表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢として追放された私、辺境の公爵様に溺愛されています〜趣味の魔法薬作りが本物の聖女の力だったと気づいてももう遅い〜  作者: 黒崎隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/15

第8話「活気づく街と不器用な掌」

 馬車の車輪が石畳を転がる音が、いつになく軽やかに響いている。

 厚い雪に覆われていた北の領地の道は、ルミナが散布を指示した浄化の薬の効果によって急速に雪解けを迎え、本来の黒々とした土の表面をのぞかせていた。

 窓ガラスの向こうには、灰色の空の隙間から薄い水色が広がり、太陽の光が濡れた石畳に反射して眩しい光を放っている。

 ルミナは馬車の座席に背を預け、流れていく景色を静かに見つめていた。

 彼女の膝の上には、ヴィンセントから贈られた純白の毛皮の手袋が丁寧に揃えて置かれている。

 向かいの席には、ヴィンセントが腕を組んで座っている。

 彼は窓の外を見るでもなく、ただルミナの横顔を真っ直ぐに見据えていた。

 その視線には、隠そうともしない強い熱が宿っているが、ルミナは外の景色に気を取られているふりをして、彼と目を合わせることを避けている。

 やがて馬車は速度を落とし、領地の中心にある街の広場へと到着する。

 御者が扉を開けると、冷たい風と共に、土の匂いと人々の活気に満ちた声が馬車のなかに飛び込んでくる。

 ヴィンセントが先に降り立ち、ルミナに向かって大きな手を差し出す。

 ルミナは一瞬躊躇するが、彼の手のひらに自分の指先を乗せる。

 彼の手は剣ダコで硬く、そして信じられないほど温かい。

 ルミナの足が石畳に触れるまで、その手は決して彼女の指を離そうとはしなかった。

 広場に足を踏み入れたルミナは、目の前に広がる光景に息を呑む。

 数週間前にこの街を通ったときは、呪いの霧の影響で人々は家に閉じこもり、建物は黒ずんで活気を失っていた。

 しかし今は違う。

 広場には木箱を並べた屋台が立ち並び、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、香草と共に焼かれる肉の匂いが空腹を誘うように漂っている。

 人々の顔からは陰鬱な影が消え、子供たちが土の露出した地面を走り回って甲高い笑い声を上げている。


「領主様だ! 公爵様がいらっしゃったぞ!」


 一人の商人が声を上げると、周囲の人々が次々とヴィンセントたちの周囲に集まってくる。

 彼らの顔には、恐れではなく深い敬愛の色が浮かんでいる。


「公爵様、見てくだされ。裏の畑の土が、あの黒い泥から元の豊かな土に戻ったのです。これで春には種がまけます」


 日焼けした顔の農夫が、帽子を胸に当てて深く頭を下げる。

 ヴィンセントは頷き、その隣に立つルミナへと視線を向ける。


「私に礼を言う必要はない。この土地を救ったのは、ここにいる私の妻、ルミナの力だ」


 ヴィンセントの声が広場に響き渡ると、人々の視線が一斉にルミナへと集まる。

 ルミナは驚きで肩をすくませ、ヴィンセントの黒い外套の影に隠れるように半歩下がる。

 王都では、彼女がどれほど努力して薬を作っても、その功績はすべてミレイのものとされ、ルミナ自身はただの裏方として日陰に追いやられていた。

 大勢の人の前で自分の功績を認められ、感謝の視線を向けられることなど、一度も経験したことがない。


「奥様、本当にありがとうございます」


 一人の年老いた女性が歩み寄り、ルミナの冷えた手を両手で包み込む。

 その手はひどく荒れていたが、涙を浮かべて感謝を伝える声には、嘘偽りのない温かさがあった。


「孫が霧の病で寝込んでいたのですが、城から配られた青いお薬を飲ませたら、すっかり熱が下がりまして。奥様は、北の地の救い主です」


 次々と投げかけられる感謝の言葉に、ルミナの胸の奥が熱くなり、視界がじんわりと滲んでくる。

 自分の作った薬が、本当に人々の命を救い、生活を取り戻させている。

 その事実が、凍りついていたルミナの心を内側から激しく揺さぶる。

 彼女はどう答えていいかわからず、ただ小さく何度も頭を下げることしかできない。

 そのとき、ヴィンセントの大きな手が、ルミナの背中にそっと添えられる。

 厚い衣服越しに伝わるその手の温もりが、戸惑うルミナに静かな安心感を与えてくれる。


「君が成し遂げたことだ。堂々と胸を張ればいい」


 ヴィンセントの低い声が、耳元に優しく響く。

 ルミナが顔を上げると、ヴィンセントは誇らしげな瞳で彼女を見つめ返していた。

 その瞳の奥にある真っ直ぐな光は、ただの雇用主が道具に向けるものではない。

 それは、一人の人間として、深く愛おしいものを慈しむ視線そのものだった。

 ルミナの胸が、不規則なリズムを刻み始める。

 王都で植え付けられた無価値感という硬い殻に、確かな亀裂が走る音がした。

 冷たい風が吹き抜ける広場で、ルミナは背中に添えられた彼の手の熱から逃れることができず、ただ自分の感情の波に溺れそうになるのを必死に堪えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