25戦目 VSグリズリー再び
「えー、では今日から特別授業を開始します」
微妙な空気の探索が終わった翌日のことだ。俺を含めてクラス全員は教室から校内サーバーにログインしていた。
サーバー内の校庭に全員がきっちり整列しており、クラスメイトの見たことないアバターも並んでいるのがわかる。そして俺達に向かい合って話しているのが、船戸先生のアバター【スモール】だった。
「皆さんも入学して一ヶ月、そろそろ学校生活にも慣れてきた頃合いだと思います。それに伴ってデイドリームを利用したオンライン授業が始まります」
現在は授業が始まる前の説明を、皆で聞いているところだった。リンクする前の教室では新たな授業、しかもデイドリに関する授業とあって、皆ワクワクしているようだった。
「ここで一応校則について確認しておきます。この学校では進級、つまり学年が上がるのに際して一般的な学科テストの他に、アバターのレベルが重要となってきます。具体的に言いますと、二年に上がる時にレベル40以上になってないと進級することはできません」
なかなかシビアな条件だと他人事のように思った。いやまぁ、ギルドメンバーは全員余裕で条件をクリアしてるし、俺自身レベル100で余裕どころじゃないから実際他人事なのだが。
「もちろん学校側からも、サポートとして補習授業や追試も用意しています。ですが最悪の場合も充分に覚悟しておいてもらいたいと思います」
言葉を濁してはいるが、最悪の場合と言ったら留年とか退学とかだろう。同じように思ったのか、クラスメイト達はざわついている。
「はーい、静かに! まぁ、まだ一年間ありますから最初は気楽に考えて下さい。では今日の授業内容について説明していきます」
そこでスモール先生は、言葉を区切った。周りも最初は何を言われるのかハラハラしているようだった。
「あ、言い忘れてましたが、見ての通りこの授業は二クラス合同で行いますから。皆さんの場合はD組とE組の合同ですね」
それぞれDとEで固まって並んでいたが、隣のクラスの生徒達と顔を見合わせる。
「そして今日の授業内容ですが、個人面談となります」
皆の頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが、見えるかのようだった。
「先生と一人ずつ面談をしてもらいます。そして待機中もしくは面談が終わった方は、自由にしてもらって構いません。但し遠くには行かないようにお願いしますね」
実質自由行動のようなものだろう。それを理解してか、歓声が上がる。
「それでは一人ずつ呼びますので、待機してて下さいね」
その言葉と共にあちらこちらで雑談が始まる。さて、俺はどうしようか……。
「よお、なんかしようぜ」
声をかけられると同時に肩を叩かれた。声でなんとなくわかるが、ゆっくり振り向く。
「やっぱりお前か」
「そういうなよ」
俺に笑いかけてくる一人の男子生徒。黒い軽装の鎧を着けて背中には長い槍を背負っている。内助の奴だった。
「それがお前のアバターか……」
「おう、【ジャベリン】だ。よろしくな」
動きが滑らかなところから見ても、かなりの使い手のようだ。
「クラス二位は伊達じゃないな」
「おいおい、皮肉かよ」
「えっ?」
「お前がいるんだから、俺はクラス三位だよ」
そうだった。てっきりレベル1の気分で話をしていたが、違った。E組だけのランキングで言えば、俺が一位、リンクスが二位、ジャベリンが三位だろう。
「悪い悪い、失念してた」
「気をつけろよー」
軽く腹を殴られた。なんかこういうやり取りも悪くないと思えるな。しみじみ思っていると、割り込んでくる影があった。
「私も混ぜてよ!」
「リンクスか」
「そうだよ、リンクスさんだよっ!」
満面の笑みでブイサインなんかしてみせるリンクスは、今日も元気いっぱいといった風情だった。
「ゴーストは眠そうだね」
「ああ、俺は静かな方が好きだからな。夜の方が活発になるのさ」
「それでいつも寝不足なのか……」
二人とも呆れているような気がする。いかん、話題を変えねば。
「後はブレイズも一緒なら良かったんだがな」
「しょうがないよ、C組だもん」
「俺はまだ話したことないから、話を聞いてみたいけどな」
そんな風にワイワイやっていると、ふと俺に頭上から影が覆った。気づいて後ろを振り向くと、誰かが立っている。見上げるとそれはグリズリーだった。
「おい、雑魚。もう一度俺と勝負しろ!」
