29戦目 黒騎士
「えー、では姉妹校について説明していきます」
次の日のホームルームの時間、船戸先生が背伸びしながら黒板に書いているのを見つつ、俺はぼんやりと考え込んでいた。
「まず、我が安楽高校では関東圏では唯一『デイドリーム』を教育の一環として取り入れています」
前回は俺一人で百獣団を撃退できたが、毎回上手くいくとは思えない。
「それと同時に我が校の姉妹校として、日本の各地域に五つの学校が存在しています」
武装の強化は、昨日手に入れた素材でなんとかなるだろう。だが、それだけでは足りない。
「そして、毎年各校の代表として選ばれた生徒達が集まり、実力を競い合う。それが選抜対戦大会。通称『六花祭』です。えー、これは……」
やはり重要なのは基本の戦闘スタイル。そしてスキルの使用だろうな。そう考えると、レベル上げが大事になる。
「おい、真偽」
なら強敵と対戦して勝つのが手っ取り早い。だが相手が問題だ。
「真偽ってば!」
都合よく相手してくれそうな強者がいるだろうか? ……学校内のこともほとんど知らないし。
「真偽!」
「さっきからなんだ。うるさいな……ん?」
そこまで声をかけられてようやく気づいた。さっきから隣の席の内助が呼んでいる。と同時に机に影がかかっていた。ゆっくりと影の方に顔を向ける。
「ずいぶん真剣に考え事してますね、霜屋君」
「ふ、船戸先生……これはその」
笑顔を浮かべた先生がすぐそばに立っていた。俺は血の気が引くのが止められなかった。まずい。
「ホームルームが終わったら、職員室に来て下さい」
「……はい」
頷く以外の選択肢はなかった。
「うひゃー、参った参った……」
ホームルーム後の放課後、職員室でこってりと絞られてしまった。船戸先生は別に怒鳴ったりしないし威厳もないのだが、淡々と悪い点について指摘してくるから、心に効く。罪悪感が刺激されて、なんとも言えない気分になってしまった。
トボトボと歩いて、教室まで荷物を取りに行く。気持ちを切り替えて部活を頑張らないと。
「ん?」
人気の無くなった廊下を歩く途中、前方から誰かが来るのが見えた。近づくにつれてその姿ははっきり見えてくる。
前方から来るのは女子だった。制服の胸のリボンの色からして、三年生だろう。髪を二つ結びにして眼鏡をかけている。はて、どこかで見たような……。俺が見とれていると、目が合った。そして目の前でピタリと止まる。
「何か用ですか?」
その口調と声は聞き覚えがある。きつめの目付きも合わさって、思い出した。
「もしかして、カメリア先輩ですか?」
「そうですけど……貴方は?」
咄嗟に口に出してしまった。正直この人にはあんまりいい印象がないのだが、仕方ないな。
「えっと、俺はゴーストです」
「ああ……。それで何か?」
「いえ、特に用はないんですけど……」
「なら話しかけないで下さい」
取り付く島もなかった。会話をピシャリと打ち切られ、そのまま先輩はすれ違って去っていく。俺は無駄かもと思いながら、その背中に声をかけた。
「先輩、どうしてそんなに男子を嫌うんですか?」
大まかな話はティアーから聞いていたが、本人にも直接聞いてみることにした。先輩は立ち止まった。そして振り返らずに話し出す。
「……男の人は信用できません。肝心なところで女性を見捨てて裏切るから」
それだけ言い残すと、先輩は何事もなかったかのように去っていった。
▼
「お疲れ」
やたら長い道のりを歩き、いつものように部室に顔を出す。そしていつものようにみんなが声をかけてくれると予想していたが、今日はもう一人いた。
「よう、お疲れ」
「内助?」
椅子の一つに座って、ニヤリと笑いながら軽く手を挙げてくる。他の三人が受け入れてるところをみると、何か問題がある訳ではなさそうだが……。
「どうしてお前がここに?」
「説明するから。まあ座れよ」
鞄を適当に置くと、いつもの定位置に腰かけた。ちょうど内助とは向き合う形になる。
「どうだった、先生のお説教は?」
「自業自得とはいえ、きつかった……」
「あはは、そっか」
「やれやれだ……それで、何しに来たんだ?」
そこで内助は姿勢を正した。俺もつられて身構える。
「コホン! 単刀直入に言うとな、うちのギルドホームまで来てもらいたいんだ」
「ギルドホームって……『黒騎士』のか?」
確か内助が所属する黒騎士は、校内二位の大手ギルドだったはず。それがまたなんで……?
