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悪役令嬢として追放された私、辺境の公爵様に溺愛されています〜趣味の魔法薬作りが本物の聖女の力だったと気づいてももう遅い〜  作者: 黒崎隼人


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第12話「契約の終わりと真実の熱」

 使者が逃げ去り、重厚な扉が完全に閉ざされた広間には、深い静寂だけが残されている。

 燃え残った燭台の火が微かに揺れ、石畳の上に柔らかな影を落としている。

 張り詰めていた空気がゆっくりと解けていくなか、ブランが大きく息を吐き出す。

 巨大な白い獣はルミナの足元に鼻先をすり寄せ、安心させるように低く喉を鳴らした後、二人の空間を邪魔しないように、音もなく回廊の奥へと姿を消していった。

 広間には、ルミナとヴィンセントの二人だけが残される。

 ヴィンセントはゆっくりと振り返り、ルミナのほうへと向き直る。

 彼の靴音が石畳を叩く音が、一つ、また一つと近づいてくる。

 ルミナは涙で視界を滲ませながらも、歩み寄ってくる彼の姿から目を逸らすことができない。

 ヴィンセントはルミナの目の前で立ち止まると、右手に嵌めていた黒い革手袋を静かに引き抜く。

 革がこすれる微かな音が響き、剣を握り続けてきたことによってできた硬いタコのある、大きく節立った手が現れる。

 彼はその素手をゆっくりと伸ばし、ルミナの冷え切った頬にそっと触れる。


「……怖い思いをさせて、すまなかった」


 先ほどの氷のような冷酷さは完全に消え失せ、彼の声はひび割れそうなほど優しく、深い響きを帯びている。

 頬に触れた彼の手のひらからは、信じられないほどの熱が伝わってくる。

 冬の外気で凍えきっていたルミナの皮膚が、その熱によって内側からじんわりと溶かされていく。


「いいえ……ありがとうございます。私を、守ってくださって」


 ルミナの声は震え、途切れ途切れにしか言葉を紡ぐことができない。

 彼女は自分の頬に添えられた彼の手の上に、かじかんだ自分の手を重ねる。

 彼の体温を少しでも多く感じ取ろうとするように、無意識のうちに指先に力がこもる。


「君を庇護するのは、雇用主としての義務だからではない」


 ヴィンセントの言葉に、ルミナは弾かれたように視線を上げる。

 彼の深い青い瞳は、真っ直ぐにルミナの瞳の奥を見透かすように捉えている。


「王都で君に契約を持ちかけたときは、確かに君の作る薬の力が必要だった。だが、この領地で共に過ごすうちに、私の目には君の違う姿ばかりが映るようになった」


 ヴィンセントの親指が、ルミナの頬を伝う涙の痕を静かに拭う。


「朝早くから冷たい調合室で薬草をすりつぶす真摯な横顔。傷ついたブランを労わり、泥にまみれることを厭わずに看病する優しい手。冷たい雪に足を取られながらも、領民のために必死に森を歩く真っ直ぐな背中。……私は、そんな君のすべてに惹かれていた」


 胸の奥にしまい込んでいた言葉を一つ一つ取り出すように、ヴィンセントは静かに、しかし確かな熱を持って語り続ける。

 ルミナの脳内で、自分を縛り付けていた過去の亡霊たちが、彼の言葉の熱によって次々と溶け去っていく。

 誰も自分を見てくれない、誰からも必要とされないという呪いが、音を立てて崩れ落ちる。


「ルミナ。契約としての結婚は、今日で終わりにしよう」


 その言葉に一瞬だけ心臓が止まりそうになるが、ヴィンセントの瞳に宿る熱は、そんな不安を即座に焼き尽くす。

 彼はルミナの前に片膝をつき、彼女の小さな両手を自分の大きな手でしっかりと包み込む。


「これからは、この辺境の地を治める領主としてではなく、一人の男として君を愛し、君のすべてを守り抜く。どうか、私と本当の夫婦になってくれないか」


 不器用で、飾り気のない、しかしどこまでも真っ直ぐで誠実な求婚の言葉。

 ルミナの胸の奥で、小さな火種として燻っていた感情が、一気に燃え上がり、全身を温かい光で満たしていく。

 もはや、自分の心を偽る必要も、傷つくことを恐れて壁を作る必要もなかった。

 彼女はヴィンセントの手を強く握り返し、溢れ出る涙をそのままに、深い微笑みを浮かべる。


「はい……。私も、あなたを愛しています。どうか、これからも私のそばにいさせてください」


 その返事を聞いた瞬間、ヴィンセントは立ち上がり、ルミナの体を力強く抱き寄せる。

 彼の厚い外套越しでも、強靭な胸の筋肉と、激しく脈打つ心臓の音がはっきりと伝わってくる。

 ルミナの鼻腔を、冷たい冬の空気と、彼特有の清潔な松の葉の匂いが満たす。

 彼女はヴィンセントの広い背中に腕を回し、自分の顔を彼の胸元に深くうずめる。

 外の過酷な寒さも、王都からの悪意も、今の二人を脅かすことは絶対にできない。

 冷たい石壁に囲まれた広間のなかで、二つの体温だけが溶け合い、決して冷めることのない真実の熱を生み出し続けていた。

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