いきなり喧嘩腰だった。俺はため息をつきながら返事する。
「はぁ……断る。戦う理由がない」
「ふざけんな! お前なんかに俺達が負けるはずがないんだ! 何かトリックに決まってる!」
冷静に返してやった。それが癪に障ったのか途端にわめき始めた。面倒くさいな。
「もー、いい加減にしてよ、グリズリー! あれは正々堂々私達が勝ったでしょ!」
「それが間違いなんだよ! ぜってーおかしい!」
聞く耳持たないようだった。普通に言っても無駄なようだな。だが、俺としては付き合う義理もないし、興味もない。ここは無視してやり過ごして……。
「なぁゴースト、一回くらい戦ってやったら?」
そこで驚く提案がなされた。しかも他でもない、ジャベリンによってだ。
「どうしてだよ?」
「ここで無視してもさ、しつこく言ってくるんじゃないか?」
「それは、まあ……」
「だったらさ、白黒しっかりつけといた方が後腐れがないんじゃないかと思ってさ」
言ってることも一理ある。正直めんどくさいが、ここでやらない方がもっとめんどくさいことになるかもしれない。
「仕方ない、やるか」
「てめぇ……! バカにしやがって!」
この校庭は非戦闘区域に設定されているので、ステージに移動する必要がある。手早く操作をして移動する。
いつの間にかギャラリーが集まっているようだった。ざわざわと俺達のやり取りに注目している。
「ちっ、面倒だな……」
俺のテンションは更に下がった。移動した先が『砂漠』ステージだったからだ。ここは砂で足を取られるし、岩が点在してるくらいでひどく殺風景だからだ。気が滅入る。
『バトルスタート!』
ぼんやりしてる間に開始の合図が鳴り響く。正面を向くとグリズリーが斧を振り上げて、こちらに向かってくるところだった。
「ぶっ潰してやる!」
真正面から突撃してくる姿勢は、特に作戦やフェイントがあるようには見られない。俺はぼんやりとそれを見つめていた。入学式の日と同じシチュエーションだな。
「喰らえぇぇぇ!」
グリズリーは俺の目の前まで来ると、勢いよく斧を振り下ろす。俺は棒立ちのまま、右手を軽く上げた。
「なっ……!?」
驚きの声が目の前の人物から聞こえてきた。俺が斧を素手で掴んで受け止めたからだ。
周りからもざわざわ声がする。そういえば、観戦を不許可の設定にしていなかったな。大勢観客がいるのが見える。
「前は避けたけど、これくらいなら受け止めることはできるさ」
「く、くそぉぉぉ!」
破れかぶれになったのか、斧を無茶苦茶に振り回して攻撃してくるグリズリー。それを俺はのんびりと捌いていた。斧を拳で止め、掌で流し、手の甲で弾いていた。
「ふざけんな、ふざけんなふざけんなぁぁ!」
「やけくそになっても勝てないぞ。この世界、実力が全てだからな」
捌いている間にスキルゲージが溜まっていた。ということは向こうもそろそろ溜まる頃だろう。
「『荒ぶる大地』!」
「『万死一生』」
グリズリーのスキルにより、地面を衝撃波が伝ってくる。俺はそれを敢えて受けつつ、回復で元通りにしていた。そして何事もなかったかのように、立っていた。
「くそっ!」
「これでわかっただろう」
俺は砂を蹴ってグリズリーに近づくと、懐に入り込んだ。向かってくる斧を左手で受け止めながら、右手でグリズリーの太い首を掴む。
「がっ!?」
そのまま力任せに斧を奪い取って、その辺に放り捨てた。そして右手に力を思いっきり込めて、首を絞めていく。
「がっ……この……」
グリズリーは両手で俺の腕を掴んで引き剥がそうとしているが、びくともしない。悲しいことだが、これだけステータスに差があればかなり余裕だったりするのだ。
そのまま首を絞め続けていくと、やがてゴキリ、と音がした。グリズリーはだらんと腕を下ろし膝をつく。そして、バトル終了の合図が響いた。
▼
「終わったぞ」
「「…………」」
ステージから戻ってきた俺は、リンクスとジャベリンに手を挙げつつ話しかけた。しかし、二人ともなんというか苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「どうした、二人とも」
「いやいやいや……」
「ねぇ……」
なんか二人とも歯切れが悪い。辺りも静まりかえっており、なんか空気が重かった。
「なんだ、この空気……?」
「皆、ドン引きしてるんだよ」
「えっ、なんで?」
何がいけなかったんだろうか。圧倒したのがまずかったのか?
