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第二話

 事件はその日の朝に起きた。


 学校につくなり池田くんが「マジか!」と叫んだ。


「どうしたの?」と尋ねると、池田くんは顔面蒼白になりながら鞄を指さした。


「……これ、オレのじゃねえ」

「え?」

「たぶん、朝ぶつかったあいつのだ」

「え、そんなことある!?」


 見ると確かにうちの学校の鞄ではなかった。

 よく似てるけど違う。


「マジかよ、最悪なんだけど」


 言いながら池田くんはゴソゴソと鞄の中をまさぐり始める。


「ちょ、池田くん!」

「なんだよ」

「まずいよ! あの子の鞄でしょ!?」

「だからなんだよ」

「プライバシー!」


 例え間違って持ってかれたとしても、他人の鞄を覗くのはよくない。

 でも池田くんは「オレの鞄を持ってったあいつが悪い」と言って、中に入っていた教材やらノートやらをごっそり机の上に出した。


「ふーん、あいつ坂田さかた金子かねこって言うのか。坂田金時みたいな名前だな」


 申し訳ないが、僕は「名前まで金太郎みたいだな」と思ったことは内緒にしておこう。


「お! 北川、見ろよ! あいつ聖林せいりん女学園の生徒会長補佐やってるぞ! どれだけ偉いか分からんが」

「もうやめようよ。さすがに申し訳ないよ」

「しかもオレたちと同じ高校2年だって! 大学受験ではライバルだな!」

「そりゃ同じ大学に行くならね」

「日記帳もあるぞ? なになに? 『○月×日、晴れ。今日は大好きな王子様を見かけました。やっぱりいつ見てもかっこ良くてさわやかで私の心の栄養剤。もう大好き! この想いが届けば良いのに』」


 ……うん、これは確実にヤバいやつだ。


「ね、ねえ、さすがに日記帳は良くないと思う」

「まあ待て。坂田金子ってヤツにこの鞄を返すにしても、もっとあいつのことを知っとかないと」


 池田くんは完全に面白がっていた。

 まあ、僕も興味がないと言えばウソになる。


「『○月×日、晴れ。今日も遅刻しそうになった。生徒会の仕事なんて放課後やればいいのに、なんで朝からやるんだろう、意味不明。でもそのおかげでまた王子様に会えた。超ラッキー』」


 王子様って誰だろう。

 文面からして彼女の登校中に遭遇する人物のようだけど。


「『○月×日、雨。今日の天気は私の心。あれ以来、王子様を見かけない。どこに行ったの? どうして現れてくれないの? もしかして私の知らない遠い世界に行ってしまったのかしら。ああ! だとしたら、もう二度と……。私はもう、ダメみたい』」


 重いのきたな、と思ったら池田くんはクスクスと笑い出した。


「見ろよ、北川。この女、こんな日記書いておきながら落書きしてるぞ」


 差し出された部分を見てみると、お世辞にも上手とはいえないイラストで、男と女が口を付き合わせてチューしてる絵が描いてあった。

 そして横には「キャッキャウフフ成分、補給中」と書かれている。



 ……意外と大丈夫そうだ。



「おもしれー女だな」

「よくわかんない子だね」


 

 少女マンガの「おもしれー女」とはだいぶベクトルが違うが、特異な子なのは確かだ。

 まあ、朝から食パン加えて走ってる時点で普通じゃないけど。


「『○月×日、晴れ』」

「まだ読むの!? さすがにもうよそうよ」

「まあまあ、最後だ、最後。これだけ読んだらやめるから」


 完全に面白がってる池田くんは、次の日の日記を読み始めた。


「『やった! 会えた! 数日ぶりの王子様! 今日も凜々しくてカッコイイ。キラキラと眩しくて太陽みたい。きっと彼は太陽の申し子なんだわ。彼と私が同じ時代に生まれたことに感謝します』」

「会えたんだ、よかったね」

「待て、まだ続きがあるぞ? 『でも毎回、朝にしか会えないのがツラい。彼への想いは日に日に募っていくのに。鶯東うぐいすひがし高校に転校しようかしら』」

「鶯東!?」


 鶯東高校といったら、僕らの通うこの高校だ。

 だとしたら彼女の言う「王子様」はこの高校の生徒ということになる。


「ち、ちょっと待って。この子、うちの高校の生徒に恋してんの?」

「みたいだな」

「朝しか会えないみたいだけど……」


 なんとなく。

 なんとなくだけど、池田くんのことのような気がしてきた。


 朝あんなんだったのは、もしかして照れていたとか?

 焦りすぎてテンパっていたとか?


「面白くなってきたな」

「……いや、面白くはない」


 どこに面白い要素があるんだろう。


「とにかく、これでこの坂田金子ってヤツをゆすれるな」

「ゆするなよ」

「いいや、朝のあの態度からしたら絶対オレに難癖をつけてくるはずだ。日記帳のことを話したらきっとおとなしくなるはずさ」


 逆にテンパりすぎておかしくならない?

 自分の王子様に日記の内容読まれたなんて知ったら、僕なら普通に死ねる。


「ま、いいや。今日の放課後、届けに行こう」

「授業は受けるんだ。教科書もノートも筆記用具もないのに」

「学生の本分は勉学だ。サボるわけに行くか」


 こういうところは変に真面目なんだよな。

 幸い(?)使ってる教材は一部同じのようだし。


 池田くんは教科書をパラパラとめくると「ゴフッ」とむせた。


「こ、こいつ……。見ろよ、北川」

「なに?」


 見ると、歴史の教科書の偉人のイラストに黒マジックでヒゲとホクロを付け足して「えんがちょ、えんがちょ」という謎の吹き出しをつけていた。

 思わず僕も笑いを堪える。


「……授業中、何してるん? こいつ」

「やめて、言わないで……」


 格式高い名門女学園の生徒(しかも生徒会長補佐)が授業中に落書きしてるなんて……。


「おもしれー女だな」


 不本意ながら池田くんの言葉に激しく同意した。




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