36戦目 ブライア
火口部分を背にして立つその女……ブライアは、まるで動揺した様子はなかった。俺達がここにいることも、驚いているようには見えない。
「久しぶりね、元気でやってたかしら?」
「ああ、おかげさまでな」
別人の可能性も期待していたが、この皮肉がこもったような言い方はまさしく本人だった。
「ゴースト、誰なの? 知り合い?」
状況を掴めていないリンクスが、おろおろしながら聞いてきた。俺は横目でそれを見ながら静かに答える。
「……『元』災害衆だ」
「「「「!?」」」」
緊張感が走ったのがわかった。周りのみんなが身構えているのもわかる。そんな俺達をよそに、ブライアは体の前で手を揃えて丁寧に頭を下げる。
「皆様、はじめまして。ただいまご紹介にあずかりました、別口女学院高校一年、次木草笛、アバターはブライアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
丁寧過ぎていっそ慇懃無礼とも言えるこの喋り方。久しぶりに聞いたが、やはり心がざわつくな。
「別口……確か関西の方にある、うちの姉妹校だな」
レグルス先輩が呟いた。そういえばこの前、姉妹校があるとか先生から説明を受けたような。
「それで、こんなところで何をしてるんですか?」
カメリア先輩が前に出た。その表情からは警戒してるのが見てとれる。
「大したことではありません。こちらのサーバーに来るのは初めてなので、見学というか散策したかっただけです」
「嘘だな」
俺は間髪入れずに遮った。しかしブライアは余裕の態度を崩さない。
「あら、何かおかしなところでもあったかしら?」
「お前がそんな理由で行動するはずはない。災害衆の作戦参謀で常に策を巡らしていたお前は、無駄や非合理な行動を嫌うはずだ」
俺が指摘するとブライアはクスクス笑っていた。やはり食えない奴だ。
「さすが元仲間だけあって、よくわかってるのね」
「当然だ」
俺達がやり取りしてると、そこにレグルス先輩が割り込む。
「それで? うちのグリズリーを唆したのはあんたなのか?」
「エレガンスさんもですよ!」
カメリア先輩も参戦する。二人とも怒りを隠そうとしていない。まだ互いに距離はあるものの、その気になればすぐに詰められる程度の距離だ。おそらく返答次第では攻撃に移るつもりだろう。
「唆すなんて人聞きの悪い。あたしはただ、困ってるようでしたから協力して差し上げようと思っただけですよ」
全く悪びれた様子もなかった。動揺も見られないところから、追及されることも想定内だった可能性があるな。
そこでグリズリーとエレガンスが叫んだ。
「そうだ! 最初はいきなり話しかけてきて胡散臭い奴だと思ってたんだが、話してるうちになんか変な気分つーかやる気になってきて……」
「わたくしもですわ……! 気がついたらその気になってましたの……」
叫びながら段々と声が小さくなっていく。思い返して戸惑っているという感じだ。俺が口を挟む。
「それがこの女の常套手段なんです。謀略、裏切り、暗躍……様々な手口を使って相手を陥れる。頭脳を悪用する見本みたいな奴です」
「ひどいじゃない。元仲間に対してそんなこと言うなんて……ショックで泣きそうだわ」
全く悲しんでる様子もなく、泣き真似してみせるブライア。どっちかと言えば、俺は褒めたつもりだったが。
「まぁ、あわよくばゴーストを倒してくれるかと思ったのだけれど……期待外れだったわね」
「なんだと!」
その言葉に反応してグリズリーが声を上げる。歯を食いしばって睨み付けている。
「だって、そうでしょう? せっかくあたしがサポートしてあげたのに負けてしまうなんて……使えない駒はどうやっても使えないままってことね。それを認識できただけでもよかったかしら」
煽るように饒舌に語ってみせる。この人数に取り囲まれているのに、なんとも思っていない。まぁこの女ならそうだろうな。
「ゴースト……やっぱり解散したのは間違いだったんじゃない? レベルの低い人達と仲良くしても、得られるものは無いわよ?」
「いや、俺はそう思わない」
矛先がこちらに向いた。それに対してきっぱり答える。
