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「あなたには聞きたいことがあります」
シンクは剣の柄を握り、地面に横たわるヒスイの目をまっすぐ見降ろした。
「ヤナギ博士は常に選択肢をいくつも用意している、賢い人です。予備を造ったのなら、同じ第二世代はあなた以外にもいるのではないですか?」
ゆっくりとヒスイの口から剣を引き抜く。
血を吐きながら、ヒスイは薄ら笑いを浮かべた。
「ええ……わたしの他に三体いるわ。培養液に入ったわたしたちを〝彷徨える娘たち〟と、博士は呼んでいたわね。目的があって生みだしてるのに、彷徨えだなんて意味が解らないわよね」
「……三体ですか。他の方はどこに?」
「さあ。自由になってからはそれぞれ勝手に行動したから」
ヒスイと同じ、第二世代の人造有機機工体があと三体。
それぞれがシンクを改良したような能力を持っているのだろう。想像するまでもなく、良い予感はしなかった。
「いずれお姉様の行く手には他の妹たちが立ち塞がるわ。世界樹を破壊するどころか、辿り着くことさえできないわよ。だからお姉様、世界樹のことは諦めてここでわたしと共に過ごしてみない?」
冗談のような口調で言うその言葉は、彼女の目が本気だと物語っていた。
「わたしたちは世界樹がある限り、永遠に生きることができる生命体。星の寿命が尽きても、わたしたちは生き続けられる。なにも脆弱な人間なんかのために自らの命を捧げる必要なんてないわ。シンクお姉様が世界樹を破壊しようと思うのは、ヤナギ博士が世界樹を破壊したかったからだけに過ぎないの。ただのプログラムなのよ。それは、ただの道具の生き方なのよ」
「確かにそうかもしれませんね」
ヒスイがこの岩窟都市でシンクを待っていた本当の理由は、おそらくこれだったのだろう。世界樹の破壊を止めるように説得し、同じ不死の肉体として共に暮らしていく。過ごしやすい環境を造るためだけにこの都市を乗っ取ったのかはわからないが、シンクを殺せ、ではなく捕らえよと命令していたことがそれを裏付けている。
人類のためではなく、自分自身のために動いたのだ。自分のためだけに。
シンクはそんな彼女に一度頷いてから、嘆息した。
「私は、ただ生きるための生には固執するつもりはありません。目的もなく、無為に生きようとは思いません。必ず世界樹を破壊し、この世界に緑を溢れかえらせてみせます。……ですがそれは、ヤナギ博士のためでも人類のためでも、プログラムされているからでもありません」
「じゃあ、なんのためにお姉様は」
「ユウトのためです」
シンクは後ろを振り返った。
目が合う。いつもの慈愛に満ちた目だった。
「ユウトは私にとって弟であり、息子であり、大事な家族です。もし世界樹が破壊できてもユウトが生きられなければそこになにも意味がありません。もしユウト一人か世界かを選べと言われれば、私は迷わずユウトを選びます。決してプログラムなどには――ただの道具には、私はなりません。心からユウトを愛していますから」
「……愛……」
シンクの言葉を聞いたレイが、噛みしめるように小さくつぶやいた。
少し気恥ずかしかったが、出会ったときから言われている言葉だ。少しは慣れた。
それより目を丸くして驚いていたのはヒスイだった。
しばらく天地がひっくり返ったような顔をしてから、途端に笑い出した。
「ふふふ、あはははは! そういうことね!」
「……なにがおかしいのですか?」
「ヤナギ博士がお姉様を欠陥品と呼んだ理由がわかったわ! まさかそんなことを言い出すなんて! 傑作ね!」
「欠陥などではありません。愛です」
「それが欠陥なのよ! 道具には愛なんていらない! 道具は愛なんて持たない! プログラムを超えた行動をとることはできない! どこかにバグがあるんだわ! 誰かを愛することなんて、わたしたちにはできないはずなのに!」
ヒスイは楽しそうだった。
なにがそんなに楽しいのか理解できないユウトに、ヒスイは不意に顔を向けた。
「あなたたちも気をつけたほうがいいわよ! お姉様はきっかけさえあれば、あなたたちを見捨てるわ! だって、お姉様は人間を愛しているわけじゃない! その証拠に、岩窟内の人間たちを助けに行こうともしなかった! ほうら、これだけたくさんの人の悲鳴が聞こえるのに!」
