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毒を啜るなら黒百合(ダークリリィ)と共に  作者: 3色あんこ


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15/15

第15話 毒を啜るなら黒百合と共に



 王国に、平穏が戻った。


 王宮を騒がせたニグルム侯爵の不正と、筆頭秘書官セルキス・キネンシスによる裏切り。

 それらの罪は明るみに出され、関係者の処分と財産の調査が進められていた。

 王都の街路には再び活気が戻り、市場には商人たちの声が響く。貴族たちは社交の場で王太子の手腕を称え、王宮では次代を担う若き王族への期待が語られていた。


 そして、王宮の大広間。

 銀色の髪に、エメラルドの瞳。

 王太子アシュレイン・ボルシギアナは、誰もが認める理想の王太子として、人々の前に立っていた。


 その隣には、黒髪に紅い瞳を持つ美しい婚約者、ヴェルシェリア・ポインセット。

 聡明で、気品に満ち、王太子を支えるにふさわしい公爵令嬢。

 2人が並び立つ姿は、まるで絵画から抜け出してきたかのようだった。


「殿下。本日はお忙しい中、お時間を賜りまして、誠にありがとうございます」


 貴族の一人が深々と頭を下げる。


「構わないよ。国を支える皆の声を聞くことも、私の務めだからね」


 アシュレインは柔らかく微笑んだ。

 その微笑みに、周囲の者たちは感嘆の息を漏らす。


「殿下は本当にお優しい方です」

「ヴェルシェリア様も、変わらずお美しい。まさに理想の婚約者同士ですわ」

「お二人がいらっしゃれば、この国の未来も安泰でしょう」


 称賛の言葉が、次々と2人へ注がれる。

 ヴェルシェリアは優雅に扇を広げ、目元を細めた。


「皆様のお言葉、ありがたく存じます。わたくしも、殿下のお力になれますよう、これからも努めてまいりますわ」

「君がいてくれるなら、私も心強いよ」


 アシュレインは彼女の手を取り、そっと指先に口づける。

 ヴェルシェリアの頬が、ほんのりと赤く染まった。

 それを見た貴族たちから、微笑ましいというような吐息が漏れる。


 誰もが思った。

 なんと仲睦まじい2人なのだろう。

 なんと美しい、理想の王太子とその婚約者なのだろう、と。

 その指先に口づけた男が、誰よりも冷徹な裁定を下す怪物であることを誰も知らない。


 その頬を染めた女が、誰よりも冷静に罪人を見定め、王国の暗部へ標的を送り出す怪物であることを。

 そして、2人が互いを愛するあまり、相手を傷つける者を決して許さないことを。

 人々の称賛を受けながら、2人は微笑み合う。

 まるで、何ひとつ秘密などないかのように。



◇


 その夜。

 王宮の地下深く。

 厚い石壁に囲まれた部屋には、7人の影が集っていた。

 中央の机には、数枚の報告書が置かれている。

 侯爵の失脚によって、ひとつの勢力は崩壊した。

 だが、王国から罪が消えたわけではない。

 むしろ、ひとつの闇を取り払ったことで、その奥に隠されていた新たな闇が姿を現し始めていた。


「王。新たな問題がございます」


 ソクラドが、報告書を机の中央へ滑らせた。


「ニグルム侯爵の関係者を調査する過程で、別の貴族へ資金が流れていたことが判明しました。表向きは合法的な寄付と投資ですが、資金の出所に不自然な点がございます」


 アシュレインは書類を手に取った。

 視線が、記された名前をなぞる。


「……なるほど」

「また、軍務局からも報告が上がっております。旧体制に関わっていた者の一部が、証拠隠滅を図っているようです」


 グロリアが腕を組み、険しい顔をした。


「まだ尻尾を掴ませない連中がいる。侯爵が倒れたからといって、全員が大人しく従うとは思えないな」

「教会の寄付金についても、調査を続けております」


