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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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12

長らくお待たせしました。連載再開します。

 

「ではシンクお姉様、お話の続きですわ」


 扉から視線を戻して、ヒスイはやんわりと微笑んだ。

 シンクの表情は険しかった。ユウトが人質に取られているうえに、城まで聞こえるほどの悲鳴が岩窟都市中に響いている。これで平静を保てるほうがおかしい。拳を握り、ヒスイを睨みつける。


「ヒスイ……どうして毒を撒くなんて惨いことができるのですか?」

「ヤナギ博士は倫理観の設定を忘れていたのね」


 冗談なのか本気なのか、楽しげな表情でつぶやくヒスイ。


「でも毒を撒いたのはきちんと理由があるのよ。この都市のみんなには死んでもらわないといけないから」

「どうしてです?」

「お姉様なら知ってるでしょう? 科学の時代、人間は我が物顔で世界を蹂躙していたことくらい。こいつらは醜悪で、排他的で、救いのない生き物よ。そんな種族を残しておく必要がどこにあるの? それに、世界樹が星を凍らせてしまえばすぐに死ぬ弱い命だし、なによりわたしの思い通りにならないでしょう? だから、そんな害虫は駆除するのよ」

「……呆れるほど身勝手ですね」


 シンクはため息をつきながら、言葉を返す。


「それに、あなたは間違ってます。世界樹が星を凍らせることはありません。その前に私が必ず破壊します」

「それは困るわ。わたしが生きられなくなるもの。ねえ、そうでしょう?」


 意味ありげに口の端を吊り上げて、ヒスイはユウトの襟首をつかんで持ち上げた。

 まだ体が痺れてうまく動けない。動けるようになるまであと数分はかかるだろうか。抵抗ができなかった。

 身動きの取れないユウトを盾にするように構えたヒスイ。そのままユウトの首元に細剣をあてがう。


「ねえお姉様。わたしたちが死ぬためには、ナノマシンをすべて破壊しないといけない。違うかしら?」

「さあ。煮えたぎる地底湖にでも飛び込んでみたらどうですか? それでわかると思いますよ」


 シンクが揶揄する。

 ぴくり、とヒスイの笑みが引きつった。レオンとの戦いで地底湖に突き落とされたというのは間違ってなかったのだろう。


「残念だけど、あの程度の熱では破壊され尽くす前に修復してしまうのよ。意識を失うこともできず、地獄のような痛みを感じ続ける。死のうと思っても簡単には死ねないわ」

「そうですか。では私にはわかりませんね。死のうとしたこともないですから」


 シンクが肩をすくめた。

 ユウトはその会話を聞いていて違和感を覚えていた。


 ナノマシンを破壊する唯一の武器が、ユウトの黑腕の中に隠されてある。シンクはそれを知っててなお黙っている。

 ヒスイはどうやらその存在を知らないようだった。黑腕や白眼のことは知っているはずなのだが、内部構造はそこまで詳しいわけじゃないのだろう。

 だとするとこれは唯一のアドバンテージだ。

 シンクもこの現状を理解しているようだった。情報を引き出そうと口数が増す。


「ヒスイ、そんなに気になるならヤナギ博士に聞かなかったのですか?」

「わたしが培養液から出たのはつい数年前よ。博士はとっくに死んでたわ」

「……でも、あなたには私にはない情報収集機能があるとさっき言ってましたね。その機能を使って調べたらいいと思うのですが」

「この時代にナノマシンの情報が残っているとは思わないわ。それに、わたしのナノマシンはそれほど万能じゃないの」

「そうなのですか。第二世代というのは大袈裟なのですね」

「でも、お姉様よりは格段に性能がいいのよ」


 ヒスイは性能を馬鹿にされた途端、得意げに話し始めた。

 まるで玩具をひけらかす子どものように。


「わたしのナノマシンには『目』と『耳』がついてるのよ。この都市くらいの広さなら、拡散したナノマシンから情報を集めることもできる。そこにいる『白眼』のお嬢ちゃんと同じような力ね。もっとも、ナノマシンを相手の体に入れる必要があるけれど」

「……白眼と同じ、ですか」

「ええ。情報収集を目的とした『白眼』、破壊を目的とした『黑腕』……それら【霊王の五躰】を、万が一この時代まで残せなかったときのために、ヤナギ博士はわたしたちにこんな便利な機能をつけてくれたのよ。いわばわたしはお姉様のバックアップであり、その『白眼』のバックアップでもあるの。それが第二世代」

