第十二話
「おー、よちよち。怖くなーい、怖くなーい。こっちおいでー」
朝。
池田くんと登校していると、いつもの場所で坂田さんが地面に落ちたビニール袋に話しかけていた。
「大丈夫、怖くないから。ちゅちゅちゅちゅ」
動物をなだめるかのように話しかける坂田さんを見て、池田くんがそっと僕に言った。
「……なあ、あれ何してんだ?」
「……たぶんだけど、落ちてるビニール袋を猫と勘違いしてるんじゃないかな?」
遠目から見ると猫に見えないでもない絶妙な形のビニール袋。
僕も最初は一瞬、猫に話しかけてるのかと思った。
「じゃあ、あいつビニール袋と気づかずに話しかけてんの?」
やべ、ウケる。と池田くんが笑う。
「ほら、怖くなーい、怖くなーい」
さすがにいたたまれなくなったので、坂田さんに挨拶をした。
「おはよう坂田さん」
「あ、おはよう北川くん。今ね、ここに猫が……」
僕らに視線を移したからか、改めて顔を向けた坂田さんは話しかけていた対象がビニール袋だと気づいたようでピタッと固まった。
「猫がなんだって?」
池田くんが笑いを堪えながら尋ねる。
「ぷぷぷ、もしかしてそのビニール袋、猫だと思ってた?」
「笑っちゃ悪いよ、池田くん」
「ぷぷぷぷ、もしかして? そのビニール袋が? 猫に見えたんですかー? ぷーすぷすぷすぷす……うぎゃっ!」
意地の悪さが発揮されてる池田くんに、坂田さんは「うっさい!」と叫びながらかかと落としを食らわしていた。怖。
「さっきまでここに猫がいたのよ! それがいつの間にかビニール袋に変わってたの!」
それはさすがに無理がある。
「だって考えてもご覧なさい。こんなコンビニもスーパーもない場所でビニール袋だけが道ばたに落ちてるなんてあり得る? これは誰かの陰謀だわ」
何の変哲もない道ばたにビニール袋が落ちてるのはよくあることだ。よくないことだけど。
「きっと私に猫をとられまいと誰かが仕組んだに違いないわね」
誰がいつどうやって仕掛けたんだろう……。
それにしても坂田さんはいつにも増して饒舌だ。
「バカか。誰がいつどうやって仕掛けるんだよ」
池田くんが僕と同じ疑問をストレートにぶつける。
こういうところはさすが池田くんだ。僕も見習いたい。たまに言い過ぎな部分もあるけど。
「誰がいつって、三丁目の田中さんとか?」
「誰だよ!」
「田中さんって、猫好きだし」
「だから誰だよ!」
夫婦漫才が始まりそうだったので僕は「まあまあ」と言ってビニール袋を手に取った。
見て見ぬフリはできないからゴミを拾って行こうと思ったのだ。
しかし、ビニール袋を拾い上げたら──。
「にゃ」
猫がいた。
(ぬおおおおおおおおおお!?)
思わず大きい声が出てしまった。(心の中で)
ビニール袋の裏で子猫がうずくまっていたのだ。
「い、池田くん。猫がいる……」
「は?」
「わあー! かわいい!」
子猫は怯える様子もなく僕らを見上げている。というか弱ってる感じ?
「ほら見なさい。猫がいたでしょう」
とたんにドヤる坂田さん。
こればっかりは反論のしようがない。偶然だったとしても。
「っていうか、こいつどうしたんだ?」
「捨て猫かな? 野良猫の子どもかもしれないけど」
白い子猫は、「にゃーにゃー」鳴きながら助けを求めてるように見える。
「どうしよう。学校には連れて行けないし」
「交番に届けるか?」
「バッカじゃないの? 猫を交番に届けるとか、頭にウジでも沸いてんの?」
坂田さんが辛辣な言葉を投げかける。
うん、確かに交番ではないかな。
「いいわ、この子、私がなんとかする」
「なんとかって?」
「三丁目の田中さんに預けてくる」
ほんとにいたんだ、三丁目の田中さん。
坂田さんは子猫をひょいっと拾い上げると「それじゃ」と言いながら猛ダッシュで走り去って行った。
途中で「ぎゃー、引っ掻くなー!」という叫び声が聞こえてたけど、大丈夫かな。
後日、拾った子猫は三丁目の田中さんが引き取ることにしたようだ。
めでたしめでたし……なのか?




