第十一話
「そういえば池田くんって下の名前はなんて言うの?」
そういえばという表現がこれほど当てはまらないことはないだろう。
坂田さんと出会って早二ヶ月。
いまさら。
本当にいまさらながら、坂田さんは池田くんの下の名前を聞いてきた。
そういえば名乗ってなかった気がする。
僕にとってもいまさらな感じだ。
「北川くんの下の名前は知ってるけど、池田くんの下の名前は知らないから」
……ちょっと待って。なんで僕の名前は知ってるの? 怖いんだけど。
「北川くんって下の名前、大明神でしょ?」
「違うよ」
0.1秒で否定した。
確かに最初はそう呼ばれてたけど。
「あ、違った違った。大明神“様”だった」
「違うね」
様がついてようがついてなかろうが、僕の名前は大明神ではない。
「え!? もしかして北川くん、下の名前“王子様”? 素敵……!!」
「王子様でもないよ」
「じゃあ、お殿様?」
この子はなんで敬称で呼ぼうとするんだろう。
北川お殿様なんて名前、普通ないでしょ。
「拓哉だよ。北川拓哉」
「北川……お殿様?」
なんでだよ。
「ああ、違った! 拓哉様ね、拓哉様!」
「様はいらないんだけど……」
「うふふ、北川拓哉くん。良い名前ね。キタタクって呼ぼうかしら」
それはやめて!
「うふふふ、キタタク~♡」
身体をくねくねさせながら猫なで声で名前を連呼する坂田さん。
正直、語呂は悪いし「キタク部」ってバカにされてたし、あまりいい印象はない。
まあ、そのうち普通に戻るだろうからこのままにしておこう。
その時、池田くんがいつものように坂田さんに声をかけた。
「おい、坂田。オレの名前知りたいんだろ? 教えてやらないでもないが、まずはヒントを出すから当てて見ろ」
いい遊びを見つけたとばかりに不敵な笑みを浮かべる池田くん。
学校の女の子たちならワーキャー言うほどの顔面偏差値なんだけど、やっぱり坂田さんには効果がないようで。
「あ、ごめん。急速に興味なくなったからいいや」とのたまった。
「な……! てめえが下の名前教えてくれって言ったんだろうが!」
「あ、うん。最初はそう言ったんだけど、よくよく考えたら一ミリも興味なかったなって思って」
すごい、すごいよ坂田さん。
この不遜な態度、ある意味尊敬するよ。
「おい、北川。こいつ殺そうか?」
「うん、朝から物騒なこと言うのやめてね」
「いいか、よく聞け坂田! オレの名前はなぁ!」
「あ、キタタク、見て見て。蝶蝶」
「蝶蝶なんてどうでもいいわ、コラ!」
坂田さん、本当に池田くんに興味ないんだな。
あまりに激しく池田くんが地団駄踏むもんだから、坂田さんは「はあ」とため息をついて言った。
「わかったわかった。聞いてあげるわよ。池田くんの下の名前はなーんだ?」
冒頭の「教えて」からの「聞いてあげる」
坂田さんは交渉術においてスペシャリストになれるかもしれない。
いや、逆に相手を怒らせるか。
池田くんはプンスカしながらも坂田さんに教えてあげた。
「龍夜だ! 池田龍夜」
「なにそれ源氏名?」
「本名だよ!」
まあ、確かに池田くんの下の名前は源氏名に間違われやすいけど。
「いい名前だろ? 池田龍夜」
ふふん、とドヤ顔を見せる池田くん。
どうやら自分の名前を大層気に入ってるようだ。まあ、あまりいないもんね。「龍夜」なんて。
「いい名前かどうかは置いといて、池田くんの下の名前は覚えたわ」
「そうかそうか。じゃあ今度からオレのことは龍夜様もしくはドラゴンナイト様と……」
「池田ブタ野郎くんね」
「ブタ野郎じゃねえわーーーー!」
池田くんをブタ野郎呼ばわりできるのは坂田さんくらいだな、と思った。




