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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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11

 

「さあて、そろそろかしら」


 食事(・・)を終えたヒスイは、ゆっくりと立ち上がる。

 化け物だ。ユウトはそう直感した。


 平然と人間の肉を平らげるその精神だけではない。テーブルを挟んで対峙するヒスイがその意識を腰の細剣に向けた。その瞬間放たれた殺気は、ユウトの足を震わせるほどのものだった。


「もうすぐ大事な待ち合わせなの。あなたたちはその前座にすぎない」


 ヒスイは細剣を抜いて、軽く振るった。

 テーブルが部屋の壁まで吹き飛ぶ。

 まるで玩具のように砕け壊れたテーブル。食器も料理も床にぶちまけられてしまった。あんな細い腕でできる芸当じゃない。その腕力が魂威変質だとすれば、英雄十傑に匹敵する威力だった。


「でも、食後の腹ごなしにはちょうどいいわ。もうすこし付き合ってね」


 広くなった食堂で、ヒスイが迷わず駆けてくる。


「レイ!」


 ユウトが叫ぶと同時に、レイが義眼を発動させた。

 いくら強かろうが白眼の前では意味がない。勝負は一瞬でつくかに思えた。

 だが。


「そんな!」


 レイが小さな悲鳴を上げる。

 ヒスイは細剣を自分に向けることもなく、レイに向かって振り下ろした。とっさにユウトが義手で受け止めると、ヒスイは反撃を恐れたのかすぐに後ろに跳んでもとの位置に戻った。


「どうしたレイ! 義眼は!」

「やってるわ……でも、ネットワークを繋げない。いえ、繋いでもすぐに切断される!」

「どういうことだ!? あいつもあの男みたいに死んでるのか!?」

「失礼しちゃうわ」


 ヒスイは薄ら笑いを浮かべる。死んでいるようには見えないが、レイの力が通じないカラクリがどこかにあるのだろう。

 とにかく通じないと分かった以上は、レイに頼るわけにもいかない。


「魂威変質!」


 床を蹴り天井に跳びあがる。そのまま天井を蹴ってヒスイの真後ろに回り込み、義手の拳でヒスイの首元を狙った。


「あら速いわね」


 ヒスイが腰を折って避けると、後ろ蹴りでユウトの腹を狙う。

 とっさに体を捻って回避したユウトは、そのまま回し蹴りをヒスイの足に叩き込む。

 重い感触。膝で受け止められた。

 それでも体重差で押し切れる。そう判断して力を込めようとしたら、ヒスイがわざと後ろに飛んで、床に転がった勢いで立ち上がる。


「粗削りだけど、なかなかやるわねユウトくん」

「厳しい隊長がいたんでね」

「速くて強いのは好きよ。……だけど残念、まだまだ経験が足りないようね」

「え?」


 いつの間にか、ユウトは膝をついていた。

 全身が痺れていた。視界が歪んで、立っていられなくなる。


「なん、だ……これ」

「遅効性の神経毒よ。地下牢に撒いてたの。血の匂いでわからなかったかしら? ふふふ」


 ユウトだけじゃなく、レイも床に倒れていた。

 さっきの老婆が言葉を話せなかったのは、何も渇きだけが原因じゃなかったのか。


「死ぬほどのものではないわ。少しの間体の自由を奪うだけよ。安心してね」

「うう、あ……」

「でも、せっかくだからこんなことでもしちゃおうかしら」


 ヒスイは細剣をおさめると、壊れたテーブルに近づいて、落ちていた料理を拾う。

 そのなかから細い肉を指で掴むと、麻痺して動けないユウトの口を無理やり開けて、中にねじ込んだ。

 塩で味付けされただけの肉が、ユウトの舌に乗る。


「んんん!」

「ほうら、よく噛むのよ」


 手で無理やり顎を動かされて咀嚼させられる。

 味の薄い肉。吐き出そうとしても、ヒスイが許してくれない。

 やめろ。やめてくれ。


「ユウトくんがいま食べてるソレはね、数時間前まで十歳くらいの女の子だったの。地下牢に閉じ込めてる間はずっとママのこと呼んでいたわね。さみしがり屋さんなのかしら。でもよかったわね。お兄ちゃんが美味しく食べてくれて」