 リンドウェルが静かに告げる。


「不正に関与した者の中には、罪を認めるどころか、責任を他者へ押しつけようとしている者もおります」

「王宮の警備については、引き続き警戒を怠りません」


 ローレンは短く言った。


「セルキスが残した命令書の中には、説明のつかない部分もある。まだ、終わってはいない」

「私も、倉庫と輸送経路をもう一度調べます」


 ライラが続けた。


「隠されているものがあるなら、見つけます」


 アシュレインは、5人の報告に耳を傾けていた。

 やがて、彼は隣に立つヴェルシェリアへ顔を向けた。


「王女。君の見解は?」


 ヴェルシェリアは、机上の書類を一瞥した。

 そして、ほんのわずかに微笑んだ。


「……処分が必要かと」


 その言葉に、誰も驚かなかった。

 黒百合にとって、それは特別な宣言ではない。

 彼らは、真実を集める。

 罪を見極める。

 そして、その罪を裁くべき王のもとへ届ける。

 ただ、それだけのことだった。

 アシュレインは書類を閉じた。


「そうか」


 彼は、ヴェルシェリアへ微笑み返した。


「では、今回も君の判断を聞こう。何を暴き、何を残すべきだと考える?」

「まずは、資金の流れをすべて明らかにいたしましょう。関係者の証言と記録を照合し、罪のない者まで巻き込まぬよう、慎重に調べる必要がございます」

「分かった。君の判断に任せよう」

「ありがとうございます、我が王」


 2人は微笑み合った。

 そのやり取りだけを見れば、互いを信頼する理想の婚約者同士にしか見えない。

 けれど、その会話の意味を理解する者は、この部屋にいる7人だけだった。


 ここから先に待つのは、華やかな舞踏会でも、称賛に満ちた社交界でもない。

 嘘と欲望が絡み合う、王国の暗闇。

 そして、その暗闇へ踏み込むことを、彼らは少しも恐れていなかった。



 ◇


 報告が終わり、5人が退出した後。

 地下の部屋には、アシュレインとヴェルシェリアだけが残された。

 灯火が揺れる。

 彼女は机の上の書類を整えながら、ふと口を開いた。


「殿下」

「なんだい?」

「くれぐれも、誰かに殺されなきよう」


 アシュレインは、一瞬だけ目を丸くした。

 それから、可笑しそうに笑った。


「何を言っているんだい?私が死ぬ時は、君に殺される時だけだよ」


 ヴェルシェリアは、嬉しそうに目を細めた。


「まあ、嬉しい。わたくしも殿下以外に殺されたくありませんわ」

「そう言って、すぐに無茶をするだろう?」


 アシュレインは彼女の手を取った。

 指を絡め、逃がさぬように握る。


「君は時々、自分がどれほど危険な場所にいるのかを忘れてしまう。もし私以外の誰かに殺されようものなら……いっそ、今この場で息の根を止めてしまってもいいんだよ?」


 その声は、ひどく優しかった。

 だからこそ、言葉の意味は恐ろしい。

 ヴェルシェリアは少しも怯えず、むしろ頬を染めた。


「まあ、熱烈ですわ。そうするのならば、わたくしもやぶさかではありませんわね」

「本当に、君という人は……」


 アシュレインは困ったように笑い、彼女の額へそっと口づけた。


「君を失うくらいなら、王冠などいらない。王国のすべてを捨てることになっても、君だけは手放したくない」

「存じておりますわ」


 ヴェルシェリアは、彼の胸元へ身を寄せた。


「そして、わたくしも同じです。殿下が王冠を失おうとも、王国を追われようとも、わたくしはあなたの隣におります」

「たとえ、地獄へ落ちることになっても?」

「ええ。喜んで」


 彼女は顔を上げ、赤い瞳で彼を見つめた。


「あなたが地獄へ向かうのなら、わたくしもご一緒いたします。あなたひとりに罪を背負わせるつもりなど、ございませんもの」


 アシュレインは、満足そうに微笑んだ。


「ならば、共に毒を啜ろう。君だけに罪を背負わせるつもりはない」

