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悪役令嬢として追放された私、辺境の公爵様に溺愛されています〜趣味の魔法薬作りが本物の聖女の力だったと気づいてももう遅い〜  作者: 黒崎隼人


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第13話「雪解けの大地と永遠の誓い」

 南に位置する王都の空は、厚く濁った灰色の雲にすっぽりと覆われている。

 かつて栄華を極めた大通りは、今やひび割れた石畳と乾燥しきった土くれが散乱する荒涼たる風景へと変わり果てていた。

 吹き抜ける風は砂埃を巻き上げ、人々の乾ききった喉をさらに容赦なく痛めつけている。

 水路を満たしていた澄んだ水はすっかり干上がり、底にこびりついた暗緑色の苔が腐敗の匂いを微かに放っている。

 王城の奥深く、豪華な装飾が施された執務室のなかで、王太子セインは頭を抱えて重厚なマホガニーの机に突っ伏していた。

 彼の金色の髪は油にまみれて光沢を失い、青い瞳の奥には焦燥と恐怖だけが色濃く沈殿している。

 部屋の隅では、豪華なドレスの裾を汚したミレイが、爪を噛みながら小刻みに震えている。

 彼女の口から紡がれる祈りの言葉はただの空虚な音の羅列にすぎず、枯れた大地を潤す力など最初から一滴も持ち合わせてはいなかった。

 ルミナを追放したことで失われた大地の加護は、彼らの権威と生活の基盤を根底から崩し去っていた。

 もはや民衆の怒りは限界を超え、城門の外からは暴動の足音が地鳴りのように響いてくる。

 真実の力を持つ者を見極められず、己の虚栄心と浅はかな欲望に溺れた二人は、自分たちが作り出した泥濘のなかで静かに没落のときを待つことしかできなかった。


◆ ◆ ◆


 王都の崩壊の知らせは、早馬によって北の辺境にも届けられた。

 書斎の窓辺に立つルミナは、届いたばかりの報告書を机に置き、静かに外の景色へと視線を移す。

 彼女の胸に去来するのは、勝利の喜びでも、かつての婚約者たちへの嘲笑でもない。

 過去の冷たい記憶が完全に遠い異国の出来事のように切り離され、ただ静かな水面のような平穏だけが心を満たしている。

 窓ガラス越しに広がる北の領地は、長い冬の眠りから目覚め、劇的な変化のときを迎えていた。

 分厚く大地を覆っていた雪は完全に姿を消し、黒々とした豊かな土壌が太陽の光を吸い込んで温かな湯気を微かに立ち上らせている。

 枯れ木のように見えた針葉樹の枝先からは、鮮やかな翡翠色の新芽がいっせいに顔を出し、風に揺れるたびに生命の息吹を視覚的に伝えてくる。

 ルミナが調合した浄化の薬は、呪いの霧を消し去るだけでなく、この土地が本来持っていた豊饒の力を内側から引き出していた。

 背後から、静かで一定のリズムを刻む靴音が近づいてくる。

 ルミナが振り返ると、執務を終えたヴィンセントが穏やかな視線をこちらに向けていた。

 彼の纏う空気は、冬の張り詰めた冷気から、春の柔らかな日差しのような温もりへと変化している。

 ヴィンセントはルミナの隣に立ち、彼女と同じように窓の外の景色を見下ろす。


「領民たちが、春の種まきの準備を始めている」


 彼の低い声は、深い安堵と喜びを含んで響く。


「これもすべて、君がこの土地に命を吹き込んでくれたおかげだ。私の妻は、北の地にとって何よりも尊い光だ」


 ルミナは少しだけ頬を染め、視線を足元の絨毯に落とす。


「私はただ、自分にできることをしただけです。あなたが私を信じ、守れる環境を与えてくださったからこそ、薬を完成させることができたのです」


 ヴィンセントはゆっくりと手を伸ばし、ルミナの肩を抱き寄せる。

 彼の大きな手から伝わる熱が、薄手の春物のドレスを通してルミナの肌に直接触れているかのように温かい。

 ルミナは抵抗することなく彼の胸に体を預け、その清潔な森の匂いを深く吸い込む。

 かつては他人の好意を計算や裏のあるものだと疑い、心を閉ざしていた自分が嘘のように思える。

 ヴィンセントの不器用で誠実な愛情は、ルミナの心の奥底にこびりついていた無価値感という氷を一つ残らず溶かし去っていた。

 夜になり、二人は広大な寝室にある暖炉の前で静かな時間を過ごしていた。

 燃える薪が赤い火の粉を散らし、香ばしい木の香りが部屋を満たしている。

 ルミナはヴィンセントの膝の間に座り、彼の大きな背中にもたれかかっている。

 ヴィンセントの腕がルミナの腰をしっかりと抱きしめ、彼の規則正しい心音がルミナの背中を通して伝わってくる。

 窓の外からは、雪解け水が小川となって流れる微かなせせらぎの音が聞こえる。

 ルミナは自分の手をヴィンセントの手に重ね、その硬いタコのある指先をなぞる。

 剣を振り、領地を守り抜いてきたその手が、自分だけには驚くほど優しく触れてくれることがたまらなく愛おしい。


「王都のこと、後悔はしていないか」


 ヴィンセントがルミナの耳元で静かに尋ねる。

 その声には、彼女の心を少しでも曇らせるものがないかを気遣う深い愛情が滲んでいる。


「全くありません。あそこには、私の居場所は最初からなかったのです」


 ルミナは彼の手を強く握り返し、迷いのない声で答える。


「私の居場所は、あなたが隣にいてくれるこの場所だけです」


 ヴィンセントはルミナの言葉に短く息を呑み、腕の力を少しだけ強める。

 彼はルミナの肩に顎を乗せ、彼女の髪の香りを吸い込むように深く呼吸をする。


「私にとっても、君がいない世界などもう考えられない。君がこの手に温もりを与え、冷え切っていた私の心を溶かしてくれた」


 二人の間に言葉はもう必要なかった。

 燃える暖炉の光が二人の影を一つに重ね合わせ、部屋の壁に柔らかく映し出している。

 契約という名目で始まった関係は、数々のすれ違いと痛みを経て、偽りのない深い絆へと昇華された。

 ルミナは静かに目を閉じ、彼から与えられる無限の愛情を全身で受け入れる。

 心から結ばれた二人の穏やかで満ち足りた結末が、この北の大地に静かに、そして確実に根を下ろした瞬間だった。

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