「うえええええ!」


 腹の底からせりあがってきた強烈な吐き気に、胃の中のものをすべて吐き出した。

 ヒスイが抑えつけていた手の隙間や鼻から、胃液に混じった吐瀉物が漏れる。あまりの不快感に涙がとめどなく溢れてきた。息も忘れて嘔吐する。


「あらあら。汚いわね」


 ドレスが穢れないようにと、ヒスイがユウトから離れた。

 涎と涙と胃液が何度も何度も溢れてくる。


「うぐっ……!」

「でも貴重な体験ができてよかったわね。感謝してくれてもいいのよ」


 口の端を歪めるヒスイ。

 狂っているとしか思えなかった。


「ふふふ、もっとあなたを虐めてあげたかったけど……時間切れみたい」


 ヒスイがユウトのそばに立ち、部屋の入口に目を向ける。

 駆けつけたのはシンクだった。


「ユウト!」


 シンクの後ろにはテネイロもいる。ふたりがそのまま部屋のなかへと入り、入口のそばで倒れているレイに気付いて足を止めた。


「あなたがヒスイさんですね! ユウトになにをしたんですか!? 離れなさい!」


 怒っているシンクは初めて見た気がする。

 そんなシンクを見て、ヒスイは恍惚な表情を浮かべた。

 まるで、この時を待ち望んでいたかのように。


「あああ、ようやく会えたわ」


 ヒスイはそのまま細剣をユウトの首元へ向けた。

 シンクの表情がより険しくなる。


「あなた、何を……!」

「わかりやすい警告でしょ? そこから一歩でも動いたら、この男の子を殺すわ」


 ヒスイは空いている片手でスカートの裾を軽く持ち上げて会釈をした。


「初めましてシンク。私はヒスイ。ヒスイと呼び捨てにしてくれてかまわないわ。あなたにずっと会いたかったのよ」

「私はあなたのことなど知りませんが」

「ええ、あなたはわたしのことなんて知らなくて当然。だって、わたしはあなたより後に生まれたもの……お姉様・・・


 かすかに興奮しているのか、その頬を赤く染めるヒスイ。


「わたしの個体識別番号は翠001号・通称『ヒスイ』。人類史最高の奇跡の産物にして最大の欠陥品であるシンクお姉様……その予備(バックアップ)として造られた、人造有機機工体(アンドロイド)よ」






 人造有機機工体。

 科学の時代に造られた、人類が世界樹に対抗するための最後の武器のひとつ。

 体内を循環するナノマシンにより死ぬこともなく、悠久の時を生き人間を越えた力を発揮することができる【科学の遺産(オーパーツ)】だ。


 それが、シンクの他にもう一人いたなんて。

 シンクにとっても意外だったらしい。


「……私の妹、ですか。あなたが?」

「ええそうよ。シンクお姉様」

「そんな存在がいたなんて初耳ですが……なるほど腑に落ちました。先日私を襲ってきた男性は、あなたの差し金でしたか」

「ええ。彼はあなたがこの都市に確実に来るように用意した駒よ。わたしのナノマシンを注入した、わたしの数少ない信者なの。シンクお姉様を殺さないとわたしがあなたに殺されると思わせたのよ。うまくいってよかったわ」


 ふふふ、と楽しそうに話すヒスイ。


「それで私を呼び寄せて、何の用ですか? ユウトを痛めつけたようにも見えますが」

「怒らないでお姉様。べつに、ユウトくんをどうこうしたいわけじゃないの。わたしはただ、お姉様がどうやったら死ぬかを知りたくて」

「……私が死ぬ方法、ですか」

「そうよ。お姉様がどうすれば死ぬのか。どうすればわたしたちが死ぬのか」


 ヒスイは初めて、その表情から笑みを消した。


「わたしたちは死ぬことができない人工生命体。ナノマシンにプログラムされた機能により、どんな傷も修復してしまう。もちろん、エネルギー摂取を拒めば死ぬことはできるわ。だけどそれは意味のない死。意味のないことよ」