「新しく仲間ができてよかったと思ってる。少なくとも新たな発見はあった」
「ゴースト……」
協力し合うことの楽しさや、居心地の良さを知ることができた。それだけでも解散した甲斐はあったと俺は思う。
「……そう。やっぱりわかり合えないみたいね」
「元々そうだろう? ぶつかり合うことの方が多かったしな」
「それもそうね」
「さて、お前の目的はなんなんだ?」
ブライアは不敵に笑った。
「そんな簡単に教えると思う?」
「元仲間だろう?」
さっきの発言を元に皮肉を込めて言ってみた。するとブライアはますます笑みを深くした。
「そうね。特別に教えてあげるわ。今回の目的は敵情視察。ついでに利益が得られればとは思っているけどね」
「敵情視察……?」
「ええ、知ってるでしょう? この学校を含めて姉妹校が日本各地にいくつもあるのを」
俺は頭を働かせて、先生の説明を思い出す。確か、姉妹校はうちを含めて全部で六校だったはずだ。
「もしかして……」
「そう、来る選抜大会、六花祭に向けての下準備と言ったところね」
入学してまだ二、三ヶ月だと言うのに、もう準備を進めていたのか。相変わらず抜け目の無い奴。
「敵情視察ってのはそういう意味か」
「ちゃんと調べたのよ? 校外の人物がサーバーに入るには、エキシビションマッチのこの日しか無かったから」
そうか。それでグリズリー達に協力するという名目で、代わりに情報を引き出したのか。
「いや、ちょっと待て。利益ってなんだ?」
「大したことじゃないわ。生徒を何人か倒して、少々稼がせてもらおうと思ってただけよ」
なるほど。ステージではなくフィールドの戦闘では、対戦に勝てば相手からゲーム内通貨を頂くことができる。それを利用して、うちの生徒達から巻き上げるつもりだったのか。
そこまで話したところで、今まで黙って聞いていたパラディン先輩が初めて話に加わった。
「なぁ、ちょっといいかい?」
「ええ、どうぞ?」
気だるそうに手を挙げたパラディン先輩は、そのまま頭を掻きながら話を続ける。
「俺は成り行きで連れて来られただけだし……正直事情もさっぱり把握してないんだが……そんなのうまくいくのか?」
「どういう意味かしら?」
「だってそうだろう? エキシビションマッチの間、生徒はほぼ全員観客席にいるし、一般の観客もそうだ。こんな時にノコノコフィールドに出てるのは、俺達くらいのもんだ」
確かにそうだ。例えるなら文化祭に生徒の家族なんかが来た時、立ち入り禁止の所に入って行こうとする人はほとんどいないだろう。つまりパラディン先輩が言いたいのは、そもそも標的がフィールドに出て来ないから狙うのは無理があるってことだ。だが……。
「確かにそうですね」
「だろう?」
「でも、こう考えれば簡単でしょう? 向こうが出て来ないなら、こちらから襲いに行けばいいんです」
その言葉に俺以外はみんな目を丸くしていた。パラディン先輩が呆れたように話を続ける。
「おいおい、何言ってんだ? この高校に何人生徒がいると思ってるんだよ。もし観客席に乱入して戦い始めたところで、一人か二人倒すのが限界だろう。後は他の大勢の生徒達に倒されて終わりだ。それとも自爆覚悟の特攻ってわけかい?」
パラディン先輩の言うことは正しい。普通ならそうなるのがオチだ。だが、この女は災害衆の一員。そこを忘れている。
「まさか。さすがのあたしも、一人で突っ込んでいって何百人も相手をしつつ、なんとか逃げ切るなんて不可能です」
「だったら計画倒れだろう」
「でも、それは一人なら、の話でしょう?」
そこでみんなに再度動揺が走る。カメリア先輩が焦ったように口を開いた。
「まさか他に仲間が……!?」
「落ち着け、カメリア! 仲間が数人増えたところで結果は同じだ。大して変わりはないだろう」
「あ、ああ……そうですよね」
レグルス先輩が諌めたことで、少し落ち着きを取り戻したようだった。しかしブライアは追い討ちをかけてくる。
「甘い。実に甘いですね。あたしは元災害衆ですよ? 常識で捉えてもらっては困りますね」
