第十三話
「北川きゅーん! おはようごじゃいまーしゅ! 今日も良い天気でしゅねー!」
ある朝のことだ。
坂田さんがとびきりの笑顔でとんでもない噛み方をしながら挨拶をしてきた。
「お、おはよう、坂田さん。どうしたの? そのしゃべり方」
「はわわ! なんでもないでしゅ! ちょっと盛大に噛んでるだけでしゅ!」
噛んでるというレベルじゃないんだけど……。
「か、噛んでるの?」
「はい! 噛んでましゅ!」
噛んでることをわざわざ笑顔で伝えるところにあざとさを感じる。
なんていうか、人によっては殺意を抱くレベルだと思う。
「ほら、私ってちょっとおっちょこちょいでドジっ子だから、しゃべり方も可愛くなっちゃって……」
上目遣いでかわいこぶりっ子する坂田さんには恐怖しか感じない。
何があったんだ、彼女の身に。
当然、横にいた池田くんが「おい」と声をかけた。
「どうしたんだ? ついに気でも触れたか?」
坂田さんは池田くんをキッと睨み付け、「黙れ、この生ゴミ生ゴメ生卵野郎が!」と罵った。それはもう、綺麗な早口言葉で。
「怖っ! こいつ、怖っ!」
ひええ、と震えながら僕の後ろに隠れる池田くん。
できるなら僕も池田くんの後ろに隠れたい……。
「さ、坂田さん、本当に何があったの?」
「えー? 何もないよ? 北川きゅんと朝から出会えて嬉しいだけー。……あ、間違えた。嬉ちゅいだきゅえー」
わざわざ言い直して噛まなくても……。
っていうか、「嬉ちゅいだきゅえ」は噛んでるのか?
すると池田くんが坂田さんの鞄から変な雑誌を見つけて叫んだ。
「お、おい北川! 見ろよ、こいつ『男に気に入られる100の方法』って本持ってるぞ!」
「え?」
池田くんが指さす先、そこにはキラキラした男がキラキラした表情で女の子に壁ドンしてる表紙の雑誌が無造作に入れられていた。外から丸見えなのが驚きなんですけど……。
タイトルは『男に気に入られる100の方法』で、『噛んでる女の子はみんな大好きだぞ!』という大きな見出しがつけられていた。
そうか、そういうことか。
坂田さんはこれを見て「噛んでる女の子」を演じようとしたわけか。
ビックリするくらい何も感じなかったけど。むしろ怖かったけど。
「だーっはっはっは! おま、こんなの読んでんの!? その時点でないわー! こういうのは天然でやるからいいんだよ!」
池田くんが池田くんらしく大笑いしながら坂田さんをバカにする。
でも僕はいつもの坂田さんで少しホッとした。
てっきり何かに操られてるのかと思った……。
そんな坂田さんは池田くんにバカにされたからか、「むー!」と唸りながらかかと落としをお見舞いしていた。
……あ、ごめん。
やっぱちょっと怖いです。
その後、坂田さんは「やっぱりわざと噛むのって変だよね」と聞いてきたので「うん、わざと噛むのは変だと思いましゅ……」と盛大に噛みながら答えてあげた。
僕の方が噛むんかーい!