「実は、ギルドマスターがぜひお前に会いたいって言ってるわだよ」
「俺に? なんかしたかな?」
「おいおい、お前が百獣団を倒したからだろ?」
「ああ……」
言われてみれば納得だ。つまりおとなしくしてるどころではなくなってしまった訳だ。
「それでお願いに来た、と」
「ああ、ギルド全員を招待していいって言われてるからさ、来てくれないか?」
この通り、と手を合わせて頭を下げる内助。まぁ友人の頼みだし、断る理由も特にない。それに黒騎士がどんなギルドか興味もある。
「俺はついてくけど、みんなはどうする?」
「もちろん、ついてくよ!」
「……お供します」
「じゃ、じゃあ私も行こうかな……」
満場一致のようだ。なら問題ないな。
「よし、決まりだな」
俺達は早速、その場でログインしていった。ギルドホームで待機していると、程なくしてジャベリンが訪ねてきた。
「じゃあ俺についてきてくれ」
ジャベリンが先導していく。俺達は一塊になって、その後ろをついていく。
「ところで、ジャベリン」
「ん?」
「その、黒騎士のギルドマスターって、どんな人なんだ?」
実際に会う前に、少しでも情報を集めておきたい。心構えもできるしな。
「いい人だよ。面倒見もいいし、気さくだし」
絶賛だった。そこまで言うなら信用してもいいか? いや、判断するのはまだ早いか。そこにリンクスも会話に入ってくる。ジャベリンと初対面であろう、ティアーとブレイズは少々気後れしてるようだった。
「へー、やっぱり強いの?」
「うーん……本気で戦ってるのを見た訳じゃないからな。ギルドマスターだから、強いとは思うけど……」
「そっかー……」
俺としては敵対したくなかった。強い相手ともなると、尚更だ。
「で、黒騎士のギルドホームってどこにあるんだ?」
「もうすぐ着く……お、見えてきたぞ」
その言葉につられてみんな前を向く。少し離れたところに大きな建物が見える。あれはビルか……?
「いや、違うな。もしかして城か?」
「ゴースト、正解だ。あれが黒騎士のギルドホーム、『黒帝城』だ」
近づくにつれて徐々に全貌が明らかになっていく。城と言っても日本風ではなく、ヨーロッパにありそうな洋風の城だ。外観で特に目立つのは、城の外壁が全て艶の無い黒一色で塗装されてるところだろうか。
「おっきいね……お姉ちゃんは知ってた?」
「う、うん……。黒騎士は有名だし……」
流石にティアーは先輩だし、知ってたか。大きな門の前まで来ると、ジャベリンが冗談めかしてニヤリと笑う。
「ようこそ、我らの城へ」
ジャベリンを先頭に、城のエントランスホールから階段を上がって行く。相当規模の大きな城だ。
「すごいな、これ……ギルドメンバーも多いのか?」
「ああ、百人以上はいるな」
「うちとは比べ物にならないなぁ……」
「ご、ごめんね……私がしっかりしてないから……」
「大丈夫だって、お姉ちゃん! もー、お姉ちゃんをいじめないでよ、ゴースト」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど……」
意図しないところで、ティアーがダメージを受けていた。余計なこと言ったかな。
「着いたぞ、ここだ」
途中すれ違ったプレイヤーにジロジロと見られながら、階段を登って行き大きな扉の前にたどり着いた。軋む音と共にゆっくり扉が開いていく。
「へぇ……」
思わず感嘆のため息が漏れてしまった。そこは城の玉座の間のような場所だった。赤い絨毯が一直線に敷かれ、一番奥まで続いている。
両端には何人かプレイヤーが並び、直立不動で構えていた。目線はこちらに向けられているが。絨毯の上をゾロゾロと並んで歩いていく。
