第10話「王都からの使者と氷の拒絶」
城の正面に位置する広大な謁見の間は、外の雪景色をそのまま切り取って閉じ込めたかのような、鋭く冷たい静寂に支配されている。
高い天井を支える何本もの石柱は、長い年月を経て深い灰色に沈み、表面には微かな霜が張り付いて鈍い光を放っている。
壁際に等間隔で並べられた黒鉄の燭台では、太い蜜蝋が静かに燃え、オレンジ色の小さな炎が頼りなく揺れている。
しかし、そのささやかな熱は広大な空間を温めるには遠く及ばず、ルミナは分厚い羊毛で仕立てられた濃紺のドレスを身に纏い、広間の中央一段高い場所に置かれた領主の座の斜め後ろに立っている。
足先から伝わってくる芯の冷えるような感覚をやり過ごすため、彼女はドレスの襞の奥で両手をきつく握りしめている。
指先はすでに白くかじかみ、爪を立てた手のひらには微かな痛みが走っている。
喉の奥がひどく渇き、唾を飲み込むたびに乾いた音が耳の奥で響く。
『あの王都から、私を連れ戻すための使者が来ている』
その事実だけで、心臓が肋骨の内側を激しく打ち据え、呼吸の浅いリズムを狂わせていく。
脳裏にフラッシュバックするのは、婚約破棄を言い渡されたあの夜の、王城の大広間の光景だ。
シャンデリアの刺すような光、周囲を取り囲む貴族たちの冷ややかな嘲笑、そしてミレイから漂っていた鼻をつくほど甘い花の香水。
あの場所に引き戻され、再び理不尽な罪を背負わされ、暗く冷たい地下室に閉じ込められるのではないかという恐怖が、ルミナの胃の腑を重くえぐる。
視界がわずかに揺れ、めまいを覚えそうになったそのとき、目の前に座るヴィンセントの大きく広い背中が目に入る。
彼は黒檀で彫刻された重厚な椅子に深く腰を下ろし、彫像のように微動だにしない。
厚い黒の外套が彼の広い肩を覆い、そこから漂う清潔な冬の森の匂いが、ルミナの鼻腔に届く。
その匂いを肺の奥まで吸い込むと、張り詰めていた恐怖の糸が、ほんのわずかだけ緩むのを感じる。
広間の入り口にある巨大な両開きのオーク材の扉が、木と金属がこすれ合う重く低い音を立ててゆっくりと開かれる。
外の回廊から流れ込んでくる冷たい風が、広間の燭台の炎を一斉に大きく揺らす。
開かれた扉の向こうから姿を現したのは、王家の紋章が入った豪華な衣服に身を包んだ、初老の使者だった。
彼の纏う深紅のベルベットの外套は、王都の温暖な気候には適していても、この北の辺境の過酷な寒さを防ぐにはあまりにも薄すぎる。
使者の顔は寒さで青ざめ、鼻の頭だけが不格好に赤く染まっている。
革靴が石畳を叩く音には落ち着きがなく、寒さで小刻みに震える膝を必死に隠そうとしていた。
使者がルミナに近づくにつれて、彼が身につけている安価な香草の匂いと、長旅で染み付いた馬の汗の匂いが混ざり合った、酷く不快な空気が漂ってくる。
「辺境公爵ヴィンセント・アシュレイ殿。王太子殿下からの急ぎの書状をお持ちいたしました」
使者の声は、広間の冷気を震わせるほど高く、そして不遜な響きを帯びている。
彼は懐から、金色の細いリボンで縛られ、王家の赤い封蝋が押された分厚い羊皮紙を取り出す。
寒さで震える指先が手間取りながらも、彼は乱暴に封蝋を割り、羊皮紙を広げる。
乾いた紙が擦れ合う音が、ルミナの耳には死刑宣告の鐘のように恐ろしく聞こえる。
「王太子殿下よりの勅命である。此度、王都にて発生している水枯れと大地の腐敗を鎮めるため、ルミナ・オルコットを直ちに王都へ帰還させること。これは決定事項であり、いかなる理由であれ拒否は許されない」
使者は羊皮紙から視線を上げ、椅子の背後に立つルミナを真っ直ぐに、そして軽蔑の色を隠そうともせずに見据える。
「さあ、ルミナ嬢。すぐに出発の支度をなさい。殿下は、あなたの過去の罪を不問に付すという、海よりも深い慈悲をお示しになられているのです」
慈悲。
その言葉が、ルミナの胸の奥で鋭い棘となって刺さる。
自分がどれほど泥にまみれて薬を作り、国のために尽くしてきたか。
それをすべてミレイの功績として奪い取り、最後には悪役として切り捨てたのは彼らのほうだ。
それなのに、自分たちが窮地に陥った途端に、まるで所有物を呼び戻すかのように命令を下してくる。
怒りよりも先に、深い絶望と無力感がルミナの身体を支配し、指先から急速に体温が奪われていく。
そのとき、ヴィンセントが椅子の肘掛けに置いていた手を静かに持ち上げる。
革手袋が微かに擦れる音が響いた瞬間、広間を満たしていた使者の傲慢な空気が一変する。
ヴィンセントの青い瞳は、極寒の夜空よりも冷たく、刃のように鋭い光を放ちながら使者を射抜いている。
彼はゆっくりと立ち上がり、その長大な長身で使者を見下ろす。
ヴィンセントから放たれる静かで重い圧力が、物理的な重量を伴って空間全体を押しつぶしていく。
使者の顔から完全に血の気が引き、彼の喉仏が上下に動いて唾を飲み込む音が、静寂の中に不気味なほどはっきりと響き渡った。




