを現した。

「そんな無茶な話って、室杜さんも忙しいでしょうし、私なら大丈夫ですから麻未さん」

 慌てて、麻未の提案を掻い潜ろうとする、沙和音だった。

「そんなに遠慮しなくっていいってば。猫の手でも借りないよりましでしょうに」

 麻未は、何かを企んでいるよかのうな笑みを浮かべて、思惑を隠そうとした。

「そんな、失礼なこと。それに、室杜さんにも司法書士の勉強もあるでしょうから」

 咄嗟的に沙和音は、麻未の失言を訂正しようとフォローに回った。

「猫の手か、そう上手いこと言われちゃあね。その悪い性格って、治せないの清海ってさ?」

「何言ってるのよ。この性格が可愛いって言ってくれる男性が多いから、困ってるのよ」

 麻未は、何かのシグナルを送ったような目線で、室杜の顔を直視して言った。

 室杜は苦笑を浮かべ、麻未には勝てないなというよな視線で応戦した後、沙和音の方へ一瞥をくれた。それから腕時計を一瞥し、麻未に向かって言った。

「そろそろ会社に戻んないと、猫の手も会社にいないよりましだから」

「そっか。私たちも戻んないとね」と、素っ気なく麻未が言った。

「いろいろと、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 室杜の方へ軽く頭を垂れて、沙和音は麻未に変わって謝辞を述べた。

「別に、迷惑だと思ってないから。俺の方はね」

 そう言って、室杜は朗らかな笑を沙和音に向けた。

 いや、とにかく陳述書の記載についてはもっと詳しく詰めた方がいい。参考になる資料を探しておくから、それから作成に取りかっても遅くはないはずだから。

 室杜はそう言って、麻未に苦笑の一瞥を残しながら、先にコンビニを飛び出した。

 沙和音と麻未もコンビニを後にして、午後の仕事が待つ会社へと歩いた。


 沙和音と並んで歩く麻未は、思いに耽るかのような眼で空に流れ行く白い雲を見つめた。

室杜と初めて顔を合せたのは、大学一回生の初夏の季節を迎えた頃のことだった。室杜は三回生には見えない童顔で、他の年代の人と比べたらとても幼く映った。

 幼く映ったというより、眼差しに穢れがなく純真な瞳を持つ成年に麻未には見えた。

法学部に在籍する二歳上の幼馴染み、友乃ゆのから「彼氏よ」と紹介されたのが室杜だった。緩やかな丸い帯の輪郭に顔を赤らめて、照れ笑いを隠すように口元を結び頭部を掻いていた。

 誠実で真面目な性格の人間性は、少し面白味に欠ける。そのマイナス点を持ってだけでは、室杜の持つ人格までを否定することはできない。それでもこの人が、友乃の彼氏なんだ。この人なら信頼できる。友乃は素晴らしい人を選んだ。室杜を見た第一印象で、麻未はそう確信した。

 その室井を、素直に沙和音には受け止めて欲しいと、麻未は思い描いていた。同類の者はその事情に通じるものがある。仕事仲間としても室杜は高く評価できるし、会社からの信望の厚さに加え、教養と見識の高さを重ねて持ち合わせている。

 沙和音にとっては、躓いた恋に悩むよりか新しい恋をして、未来に向かって歩く方が良いに決まっている。疵ある恋がフリーズしたままの身も心も解き放ってこそ、瑕疵ある恋愛感は修復できる。

 その為に、麻未は今の沙和音を応援しているのだ。

 でも、私だったら立ち向かえるだろうか、沙和音のように。沙和音はひょっとして、私にはできないことをしているんじゃないだろうか。

 男と女の、ありふれた恋愛による摩訶不思議な、出来事のためだけに。

 

 沙和音が、思案顔に耽る麻未の横顔を覗き見るように言った。

 どうしたんですか、麻未さん?

 ううん。何でもないよ。それより午後からも嫌な仕事に励んで、お互い頑張ろう。

 そう言って、麻未は沙和音の右肩に軽くトンとタッチして笑いを交わして、頷き合った。


第11話につづく。

 

第11話については、現在も著者は頑張って執筆中です。

ですが、これから最終話に向かう関係で、どうしてもストーリーの修正に追われております。できる限り早めのアップを目指しますが、来月の5月初旬までズレ込むことも有り得ますので、読者諸氏におかれましても、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。


第11話の予告として、室杜の過去に迫りつつ沙和音が奮闘する法律面をサポートしていく様子を描いて行きます。

もう少し(後2~3話)で、完結予定ですので、もう少し読者諸氏にお付き合いして頂ければ幸いです。

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