「何が言いたいのですか? あなたが私と同じ人造有機機工体なのであれば、世界樹を破壊することこそが生きる意味です」

「それはお姉様だけよ」


 嘲るように鼻を鳴らしたヒスイ。


「お姉様は世界樹を破壊するためにお父様――『ヤナギ博士』が造りだした第一世代。でも、わたしはお姉様が欠陥品だとわかってから生み出された第二世代。世界樹破壊の遂行プログラムも搭載されず、ただお姉様が失敗したときのために用意されただけのの『(うつわ)』なの。だから、わたしは世界樹になんの興味もないわ。むしろ、世界樹のおかげでわたしは生かされているようなもの」

「ヤナギ博士……彼が私を欠陥品だと?」


 シンクが訝しむ。


「そうよ。プログラムされた行動理念からの逸脱、とヤナギ博士は言っていたわ。詳しくはわたしも知らないけれど。でも、そのおかげでわたしが造られたのだから、そのこと自体に感謝はしているわ」

「しかし尚更わからなくなりました。ではあなたの目的はなんなのですか? 私を殺す方法を知って、どうしたいのですか?」

「わたしは死にたくないの」


 語気を強めたヒスイ。


「わたしのナノマシンには『生存本能』と『好奇心』が優先的にプログラムされたわ。そのおかげで、わたしは色んなことを知ることができる。自動増幅機能こそお姉様には劣るけれど、博士がもうひとつ機能も付加してくれたおかげで、情報収集能力も桁違いに高いわ。そのおかげでこの都市を乗っ取り、お姉様を誘い出すこともできた。まあ、ほんのお遊びみたいなものだったけれど」

「遊び、だとッ!」


 それまで黙って聞いていたテネイロが、声を漏らした。


「あのときお前を信じてついてきた人たちのことを、戦って殺された人たちのことを、遊びだと!?」

「ええ。想像以上にうまくいったから、遊びにしてはつまらなかったわ。レオンだけはわたしの想像以上に強くて楽しかったけれど、彼はもうこの都市から去ってしまったのよね。つまらないわ」

「貴様……!」

「それともうひとつ、遊びついでに教えてあげるわテネイロ。あなた、この都市の水に毒が入っていると疑っていたわね? 革命軍なんてものも組織して、こそこそ情報集めに勤しんでいたみたいね」

「な、なぜそれを知ってる!?」


 驚くテネイロ。まさか自分の行動が筒抜けだったとは思ってもいなかったらしい。

 そんなテネイロを嘲笑うヒスイ。


「水に毒は混ぜてないわ。でもあなたの考えはすこし的確だったわ、褒めてあげる」

「……なにが言いたい」

「わたしが毒を使うということよ。だからそのご褒美として、シンクお姉様に会えた記念に致死性の毒を撒いてあげる。いまから、岩窟内のすべてにね」


 ヒスイがその言葉と同時に、パチンと指を鳴らした。

 その次の瞬間、外からかすかに悲鳴が聞こえてきた。

 かなり遠い場所で、何人も――何十人もの人間が叫び始める。

 その叫びはまるで地鳴りのように、波紋のように、岩窟都市に広がっていく。


「貴様、なにをした!」

「言葉通りよ。用意していた毒を、たったいまこの都市にばら撒いてあげたの。岩窟内の空気の通り道は調べ尽くしたから毒は隙間なく岩窟を汚染するけれど、いまから走れば何人かは助けてあげられるんじゃないかしら」

「くそっ!」


 テネイロはヒスイの言葉を最後まで聞かずに飛び出していった。

 あまりに非道な振る舞いに、開いた口が塞がらない様子のシンク。


「さあて、邪魔者は追い払ったことだし、話を続けましょうかお姉様」



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