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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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 青い炎がヒスイを呑みこんでいく。体内のナノマシンが連鎖反応を起こして高熱で燃え、体細胞を巻き込んで灰へと変わっていく。瞬く間に人間が灰になる様子は、見ていて楽しくなどなかった。

 目を逸らしたユウトと、周囲を警戒していたレイが見知った顔を見つけたのは同時だった。


「まずいわ二人とも。あれを」


 テネイロだ。

 彼は城の正門からこの城内へと入ってきた。小振りの剣を手にし、その表情は虚ろで顔色は土のように淀んでいる。到底、生きているふうには見えなかった。


「テネイロさん」


 その様子は見覚えがある。ナノマシンで動かされた、死体そのものだった。

 ヒスイに踊らされ、泳がされ、仲間を助けることもできずに毒によって死んでしまったのだろう。そして死んでなお、ヒスイの目論見通りに動かされる。

 もし死んだ彼の声を聞くことができれば、その声は怨念に満ちているだろう。


「ひどい……」


 ユウトは拳を握りしめる。

 こちらに歩いて来るのはテネイロだけじゃなかった。

 王城の敷地内にぞろぞろと死体たちが入ってくる。みな手に武器を持ち、操り人形のように近づいてくる。口はだらしなく半開きになり、一部の者は声というより空気を漏らすような音を喉で唸らせていた。

 ナノマシンの病魔に侵された、大人しく死ぬことも許されない者たちだった。


「ナノマシンの消費エネルギーを考えると、時間が経てば彼らも動かなくなりますが……ユウト、頼めますか?」


 シンクがユウトの顔を伺った。

 ユウトは唇を噛み、ブレードを強く握る。死体とはいえ、今度は敵対した相手でも嫌悪感を抱いた相手でもない。ただ穴屋で貧しい生活を過ごしてきた市民たちだ。ヒスイによって人生を狂わされた被害者たちだ。

 それでもこのまま放っておくわけにもいかない。おそらくヒスイの命令で生きた者を襲うようになっているのだろう。

 毒から逃げた者たちや、岩窟の外で暮らす人たちが危険だ。

 少しでも多くの人を救わなければならない。ここで時間を使うわけにはいかなかった。


「やるしかないだろ」


 歯を食いしばり、全力で地面を蹴った。

 魂威変質を使ったユウトの速度を捉えられる死体は一人もいなかった。風のように駆けるユウトは、その黒い刃の切っ先で死体たちを斬っていく。青い炎がひとつ、またひとつと燃え上がり、その全てを燃焼させる。


 それは魂が燃え尽きるような青い炎。

 彼らの命を奪ったのはヒスイかもしれない。だが、彼らに冥福を祈ることもなくその肉体ごと消し去ってしまうユウトは、彼らの死後の安寧すら奪い取っていく。

 唸るような声をあげて燃えていく彼らは、ユウトを呪っているようで。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」


 彼らを斬った感触が、手と脳にこびりついてゆく。

 王城に入ってきた死体たちを全て燃やしてなお、まだ敷地の外には動く気配があった。


「ユウト、キリがありません。いったん隠れましょう」

「ああ……わかった」


 ユウトたちは顔を見合わせ、死体たちから姿を隠しながら貴族街を進んだ。貴族街正門――シンクとテネイロがここに来るために開放した岩窟内部と繋がる門から、ゾロゾロと這い出てくる死体たち。生きた者を探すために、道だけじゃなく建物の中も探していく。

 ユウトたちは近くの屋根の上で息を潜め、周囲の様子をうかがう。


「なんて数だ」

「岩窟内にはかなりの人数が住んでるようでしたからね……そのすべてがこうして彷徨っているとするなら、これでもごく少数でしょう。問題は、同じように外街に死体が出ているとするなら……」

「すでに外街は酷い有り様よ。死体が生きた人を襲い、襲われて死んだ者がまた生きた人を襲ってるわ。ネットワークがどんどん狭まってる」


 レイが義眼で見たことを報告する。

 外街ではとっくに死の連鎖が起こり始めているのだ。


「くそっ。はやくしないと!」

「ダメですユウト。まだ岩窟内に毒が充満してます」


 立ち上がろうとしたユウトを、シンクが押しとどめた。

 貴族街から外街に出るためには、岩窟内部を進んでいかなければならない。息を止めていられるような短時間でこの巨大な迷路の洞窟を抜けられるはずもなく、ユウトは歯噛みしながらも腰を低くする。


