17、ルーカス・コルヴィナス伯爵
(……この人が、実父??)
旅のお供も増えまして、めでたく到着しましたコルヴィナス伯爵のお屋敷。
途中で寄った村や、通りかかった人たちに「あんなところに行くのはお止め!!?」「死にたいのかい!?」と真剣に止められたりしましたけれど、オルハンの分別のありそうな、賢そうな様子に「ただの子供じゃなさそうだし……貴族様のことは関わらないほうが良い」と結局、子供三人でも野放しにされました。誰だって厄介ごとには関わりたくないよね!
立派といえば、これほど立派なお屋敷もないだろうという、大きな建物。私の色んな記憶をひっくるめても「うわぁ、すっごく……大きい!」とあんぐりと口を開けて叫んでしまうほど。
けれどそれはそれとして、全体的に暗いというか、憂鬱というか、しっとりじめっとした印象がぬぐえない、そんなお屋敷。
門にいた長い前髪に暗い表情の男の人にオルハンとリオンが名乗って、羊さん……ひつじ、じゃなくて、執事だという人が表れて、案内された大きなお部屋。
ふかふかのソファもあった。私が座ると汚してしまうからと立っているか、床に座ろうとしているとリオンがぐいっと私の腕を掴んで自分の隣に座らせた。
「お前はこっち!いいか、俺とオルハンが良いっていうまで、黙ってろよ。コルヴィナス卿が怒ったら、俺たちはみんな追い出されるから、オルハンがうまくやるまでしゃべったらダメだからな」
お屋敷に入るまで何度も念を押されたことをもう一度確認させられ、私は無言でこくこくと頷く。
そして、少し……大分、少なくとも「お腹が空いていらっしゃるでしょう」と出された美味しそうなパンとかお料理が無くなってお茶を三杯飲むくらいの時間が経ってから、ルーカス・コルヴィナス伯爵、という人がやってきた。
「お久しぶりです、コルヴィナス伯爵」
「お久しぶりです」
がたっと、オルハンとリオンが立ち上がって挨拶をする。
二人とも緊張してるのがわかった。
私も立った方がいいと思って、二人に遅れて慌てて立ち上がって、ぺこり、と頭を下げようとしたけど、じぃっと、視線を感じた。
「…………」
「……」
見られてる。
入ってきた男の人は、リオンとオルハンの挨拶を無視して、ただ私を見ていた。
じぃっと、私を見下ろす目は青い。
髪の毛は真っ白。お顔にも皺がある。
(おじいさんだ)
お母さんと年齢が全然、違う。
真っ白な髪のおじいさん。
この人が実父?
私はびっくりして、まじまじとおじいさんを見つめ返した。
「……」
真っ白い、もじゃもじゃとした眉毛。おじいさんだけど、背中はまっすぐで腕や首は今まで見たどんな人より太い。白髪とお顔の皺がなければ誰もこの人をおじいさんだとは思わないんじゃないか、と思った。
「こんにちは!」
ただ見つめ続けるのは失礼だろうと、私はリオンのいいつけを破ることになるけど、挨拶をした。
手を出して握手、と待っているとおじいさんはむっとしたような顔をして、一度オルハンの方をちらりと見てから、唸るような声を上げた。
「……」
考えるようにじっと私を見るおじいさんが、気難しい顔をしながら私の手を握ってくれたので、私はにっこりと笑いかける。またおじいさんが顔を顰め、ぱっと、私の手を離した。
「オルドハンス殿下。なんですかな、このような寂れた場所に。―――子供が来るようなところではありません」
「僕たちは伯爵のご令嬢をお連れしたのです。彼女の名はカナン。唯一の身よりであったご母堂を亡くされ浮浪していた所を僕たちの方で保護させていただきました。――閣下は彼女を引き取る義務があります」
おじいさんは私を見て「子供」とは言ったけど、オルハンのことを子供とは見ていないようだった。オルハンの方も、自分が子供として扱われなくて当然だという顔で話をする。
「……」
「おわかりでしょう。彼女は伯爵のご息女です。彼女を守ってきた女性はもうおらず、今後彼女を守るのは閣下の役目だ。彼女にとってあなたはたった一人の肉親なのです。そのあなたが彼女を守れないというのなら、彼女は今後どうなるのでしょう」
「……私の良心を試しているのか?」
ずしん、と、急に空気が重くなったような気がした。
「お前の父親は私に忠誠心と忍耐力を求め、私から様々なものを奪っていった。その息子である貴様が私に求めるのは、私の良心か」
低い、機嫌の悪い男の人の声。
ぶったり、蹴ったりしてくるわけじゃないけど、怒ってる。イライラしてる。
ガタガタと私は震え、ばっと、床に両手をつけてしゃがんだ。
「ご、ごめんなさい……!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ぶたないでください!!お願いします!!」
「……?」
怖い人だ。すごく、きっと、怖い人なんだと私は思った。
オルハンが私の所為で殴られるかもと思って、私は一生懸命謝る。
「……」
「彼女の母親はジプシーでした。そして父親のいない子を産んだ女性というのは、この国の女性であっても風当たりは強い。カナンが、その母親が、これまでどんな扱いを受けて、どんな生活を送ってきたのか。彼女の様子から想像できない伯爵ではないと思います」
「……」
私はぶつぶつと、謝罪の言葉を繰り返した。目が合うときっとぶたれると思って、頭をガンガン、床に何度も打ち付ける。自分で自分を叱れます。だからぶたないで。
「……やめなさい」
すとん、と、伯爵が私の前にしゃがみこんだ。
私が震えて、怖くて顔を上げられないでいるとまた唸るような音がして、ため息。私はびくっとして、顔を上げた。伯爵は顔を顰めてる。
私から視線を外し、伯爵は立ち上がった。
「クロード。この子を風呂に入れてやりなさい」
クロード、というのは扉の前に立っている執事さんの名前だ。