「そうでしたか……しかし、宿主が死んだ後に動かすというのはどういうカラクリですか」

「ふふふ、驚いたでしょう?」


 ヒスイは優越感に浸っているようだった。


「ナノマシンの特異性を利用したのよ。わたしのナノマシンの特徴は、行動命令の自由度の高さにあるの。宿主の生命停止を感知すると、脳の一部に寄生して神経を通じて無理やり命令を出させるようにしたのよ。もちろん理性なんてなく、生きている人間を攻撃するだけの人形になるけれど、脳のリミッターが解除されている分膂力は増すのよ。……彼、死んだ後は強かったでしょう?」


 確かに、動き続ける死体は厄介なものでしかなかった。

 しかしこれで確信した。

 ヒスイは黑腕のことも、白眼のことも全てを知っているわけではない。

 なら、つけ入る隙は必ずある。


「それよりお姉様の情報はまだなのかしら。何も話すことがないのなら、もうこの子も用済みになるわ」

「私たちを殺す方法は知りませんが、それを知る方法なら知っています。もちろん私たちにいずれ訪れる『死』を防ぐ方法も」


 ヒスイの動きがぴたりと止まる。


「ヒスイ、あなはたは本当に死にたくない。そうですね? なら私の説明を聞くべきだとは思いますが」

「……続けて、お姉様」

「あなたは目が覚めたときにいた場所を説明できますか?」

「地下だったわ。樹氷の汚染も届いていない、地下深くの部屋。ここから遠く離れた要塞都市の真下よ」

「当然、ヤナギ博士の姿はそこにはなかった。違いますか?」

「もちろんよ。彼は三百年前の人間なの。生きてるはずが――」

「生きてます」


 はっきりと断言したシンク。


「ヤナギ博士は私を造る研究と同時に、自身で冷凍睡眠装置を造っていました。世界樹が広がっていた当時、冷凍睡眠は膨大な数の需要がありましたが、もちろん地下にあるものはすべて世界樹に汚染されてしまって残ってはいないでしょう。しかしヤナギ博士が造っていたものは汚染の心配はありません。表層部分に樹氷成分を吸収するナノマシンが搭載され、そのエネルギーにより自律行動するものだったからです」

「……それ、本当なのかしら」

「あれほどの頭脳を持った天才です。むしろ自分が生きる方法を用意していないと思いますか?」


 科学全盛期の時代にあってなお、ヤナギ博士という人物は類まれなる科学の力を駆使していたのだろう。その結果が目の前にいる人造有機機工体(アンドロイド)のふたりなのだ。

 その本人たちが、生みの親の叡智を疑うわけもない。


「ということは、お姉様はヤナギ博士の居場所がわかるのね?」

「残念ながらわかりません。私がヤナギ博士の元を離れたのは、ナノマシンの調整を終えて完全自律稼働をしてから二か月後です。世界樹が世界の半分を覆い始めていたころです。あなたが造られたり、その後のことは知りませんでした」

「ならその情報に価値はないのではないかしら」

「ですが、ヤナギ博士の位置を知る方法があります。ヒスイ、あなたにも可能なことです」

「……どうするの?」

「それを話すのは、ユウトをこちらへ返してくれたらということにしましょうか」


 シンクがそう言うと、ヒスイは口を噤んだ。

 睨み合いが生じた。いまのシンクの話がすべて真実だとは限らない。たしかにヤナギ博士がどこかで生きてるのは現実的だが、それを知る方法があるという保証がない。

 ユウトはシンクから情報を引き出すための人質だ。そうやすやすと手放すとは思えないが、それをわかっていてなおシンクは人質解放の交渉に入った。ヒスイもその意味をわかっている。これ真実なら、シンクが提供できる最大の情報だということだ。そしてシンクの意に添わなかった場合、二度と聞くことはできないだろうということ。