「マスター、平和の園の皆さんをお連れしました」
「…………」
玉座に座っていたのは、西洋風の真っ白な甲冑を着込んだプレイヤーだった。兜を被ってるせいで表情がよく見えない。一瞬の静寂。俺達は向こうが喋り出すのを待っていた。
「……やーやー、ようこそ! よく来たな!」
思わずポカンとしてしまった。厳粛そうな外見とは裏腹に、ものすごい軽い感じだった。隣でジャベリンが苦笑していた。そういえば、気さくな人だって言ってたっけ……。
「俺が黒騎士のギルドマスター、三年の【パラディン】だ。よろしくな!」
外見と喋り方が全然合ってない……。どうしたものか戸惑っていた。
「ノリ悪いなー? もっとテンション上げてこうぜ?」
「えっと、ご用件は……?」
悩んだ末に、ペースに乗らないことに決めた。どうにも趣味が合わなそうな気がする。
「んー、まぁ顔見たかったから?」
「えっ?」
「だって、あのレグルスの奴を倒したんだろ? そりゃ警戒もするって! だから情報集めしたかったって言うか」
一見軽そうな口振りではあるが、バカではなさそうだ。もしかしたら相手を油断させる為に、敢えてこんなキャラなのかもしれない。……ギルドマスターは伊達ではないということか。
「だからまぁ、仲良くできたらいいかなって! よろしくー!」
訂正、もしかしたら素でやってるだけかもな、この人。だが、少し安心した。下手に敵対されたら困るからな。黒騎士は仮にも校内二位のギルド。実力も半端じゃないだろう。
「えっと、よろしくお願いします?」
パラディンはずかずかと玉座から降りてきていた。そして俺達と一人ずつ握手をブンブンと交わしていく。ノリがめっちゃ軽い……。
「でもって、君が噂のゴーストでしょ?」
「そうですね」
「いやー、マジリスペクトだわ! あの災害衆のメンバーと出会えるなんてさ!」
「ど、どうも……」
俺みたいなタイプからすると苦手なタイプだな、やっぱり。
「でさでさ、良かったらうちに入らねぇ? もちろん全員一緒でいいし」
しかもさりげなく勧誘を混ぜてきた。油断ならない。と思っていると、リンクスが割り込んできた。
「ちょちょちょ、困りますよ!?」
「なんで? うちに入ったらいいこと一杯あるよ? 一人一部屋あるし、みんな仲いいし」
「でも……!」
パラディンからは悪意があるようには見受けられない。そこでリンクスはチラリとティアーの方を見た。ティアーは震えていたが、バッと顔を上げた。
「こ、困ります……!」
「えー、うち楽しーよ?」
「わ、私にとって、平和の園は大事な場所なんです……!」
「お姉ちゃん……」
普段びくびくしてばかりのティアーが、おそらく必死に勇気を振り絞って堂々とものを言っている。俺としてもなかなか心にくるものがある。
「ふーん……そっか。じゃあやっぱ無しにしよっか。ごめんねー」
パラディンの口振りは変わらず軽そうだったが、何かさっきとは違うような気がした。やはり、根っこの部分は軽いだけの人じゃないのかもしれない。
「でもまぁ、うちはできれば他のギルドとは仲良くしたいと思ってるからさ、気が変わったら言ってよねー」
「マスター……そんなこと言って、この前もローズガーデンを怒らせたじゃないっすか……」
ジャベリンが呆れたような口調で突っ込んでいた。待てよ、ローズガーデン?
「ローズガーデンって、カメリア先輩の……」
「そーそー、カメリアちゃんね。俺は仲良くしたいと思ってんだけどなぁ……」
そのセリフには何かしら感情が籠っているように感じられた。
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