「そりゃドン引きするよ! 首を絞めて倒すとか見たことないもん!」
「あ、あー……」
そういえばそうかもしれない。……やってしまった。
「いや、違うんだ、これには訳があって……」
「どんな訳だよ……」
慌てて言い訳をしようとする。ジャベリンが呆れた顔をしていた。だって仕方ないだろう。俺は素手で戦ってるから、基本的に大きなダメージを与えるには頭や心臓を狙うのがベストだ。それでも打撃だけじゃ厳しいものがある。だから首の骨を折るという荒業が、一番効率がいいんだ。
「という訳で、早く終わらせるにはこれが一番だから……」
「思わず寒気がしたぞ」
「本当だよ。私もゾクッとしちゃったよ……」
周りの視線も、怖がっているからだったのか。これはしまったな。
「くそっ!」
静まり返ってる中に大きな声が響いた。声の方に反射的に顔が向く。そこは、グリズリーが怒りの形相でこちらを睨みつけていた。
「もう一度だ! もう一度やれば負けねえ!」
俺に詰め寄って来ようとする。だが、その間にジャベリンが割り込んだ。
「やめとけ、今のお前じゃ勝てねーよ」
「なんだと……!」
「今の戦いでわかっただろう? 単純なパワーやスピードでもゴーストの方が上だし、切り札のスキルも無効化されてたじゃねーか」
「ぐ……ぐ……!」
俺に代わって、あれこれ指摘してくれている。俺が言うとなおさら角が立つだろうからな。火に油だ。
「悪いこと言わないからやめとけって、な?」
「……ふん!」
グリズリーは言い返すことなく、向こうの方に行ってしまった。その後ろを取り巻きらしき奴らが追いかけていく。
「悪いな、代わりに言ってもらって」
「気にすんな。あいつの行動は目に余るからな」
これで少しは懲りるといいけど、なんてジャベリンは締めくくっていた。俺個人としては、そこまでグリズリーを嫌ってる訳じゃない。強者の余裕だろうと言われればそれまでだが、強くなって挑戦してくると言うのなら、歓迎するつもりだ。
「うん、じゃあ私達はどうする?」
「そうだな、まだ先生は呼びに来ないし……」
向こうの方をチラリと見ると、先生は他の生徒とまだ話し込んでいた。どういう順番かは知らないが、まだ呼ばれてはいない。
「俺達で模擬戦でもやるか?」
「お、いいな」
「さんせーい」
ジャベリンの実力がどの程度なのか、気になるのもあるしな。二人とも賛成のようだし、ここは三人でバトルロイヤルっぽく戦うとしようか。
「お待ちなさい!」
だがそこに、高く響く声が聞こえてきた。なんか嫌な予感がしつつも、恐る恐る振り向く。
「次はわたくしが相手を致しますわ!」
そこにいたのは、つい昨日会ったばかりのお嬢様と、後ろに控えるメイドさんだった。
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