「ええ、もちろんですわ、愛しい人」


 ヴェルシェリアは彼の手を取り、恭しく口づけた。


「わたくしも、あなたと共に」


 2人は微笑み合った。

 互いの罪を知っている。

 互いの醜さを知っている。

 それでもなお、誰よりも深く愛している。

 彼らの愛は、清らかなだけのものではない。


 時に残酷で、時に身勝手で、時に王国さえも危険に晒しかねないほどに重い。

 けれど、二人はそれを恥じてはいなかった。

 相手が怪物であることを知っている。

 そして、自分もまた怪物であることを知っている。

 だからこそ、2人は決して手を離さない。


「ヴェルシェリア」

「はい、アシュレイン」

「もし、いつか私たちの行いが暴かれ、王国中から怪物と呼ばれる日が来たとしても」


 アシュレインは、彼女の手を持ち上げた。


「君は、私の隣にいてくれるかい?」


 ヴェルシェリアは、まるでそんな質問をされること自体が不思議だというように微笑んだ。


「もちろんですわ。わたくしは最初から、あなたの隣に立つと決めておりますもの」

「……そうだったね」

「それに」


 彼女は、少しだけ悪戯っぽく目を細めた。


「もしも殿下が、わたくしを裏切るようなことがあれば……その時は、わたくしがあなたを殺して差し上げますわ」

「ふふ。恐ろしい婚約者だ」

「お嫌いですか?」

「まさか」


 アシュレインは彼女の頬に触れた。


「君になら、喜んでこの命を預けよう」

「まあ」


 ヴェルシェリアは、心底嬉しそうに笑った。


「それでは、わたくしも殿下に命を預けなくてはなりませんわね」


 2人は、再び微笑み合った。

 そこには疑いも、迷いもなかった。

 いつか裏切るかもしれないという恐れではない。

 互いが決して裏切らないと知っているからこそ、口にできる言葉だった。


 2人にとって、互いの命は何よりも重い。

 そして、互いの手で終わることさえ、他の誰にも許さないほどの特別な意味を持っていた。

 やがて、ヴェルシェリアがそっと彼の手を握り直した。


「殿下」

「なんだい?」

「毒を啜るのなら、最後までご一緒いたしますわ」


 アシュレインは、彼女の額にもう一度口づけた。


「もちろんだよ。君となら、どんな毒も甘露に変わる」


 2人の笑い声が、静かな地下の部屋に溶けていく。



 ◇


 王国に平穏が戻った。

 人々は、王太子とその婚約者を称賛する。

 聡明で、優しく、理想的な王太子。

 気高く、美しく、未来の王妃にふさわしい公爵令嬢。

 2人は人々の期待に応え、微笑み、手を取り合い、王国の未来を照らしていく。

 その姿を見て、誰も疑わない。

 王宮の地下に、7人の怪物が集う場所があることを。

 その中心に、王国の未来を担う2人がいることを。

 そして、その2人が互いの罪を愛し、共に地獄へ向かう覚悟を決めていることを。


 彼らは、英雄ではない。

 聖人でもない。

 罪を犯さずに生きることのできる、清廉潔白な人間でもない。

 ただ、自分たちの選択から目を逸らさず、その結果を背負うと決めた者たちだ。


 黒百合は、今日も闇の中で咲いている。

 誰にも称えられず。

 誰にも赦されず。

 それでも、枯れることなく。


 答えが欲しいなら、その心の中に巣食う怪物をさらけ出し、我が王に祈り捧げよ。


 闇に咲く毒花──黒百合(ダークリリィ)


 貴殿がその毒を啜るのならば、黒百合と共に。

 その息の根が止まるまで、見届けよう。

読んでいただきありがとうございます!

夢で見た内容を小説にしたためました!

ハロウィンにピッタリなダークファンタジーにできたかと思います!

今後も他の小説を投稿しておりますので良かったら読んでいただけると嬉しいです!

ありがとうございました!

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