「毒が抜けるまでどれくらいだ」

「わかりませんが……おそらく数時間は必要かと」


 ということは、それまで死体が外街に溢れ続けるのだろう。

 これじゃあヒスイの目論見通りだ。ヒスイを倒すことはできたが、結局この都市は滅んでしまう。

 なにか打開策がないのか。

 こんな都市の終わり方なんて嫌だ。滅ぶと知っていて、何もできないなんて。


「くそ……くそっ!」

「ユウト……」


 シンクがユウトの手を握る。レイの表情も曇っていく。

 何もできない自分が不甲斐なさ過ぎる。

 ほんの少しでも助けることができれば、気も晴れたのかもしれない。

 だが現実は、状況はそんなに甘くはなかった。


 結局、何も思いつかないまま時間だけが過ぎていった。

 陽が傾き始めた頃。

 岩窟内から毒が抜け終わるよりもずっと早く、レイが静かに首を振った。


「ネットワークが完全に沈黙……この都市の最後の生存者が、殺されたわ」


 それは、あまりにもあっけない都市の幕切れだった。


「……ああ……」


 深く嘆息を落としながら空を仰ぐ。

 夕暮れの都市は異様なほどの沈黙に包まれていた。

 生きる者が死に、死んだ者だけが徘徊している。


 本当に、何もできなかった。

 誰も救えずに、何の成果も情報も手に入れることなく、ユウトたちはただ身を小さくして座っていた。不老不死でも、破壊の右手を持っていても、都市を見通す目を持っていても、すべてが転がり落ちていくのをただ眺めることしかできなかった。


 岩窟都市ウルヴォロス。

 科学文明の疫病によりたった一日で終焉を迎えた都市。


 この都市での顛末は、ユウトの心に深く刻まれた。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「――さて、今頃は挫折と後悔を味わってる頃かな」


 彼は、走っていた足を止めて振り返った。

 眼前に広がるのは白い大地だ。すべてが凍りつき、時が止まったかのように動かない景色。

 彼はこの風景が好きだった。誰にも縛られない、何にも惑わされない、ただ自分の力のみが自分を守り、支配するこの世界が好きだった。

 彼が想いを馳せていたのはすでに通りすぎた都市だ。


「だが乗り越えるんだ。乗り越えなければ、世界は救えない」


 想いを馳せる相手はまだ若い。苦難を幾度も味わい、強くならなければならないほどに。

 世界は想像以上に冷たく、非情にできているのだ。それを知り、その世界をねじ伏せるほどの力と覚悟を持たなければ、世界そのものを救うことは決してできない。


「っと、鎧獣の巣が近いのか」


 気配を感じて振り返ると、そこにいたのは鎧獣の群れ。

 彼はにこやかに鎧獣たちを見据えると、拳を握った。

 鎧獣は、慌てえることなく静かに構えた人間を警戒したのか、間合いを詰めずに様子をうかがっている。


「殺しはしないさ。安心してかかってきな」


 彼は鎧獣に優しく言った。

 殺しはしない。自分のために殺せはしない。

 武器は使わず、魔法は使わず、ただその拳で鎧獣の群れに応じる。


「君たちは生きるために俺を襲うのかもしれないが、俺は君たちを食うわけじゃないからな」


 彼は壮年の剣士。

 陰から――時には矢面に立って戦い他人を守り、救い、すべてを制圧する。

 救われた命や国は数知れず、その嗅覚はあらゆる危機を嗅ぎつける。

 真の英雄とまで呼ばれた、魔法世紀最高の剣士。 


 ゆえに人は彼――レオン=ストレイマンを、『守護聖(ガーディア)』と呼ぶ。


「必要のない犠牲は、出さない主義でね」


 辿ってきた道程に、そんな彼が見捨てた都市がある。

 しかしそれは、世界を救うために必要な犠牲だと。

 彼の背中は雄弁にそう語っていた。


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