「それは、私が行っても大した助けにはならないからで――」
「打算した挙句に助けない。立派な愛だこと。うふふふふ」
狂ったように笑い声をあげるヒスイ。
「愚かなお姉様! 可哀想なお姉様! 愛を持つということは、愛さない物は見捨てるということ。傲慢で不躾な人間と同じよ!」
「そうかもしれません。ですが私は、それでもユウトのために世界樹を破壊します」
嘲笑うヒスイと真剣に睨み合うシンク。
どっちの言葉が正しくてどっちの言葉が間違っているのか、ユウトにはわからない。
胸の中に感じたのは、言い知れぬ不快感だった。
「お姉様が狂っていたなんて……そうと知っていればこんなところまで来なかったのに!」
「残念でしたね。でも、ちょうどよかったです。私たちの邪魔をするつもりがあったのなら、早めに出会えて」
「うふふ……わたしを殺すのね。ユウトくんのために、殺すのね」
「殺します。確実に、絶対に再生できないように跡形もなく」
シンクはユウトに目配せする。
相手は不死のナノマシンを搭載された人工生命体だ。エネルギーが底をつくまで傷つけるのは確かに一つの方法だろうが、ナノマシンそのものを破壊するわけじゃない。確実に壊すためには別の方法が必要だ。
それは、ユウトにしかできないこと。
「……やるのか」
「はい」
少しだけ、躊躇ってしまう。
とはいえ、やらないわけにはいかない。どれだけ筋の通った言葉を吐こうが認識を持っていようが、ヒスイはこの都市の人間を裏切り、殺し、喰い、平気で些末に扱うような相手だ。許しておけるわけがなかった。
「【ブレード・ギア】」
超振動する黒いナイフを握る。
でも、ようやく理解できた。なぜユウトの黑腕にこんな武器がついているのか。【霊王の五躰】を作ったヤナギ博士という人物が、あえてナノマシンを破壊できる武器を作っておいたのか。
ユウトは四肢を斬りとられ抵抗する術もないヒスイの腹に、そっと刃を添える。
かすかに傷つけるだけでいい。無理に痛めつける必要はない。
黒い刃がヒスイの皮膚に触れた瞬間、その場所から青い炎が生まれた。
ヒスイが驚愕に目を見開いた。
「ああっ!? なに、これ! まさか……まさか!?」
「ええ、あなたの想像通りの兵器です」
「こんなものがあったなんて! 騙したわね!?」
「嘘も方便です。ちなみに、ヤナギ博士の居場所がわかるというのも嘘です。ごめんなさいね」
炎はヒスイの体中に広がっていく。
ヒスイの体内のナノマシンがあっという間に破壊されていく。修復することもなく、炎に触れた場所からボロボロと崩れていく。
ヒスイが歯を食いしばり、痛みに耐えながらシンクを睨む。
もう何をしても遅い。あとはナノマシンが炎に飲みこまれて、それで終わりだった。
だがヒスイは炎に包まれながらも、最後に言葉を絞りだした。
それは後悔でも懺悔でもない。
嘲笑だった。
「うふふふ、あはははは! 嘘吐きなお姉様に、最後に良いことを教えてあげるわ! わたしが岩窟内に撒いたのは毒だけじゃないの! この一か月、蒸気の溜まり場に少しずつ混ぜて感染させたものがひとつあるのよ!」
「何をですか?」
「わたしの血よ! だからこの都市の人間はみんなナノマシンを体内に眠らせてるの!」
「……まさか」
絶句する。
「この都市を滅ぼすのはわたしじゃないわ! 死人が滅ぼすのよ! ああ、せっかくの景色をこの目で見れないことが残念だわ!」
……狂っている。
少なくともユウトにとっては、目の前にいる女の形をしたものが、ひどく歪んだ怪物にしか感じなかった。
「でも、死んだ人たちが生きた人たちを襲うのを見て、あなたの大切なユウトくんはどう思うのかしら! 動く死体を、自分の手で殺さなければならないと知ったら、どう思うのかしら! うふふふふフフ! アははハはハハははハハハハハハ!」
青い炎がヒスイを壊していく。
高く響く嬌声が歪み、濁った悲鳴と混じりあって炎に溶かされていく。
ほんのわずかな時間しか関わらなかったが、それでもヒスイへの嫌悪感はとても強くユウトの胸の中に残った。彼女が死んでいくのを目で確かめて、少し安堵してしまう。
誰かの死を喜んだのは、生まれて初めてだった。




