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黄昏のG   作者: 裏山おもて
6章 楽園都市
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 楽園という名の牢獄。

 すべてを捨てて逃げた罪人。

 待ち受け猛る絶対的強者。

 荒ぶる力と冷めた闘争心。

 隠された慈愛。


 救えない。

 すでに、救われていたから。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 砕氷駆動車のエンジンが鳴り響いていた。


 キャタピラが砕けた樹氷に乗り上げるたび、車体は大きく振動する。

 相変わらず乗り心地は良くないが、移動速度は段違いに向上している。文句を言うような真似はできない。


 岩窟都市を経ってから十日以上が経っていた。科学時代には〝海〟という広大な水の大地だった場所を、ユウトたちはひたすら走っているらしい。空を覆う世界樹の枝がかなり分厚くなっていて、日光をほとんど遮断している。そのせいで一日中薄暗い。

 近くに暖域――要塞都市がない何よりの証拠だが、同時に鎧獣たちと遭遇する確率も増す。暖域から離れるほど寒さは増して樹氷嵐は起こりにくいが、その分巨大で新鮮な樹氷が降ってくることが多いからだ。


 とはいえ、砕氷駆動車のエンジン音が獣避けに役立っているようで、視界の端に鎧獣の姿が映ることはあっても、戦闘になることはほとんどなかった。


 シンクの運転はお世辞にもうまいとは言えなかったが、ユウトやレイは運転の仕方すらよくわからない。黙って後部座席にいるだけだ。

 それでも何か会話が欲しくなることもある。体重の軽いレイが車体の振動で浮きそうになるのを押さえつける――それだけの役割なんて、もっぱらごめんだ。

 ユウトはシンクの背中に語りかけた。


「次の都市はどんなところ?」

「たしか、『楽園都市』と呼ばれていた場所かと」


 そりゃあ大層な名前だ。

 世界樹の母体まではまだ距離はある。シンクも小さな要塞都市までは把握していないが、大きな要塞都市であればその名前と方角程度は記憶しているらしい。


「とはいえどんな都市かはわかりません。岩窟都市で情報を仕入れておきたかったのですが」


 沈んだシンクの言葉に、ユウトも黙ってしまう。

 何一つ救うことができなかった。

 伸ばした手は届かなかったのだ。


「……もう二度とごめんだ」


 誰かを失うのも、失わせるのも。


「次の都市まで、どれくらいかしら」


 久々にレイが口を開いた。


「二日というところでしょう。歩けば三か月とかかる道程でしたからね。あと少しの我慢です」

「コレがあってよかったな」

「もちろん本来なら北から遠回りして、小さな要塞都市を辿って進んでいましたから。本当にこの乗り物を手に入れていてよかったです」


 かなりの近道ができているということだ。


「しかし距離を気にするなんて珍しいですねレイさん。体調が優れなかったりしますか?」

「べつに平気よ。疑問に思っただけ」

「そうですか」


 シンクが納得したのと同時に、ユウトがくしゃみをした。


「冷えますか?」

「そりゃあこの極寒のなかじっとっぱなしだから。魂威変質で体温維持してても、やっぱり寒いよ。それに昨日からどうにも熱っぽいし……もしかして風邪かも」

「それはいけませんね。そろそろ夕暮れですし、今日もこれくらいにして休みましょうか。ユウトの治療はそのあとで行いますので、もう少し我慢しててくださいね」

「治療? 薬とかあるのか?」

「ええ、任せてください」


 頼りになる。さすがなんでもできるアンドロイドだ。

 シンクは巨大な樹氷をひとつ見つけると砕氷駆動車を停止させた。

 樹氷の一部をシンクが少しずつ吸収して穴をつくっていく。風と外敵から身を隠すための長い穴が、樹氷の根元にひとつできあがった。

 岩窟都市を参考にした即席のねぐらだ。

 穴の最奥で火を焚き、暖を取った。


「まずは食事ですね。ユウト、一応聞きますが、これは食べられますか?」


 シンクが出してくれたのは凍ったパンと、凍った野菜。

 その横に干した肉。

 ミトリの肉だということはわかっているが、その肉片を見た途端胃液がせりあがってきた。吐かないようにするだけで精一杯だった。


「……やはり、ダメですか」


 あれ以来、ユウトは肉を見ただけで吐きそうになるのだ。


「せっかく食料は大量にあるんですが……」


 そう言いながら肉を下げるシンク。

 焚火の向こうで、レイが樹氷片をかじりながらじっとユウトの顔を眺めている。


「ごめん」

「ユウトが謝ることではありません。ですが、たんぱく質は体力強化に最適なのです。他に代用できるものといえば、豆くらいですが」

「……それ不味いんだよなあ」


 シンクが鞄から出したのは豆を潰して固めたもの。

 故郷のエヴァノートにはなかった食べ物で、岩窟都市ならではの保存食のようなものだった。

 味はなく、口に広がるのは腐った豆の臭いだけ。

 たしかに栄養はあるかもしれないが。


「……パンがいいな」

「わかりました。では、パンを多めに摂取してください。治療には体力が必要ですから」