「……それは、すぐに確認できることかしら」

「すぐには難しいでしょう。少なくとも時間はかかります」

「この場所でもできることなの?」

「場所は選びません」

「お姉様は試したことがあるのかしら」

「もちろんヤナギ博士が試験したことはありますから、一度試したといえば試しました。世界樹を破壊した後、彼を起こすことが私の最後の役目ですから」


 シンクの言葉は、一見矛盾がないようにも思えた。

 でも、真実をついてるようにも感じない。理にかないすぎているというか、都合の良すぎる情報という印象があった。

 それはヒスイも同じように感じているのだろう。

 信じるべきか、嘘とみるべきか。

 はかりあぐねているようだ。


 しかし、それ以上にユウトにとって不思議だったのはシンクの表情だ。

 すでに決着はついたと言わんばかりの表情だった。ユウトを解放するかどうか、それを悩んでいる状態で充分だというように。

 まさかと思い、ユウトは少し自分の指先を動かしてみる。

 痺れは取れていた。いつのまにか問題なく動けるようになっていた。

 そして床で倒れているレイの右眼が薄く輝いている。その視線の先にはシンクがいる。

 ――そうか。ユウトが動けるということを、シンクは身をもって体感していた。

 ユウトは迷いなく自分の首に剣をあてがうヒスイの腕を掴んで、腰を落とした。


「せあっ!」


 そのまま背負い投げ。

 一瞬の動きに、ヒスイは反応が遅れた。ユウトの喉を掻き切ろうとすればできただろう。だがヒスイは直前にユウトを解放すべきか悩んでしまった。その迷いが、この一瞬を左右する。

 なすすべなく投げられたヒスイの背中を、シンクが迎え撃って蹴りを叩き込む。

 背骨が折れる音がして、ヒスイは横に吹き飛ばされて壁に激突した。

 とはいえ不死のナノマシンを搭載した人工生命体だ。すぐに治癒されて立ち上がろうとする。


「【バースト】!」


 間髪入れず、ユウトがギアを解放する。

 烈風に巻き込まれたヒスイの体は壁に叩きつけられ、内臓や四肢を破裂させた。崩れた壁とともに庭へと吹き飛ぶヒスイ。そのあいだにも体はみるみる治っていく。


「あとは私が!」


 駆け出そうとしたユウトを手で制して、シンクが落ちた細剣を拾いヒスイの後を追った。

 庭に転がったヒスイは、すでに再生した右足でシンクから距離を取ろうと大きく後ろに跳ぶ。だが片足の速度では逃げきれない。すぐに追いつかれ、細剣で右足を切断される。


「がああああ!」


 だが、ヒスイも無抵抗ではない。

 細剣に慣れてないシンクが剣を引く隙を狙い、再生していた右腕でシンクの左目をえぐり取る。

 それでもシンクは表情一つ変えずに生えてきた腕を切断。

 そのあいだに生えたもう一方の腕でシンクの体をえぐるヒスイ。


 足が生えれば足を斬り、腕が生えれば腕を斬る。

 傷つき、再生が始まる。その繰り返し。


 花が彩る庭のなか、真っ赤な鮮血が噴き出し続ける。

 二人が絡み合い、もつれあい、互いを傷つけていた。死ぬことがない二人の戦いは対照的で、ヒスイは悲鳴を上げ、シンクは無言。ただひたすらに血が舞い踊る。


 不死同士の闘いは、すべてが血の色に染まっていた。


「お姉様アアァァ!」


 不死 VS 不死。

 破壊と再生の螺旋が渦を巻き続ける。


 ――だが、永遠に続くかと思われたその光景に異変が起きたのは、意外と早かった。

 気付けばヒスイの再生速度が遅くなっていた。一瞬で四肢が生えるほどだった治癒力も、すでに半減している。それが何を意味するのか考える必要はなかった。

 何十、何百と切断された四肢は、それから数分間刻み続けられると、やがて生えてこなくなったのだ。


「もう終わりですか」

「アガあああッ!」


 ヒスイの両手足が生えてこないことを確認したシンクは、その細剣をヒスイの口の中へと刺し、そのまま地面に深く突き立てた。

 あまりの痛みに絶叫しようとするが、喉を潰されていて呻くだけのヒスイ。目からは血の涙が溢れていく。


「私たちが死ぬ方法など、簡単です」


 そんなヒスイに、シンクは静かにつぶやいた。


「再生に使うエネルギーをすべて消費させればいいのです。ヒスイ、あなたはレオンさんと戦ってから、あまりエネルギーを補充していなかったようですね。私たちのエネルギーの源である樹氷を食べずに何を食べていたのですか? それは私たちにとって意味のある食事でしたか?」


 それは因果か、応報か。

 ヒスイが食べていたものを知っているユウトは、ヒスイの胃に消えて行った者たちの呪いのようにも見えたのだった。


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