そう言ってブライアは虚空から、愛用の武器を取り出した。所々にトゲが生えた長くて太い緑色の鞭だ。それを見てこちらも一部が武器を構える。
「何を企んでいるのか知らないが、無駄な抵抗だ。この人数を突破できるとでも? うちのメンバーを弄んだ落とし前はつけてもらうぞ」
拳を構えたレグルス先輩が代表して答える。周りもそれに頷く。
「まぁ怖い。ならあたしも助けを呼ぶとしましょうか……!」
ブライアはまとめてあった鞭をほどくと、地面をピシリと打ち鳴らした。それが合図となり、山の荒れ果てた地面が揺れ始める。
「なんだ……?」
誰かが呟いた。それは程なくしてわかった。ブライアの背後にあった山頂の火口、そこから赤い影が飛び出した。そのまま上空へ飛び上がる。
ブライアを除く全員が見上げた。そこにいたのは炎鳥王クリムゾン……通称フェニックスだった。フェニックスは赤い体を翻し、次の瞬間高度を下げる。そしてブライアのちょうど頭上、空中に留まりこちらを睨み付けていた。よく見ると、首には緑色の輪のようなものが嵌められている。
「バカな……どうしてフェニックスが攻撃しないんだ……!?」
疑問の声も頷ける。フェニックスは基本的にプレイヤーを無差別に襲う。だが今のフェニックスはまるでブライアを守るような体勢を取っていた。
「やはり手遅れだったか……」
「ええ、惜しかったわね。もう少し早く来れば、間に合ったかもしれないけど」
「ど、どういうことなの、ゴースト!?」
リンクスが慌てて確認してくる。それに合わせてみんなの視線が俺に集中する。
「以前、能力概念の話をしたろ?」
「う、うん……えっと、その人の本質っていうか、根本を表すもものなんだよね?」
「ああ、それで言うとこの女……ブライアの概念は『支配』。こいつはボスモンスターを支配し操ることができるんだ」
「「「「!?」」」」
周囲に衝撃が走った。まさか思ってもみなかったことだろう。実際試合ではあんまり活用されることはなかった。色々と制限があるし。
「あらゆる物を操る女、『支配者』ブライア。本当に厄介な奴だよ」
だからこいつとはやり合いたくないんだよな……。俺の説明を微笑みながら聞いていたブライアは、補足するように続ける。
「まぁ自由自在とまではいかないけれど……今回はこれで充分でしょう」
「ちょちょちょ、ちょっと待て……観客を襲撃するってのはまさか!?」
「ええ。試合観戦に夢中な観客の中に、ボスモンスターが突っ込めばどうなるかしらね?」
最悪だ。まさか観客席にボスモンスターを突っ込ませるとか、テロまがいの行為を行おうとしてるとは恐ろしい事を考える。
「うろたえるな!」
ざわざわと動揺が収まらない中、レグルス先輩が大声で一喝した。それにみんな反応する。
「相手は一体と一人だ! ここにいる全員で協力すれば討伐できるはずだ!」
「そ、そうだよね! 先輩達に加えてゴーストもいるんだもん! フェニックスの一体くらい簡単に……」
希望を見いだしたらしいリンクス。それに伴い少し安堵したような雰囲気が流れる。しかしブライアはそれを絶望に叩き落とす。
「あら、誰が一体だけと言ったのかしら?」
その言葉がと共に山頂、火口の向こう側から大きな影が見えた。火口を回り込み、徐々にこちらに近づいてくる。現れたのは頭が三つある大きな猛犬と、触手を激しく動かす巨大なイカ。どちらもここにいるはずのないボスモンスターだった。
「あれは……ケルベロスとクラーケン……! なんで安楽山に……!?」
「かわいいでしょう? ペットにはちょうどいいと思って」
俺達がエキシビションをしている間にあちこちのボスの住処を回って、スキルで支配しておいたのだろう。この前俺達が倒したボスも含まれている。
「さてお喋りはこれくらいにして……あたしは行かなきゃいけないので、どいてもらえるかしら」
「断る。お前はここで止めさせてもらう」
俺が一刀両断すると、周りのみんなも本格的に戦闘体勢に移る。ブライアはあからさまにため息をついてみせた。
「仕方ないわね……。元災害衆二番、ブライア。推して参ります」
着物の裾をはためかせて、鞭を一振りする。と同時に、三体の凶悪なボスモンスターが動き出した。