 食べ慣れたパンを、焚火で焼いて咀嚼する。

 いつもの野菜スープも添えてくれたので、温まりながら食事を摂った。

 いつもと違ったのは、ユウトが食べているパンをじっと見つめるレイの視線だ。


「そんなに見られてたら食べにくいんだけど」

「そう」


 レイは気にすることなく、視線をユウトの手に注いでいる。


「……食べてみたい?」

「ええ。樹氷は味がないから」


 なるほど、これも研究か。

 ユウトは焼けたパンをひとつレイに渡す。

 レイはパンをじっくり咀嚼してから飲みこむ。一口がかなり小さいので、パン一つにかなり時間をかけて食べていた。


「樹氷以外は初めてなのか?」

「多少はあるわ。パンは初めて」


 そういえば、最初に会ったときはパン屋の前だったっけ。

 ということは、あの時一緒にいたネコにはパンをあげていたのに自分では食べなかったのか。


「香ばしくて美味しいわね」

「意外だな。鎧獣は樹氷以外のものを食べないと思ってた」

「食べるわ。樹氷がもっともエネルギーを豊富に含んでるから、効率的に食べているだけよ。あなたの言葉を借りるなら『不味い』けどね」

「そうか」

「ええ。だから味がするものを見つけたら進んで食べようとするわ。食事というより娯楽に近いかもしれないけれど。人間の臭いに釣られるのも、人間の味を覚えた者がほとんどよ」


 レイの言葉が聞こえた瞬間、ユウトの脳裏に映像がフラッシュバックする。

 故郷を襲う鎧獣たちの群れ。

 血を流して倒れる人々。

 冷たくなったともだち。

 享楽的に笑うアンドロイド。

 彼女が食した肉。

 人間の、肉―――


「っうええええ!」


 強烈な吐き気に我慢できず、ユウトは焚火の横に吐瀉した。

 すぐにシンクが背中をさすってくれて、吐き気はおさまった。


「ご、ごめん……」


 せっかく食べた食料にも申し訳なかった。

 思い出しただけでコレとは、先が思いやられる。


「ユウトが謝ることではありません。それよりレイさん」


 シンクはレイを睨んだ。


「どういうつもりですか? ユウトに恨みでもあるのですか?」

「そんなつもりはないわ」


 レイは視線を落として答えた。


「ユウトがいま一番つらいことをわかってますよね? 無神経だと思いますが」

「そうね。それは悪かったわ。ごめんなさい」

「謝れば済むという問題では――」


 シンクがなおも咎めようとするのを、ユウトは肩を叩いて諫める。


「いいんだよ。レイに悪気があったわけじゃないのはわかるから」


 レイをかばうわけではない。

 でも、もしレイに悪意があったとしてもユウトは同じ事を言っただろう。


「僕が治るためには、たぶんこういうのが必要だしね」


 荒治療でもないけれど、今まで通りの食事ができるようになるためには手段を選んではならないと思う。

 こんなことで体調を崩している場合でもないのだ。


「しかし……」

「いいんだって。それに、レイの言うとおり人間を食べるのは鎧獣って生き物の性質なんだろ? だから、そういう世界だって割り切らないといけないんだよきっと」


 そうなっているものは認めるしかない。

 それを聞いただけで気分が悪くなるのは自分の問題だ。だからレイは関係ない。

 そう言ったユウトに、シンクは「そうですか。ユウトがそれでいいなら、それで」と腰を落ち着ける。

 レイは少し考えるような顔つきになり、手に持っていたパンをユウトの皿の上に戻した。もう片手に持っていた樹氷片を握りしめて立ち上がる。


「どこいくんだ?」

「少し、夜風に当たってくるわ」

「危ないですよ。鎧獣には気をつけてくださいね」

「わたしがその鎧獣よ。いくら鎧獣でも、鎧獣は食べないわ」


 そういって穴の外まで歩いて行った。


「……少し怒りすぎたでしょうか」

「さあ。レイが気にしてたようには見えなかったけど」


 怒られたことに何かを思わなくても、反省くらいしてるのかもしれない。

 それより、ユウトは不思議とさっきより食欲が沸いてきた。

 さすがに肉は食べることができなかったが、野菜スープとパンを満腹になるまで胃にかき込んだ。

 食事を終えると、シンクがユウトを床に寝転ばせる。


「そういや、薬なんて持ってきてたっけ?」


 風邪薬が鞄に入っていた記憶にない。

 岩窟都市を出る時も、食糧庫は覗いたものの診療所などは素通りしたはずだった。


「ええ。でも私はこれがありますから」


 と、シンクはうつぶせに寝転んだユウトの背中に爪を当てる。


「……シンク?」

(ヒスイ)にできて私にできないはずがありません。たしかに第一世代のプロトタイプかもしれませんが、私の特性は比類なき自己再生能力です。ナノマシンの本来の能力は〝治癒〟。それをユウトの中に混ぜて、身体の抵抗力をあげるように働かせます」

「ちょっとまて! それもしかしてぶっつけ本番――」

「えいっ!」


 皮膚にちくりとした感触。

 それと共に、何かが体に流れ込んでくるような気がした。


 その日、ユウトは高熱を出した。

 それが治癒の効果だと、シンクは信じて疑わなかった。





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